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<第一部マンハッタン島編 第四章『懺悔室の手記』シーン1>

<第一部 マンハッタン島編 第四章『懺悔室の手記』>

(シーン1)

1918年9月22日 日曜日午後2時ごろ

秋の晴天にそびえる尖塔。ニューヨークで最も高い建造物であった時期もある、聖パトリック大聖堂。そのカトリック教会の象徴的建造物の柱の一つにもたれかかり、アーロンはつい先ほど『地下室の手記』を読み終えた。

飲み会のシーンの後は、主人公がヤケクソで風俗店に行ってヒロインの女性…ヒロインなのか?リザヴェータという女性とぎこちなさすぎる会話をし、最後はなんとも救われない結末だった。救われないというか、救いようがないというか、救う価値がある物語なのかまで問いかけているような…?

読書中には、大聖堂でさっきまで見ていたステンドグラス芸術の男女がしゃべっている光景がアーロンの脳内で繰り広げられ、(この小説の会話には似合わなすぎる)と小さく苦笑したりした。周囲の通行人は多く、みな厳粛な面持ちでもあり、苦笑は隠さねばならなかった。


ーーなぜ白昼に屋外で読書をしていたのかと言うと、懺悔(ざんげ)室の告解の順番待ちをしているからだ。


ーーなぜ敬虔な信徒でもないのに大聖堂まで来て告解をする気になったかと言えば、信仰心ではなくて『宗教力』の取材のためだ。


宗教史専攻なのにカトリックに詳しくないアーロンに、シュナイダー教授は「明日は日曜だしミサに行ってみてはどうか」と助言してくれていた。マニング先輩にそれを話すと、「ついでに告解もさせてもらえ。神父に一対一でインタビューできる」と。…まったく、プラグマティックな人たちだ。


朝、大学のそばの教会に最初は行ったが、普通の日曜礼拝の雰囲気ではない。数日前(9月17日)にニューヨーク州の枢機卿であるファーリー大司教が死去したためだ。

ロッジ議員が、各地の枢機卿が死去したことはウィルソン大統領の計画と関係があるというようなことを言っていた。ならば、ニューヨークでのカトリックの拠点、聖パトリック大聖堂に足を伸ばしてみよう、…となった。


着いてみたら、予想以上に人がいたが、ギリギリ11時からの盛儀ミサに参加できた。日曜日に1日数回行われるミサの中でも特に格式が高く、最も出席者が多いのが盛儀ミサ(Missa solemnis )だ。

彩り豊かなステンドグラスから差し込む陽光が暗い堂内をほのかに色づかせ、高すぎて霞んで見える天井には荘厳なパイプオルガンの音色が響き、そして地上の座席には無数のロウソクに照らされて、やはり無数の出席者がいた。…聞いたところ、1500人程度で、まだ満席には足りないらしい。

スペイン風邪の影響も今日はないように見える。ミサの時間が終わってからアーロンは読書していたが、大聖堂には絶えず参列者が出入りしている。ファーリー大司教の棺に弔意(ちょうい)を示す長蛇の列は、最後尾が交差点の向こうへと消えて見えない。火曜日の本葬儀までにおそらく20万人以上が訪れるだろう、と若い司祭は教えてくれた。


家庭環境のために信仰心の薄かったアーロンでも、この人数には圧倒された。正直言って、これほどまでのものとは思っていなかった。教義や組織を信じられるから信じる人が多いのか、信じる人が多いから信じられるのか、この規模になるとその問いはナンセンスと思えてくる。これが、カトリック教会の『宗教力』のなせるわざなのか。


周囲にいる数千の人たちの全員がファーリー大司教を哀悼しているのに、自分はそれほどでもない…という疎外感。その空気に浸かりながら、『地下室の手記』に描かれているまた別種のゆがんだ疎外感を味わうのは、気分のざわつく読書体験だった。ただ、人目につかないところに行くと『白の組織』にまた絡まれるかもしれなかったので、行列の近くの大聖堂の柱に体を預けていた。

(あの白スーツたち、今日みたいに喪装の人が多いとさらに目立ちそうだな…あのときは、不思議と人どおりが全くなかったけど)


木曜日のロッジ議員との面会のあとでブリーカーストリートがほぼ無人だったのも、みんな大聖堂に行ってたからなのかな、と根拠の薄い思索をしながら、長蛇の列とは別の入り口から大聖堂に入る。基本的には日曜には告解は受け付けていないとのことだったし、葬儀の準備をあわただしくしている中なので駄目でもともとだったのだが、たまたま声をかけた若い司祭に「来週出征する兵士なのです」と半分嘘なことを言ってみたら、特別扱いで受け付けてもらえた。


…半分本当なんだから、神様も許してくれるだろう。それで読書をしていたら、ちょうどいい時間になった。

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