<第一部マンハッタン島編 第三章『セレクト・ユア・ポリシー』シーン2>
(シーン2)
9月21日 午後7時ごろ
「旅行カバンなら、貸してやるよ」
マニング先輩のぼさぼさ姿は、完全にいつも通りに戻っていた。二日前の朝見たのは幻だったのかというくらいだ。
「それに、筆記用具もたくさんいるぞ。1か月以上かかるんだろ?鉛筆は50本は持っていっておけ。ペン先とインクは、多すぎると重いが」
「ありがとうございます」
海外に行った経験があるのは確実なようだ。でも、突っ込んで聞かないほうがいいだろう。
「タイプライターは…貸せるやつがないな。まぁ、携帯型と言っても重いし、壊れたら面倒だし、そう便利でもない」
「それと、今夜もここに泊まりたいのですが…できれば、明日の夜も」
おとといはソファーに寝させてもらった。
「何かあったのか?」
「すみません、アパートで寝るのは今は、ちょっと怖くて…DDも最近留守だし」
巻き込みたくなかったから前々夜は説明を省いていたが、この先輩に隠し続けることはできないだろう。
「察するに、共和党のアンチ勢力に絡まれてるんじゃないか?」
「そうなんです」
ほらやっぱり、大体の正解を言い当てられた。かいつまんで説明してみる。
「うーん、共和党内のロッジ議員のアンチということも考えたが…『白の組織』、ねぇ」
「えっ、そういうものなんですか?」
同じ党なのに足の引っ張り合いすることなんてあるの?あの白熊たち以外にも警戒しなきゃいけないってことか…。
「『白の組織』、知ってます?」
「知ってるが、全部は知らない。そして…」
「言えることは限られる、ですよね」
先輩は机を指でトントンしている。
「南部アトランタを中心に活動している秘密結社。全体的には把握されていないが、君の出会ったその白スーツたちは、少数精鋭の実行部隊ってとこだろう」
「なるほど」
「学校内にいるほうが、安全なのは確かだろうな」
「はい、というわけで、今日も泊まらせてもらおうと」
「それはかまわんが…」
なぜか、学生兼講師でしかないはずのマニング先輩が、夜のコロンビア大学の管理者であるかのように思えている。
「それより、その本はヨーロッパに持ってくのか?数が多すぎないか?それにフィクションばかりじゃないか」
机の上に置いていた、アーロンが持ってきた本たちを指さす。
「え、そうですか?聖書とラフライダーズと…」
「フィクションみたいなものだよ。トルストイだってそうだ」
「『戦争と平和』、フィクションだったんだ…」
マニング先輩に、8冊の本それぞれに込められた自分なりの意図を解説した。うち2冊は『戦争と平和』の上下巻だ。『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』についてはアーロンとしても場違いすぎる選書であると自覚しており、「センス・オブ・ワンダーです。あるいは宗教力」と言い張るしかなかった。
シーン3以降は10月13日に投稿予定です




