<第一部マンハッタン島編 第三章『セレクト・ユア・ポリシー』シーン1>
<第一部マンハッタン島編 第三章『セレクト・ユア・ポリシー』〜超オススメ!現役コロンビア大院生が選ぶ長期旅行に必携の8冊・1918Autumn〜>
(シーン1)
1918年9月21日土曜日 午後4時ごろ
『白の組織』の大男にまた襲われるのをおそれて、二日ほど自室へ帰っていなかった。学校から出て数日ぶりにロウワー・イースト・サイドへ戻る。テネメントの階段を恐るおそる上り、一年暮らしている部屋のドアを開ける。ささやかな違和感が室内にある。荒らされているわけではなく、逆に、二日間放置してたわりに整いすぎている気がする。侵入されて物色されたのかもしれない。
身の危険を感じつつ、長期旅行の準備をせねばならない。母の実家のあるワシントンDCなどに家族で小旅行をしたことはあるが、ひとりで準備をするなんて初めてだ。フランスへ行って帰る船旅だけで半月以上はかかる。まさか、十四か条に書いてある土地を全部まわるとは思えないが、ロッジ議員の口ぶりからすると、それでも2か月以上はかかる旅になるだろう。
旅行カバンすらない。ヨーロッパのガイドブックが欲しいが、本屋は明日はやってるだろうか?これから冬になるが、防寒着は現地で買えるかな?
タイプライター…だめだ、父の形見のこれは携帯タイプじゃない。というか、故障中だ。aの文字がずれてるのを我慢して使っていたら、夏休みの前にポキンという音ともにaのタイプバー(打鍵と活字部分をつなぐ細い棒)が折れて他のと絡まってしまった。
とても考えがまとまりそうにない。侵入者がいたかもしれない不安のせいもある。旅に持って行く本だけを選んでおいて、マニング先輩にまた相談しに行こう。あの人なら、外国へ行ったこともあるだろう。
まず、聖書だ。これがなくちゃ始まらない。宗教力の研究というだけではない。ウィルソン大統領がヨーロッパで巡礼儀式を行おうとしているというなら、敬虔な信徒でもある大統領のことだから、聖書を参考にしている可能性が高い。
次に、『The Rough Riders』。テディ・ルーズベルトの著したこの従軍記が、あの論文を書いたきっかけだった。エレメンタリー(小学生)のころ学校の図書室で見つけて、トマスと一緒に読んだんだ。トマスのほうがハマってたな。去年の12月に古書店で見つけて、安価だから購入して、再読して、そのころウィルソン大統領が十四か条演説をして…。
……この二冊は確実に必要だ。
デュルケームの『宗教生活の原初形態』(スウェイン先輩訳)も持って行こう。返してもらった自分の論文は…うーん、どうしよう。
あとは、約一週間、大西洋航路上で読む本がいるな。現地についても、ずっとうごきっぱなしということはないだろうし、この機会に読んでおきたい本があるな…、と、さらに数冊選んでいると、窓の外の太陽がだいぶ傾いてきた。強めの風で窓がガタガタ音を立てている。『白の組織』にこの自室を知られている以上、ここに一晩中いるわけにはいかない。
8冊もの本を抱えて地下鉄に乗り込むことになってしまった。客観的には、プラグマティックな姿ではないだろう。主観的には、…………、……センス・オブ・ワンダーだから仕方ない。




