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<第一部マンハッタン島編 第二章『これからの宗教の話をしよう』 シーン1-5>

(シーン1-5)

「全面的にウッドブリッジ教授のおっしゃる通りだ。私たちも応援している」

教授陣がみんなうなずいている。


「However, it seems destined to transform itself rather than to disappear.“宗教的思索は消失するというよりはむしろ、変形する運命にあるように思われる”。この一節が好きだ」

デュルケームの論文の一節をシュナイダーはこともなげに暗唱して見せた。スウェイン先輩と翻訳作業をしていた時に力を入れていた箇所だったりするのだろうか。それとも、全部暗記しているのか。

「デュルケームは、自分の研究が完成品だとは思っていない。“変形する運命”…後輩によって発展することを明らかに期待している」

「デュルケーム学派、ですか」

フランスではデュルケームの弟子たちが一派を形成し、社会学を発展させまくっている、らしい。


「私とアーロン君はデューイ学派と世間には言われるだろうし、デュルケーム学派の弟子ではない。けれど…」

「シュナイダー君はギディングス学派ではないのか?」

「モンタギュー学派だろう?」

先輩教授たちが茶化してきたが、

「みんなデュルケームの後輩であるって言いたいんですよ!学派じゃないけど!」

とシュナイダーは大きめの声で先輩たちに答える。

「私もアーロン君も、アーウィン君も、デュルケームの後輩だ」

咳払いしてから言い直すシュナイダー。

「だから将来的には、デュルケームが投げかけた宗教力という曖昧な言葉が、世界中の宗教を調査するアーロン・ネイバーフッド博士の手によって明確化されていく。かもしれない」

シュナイダーははっきりと笑顔で、アーロンに押し付けてきた。

「すごい!ノーベル心理学賞間違いなしですね!」

アーウィン後輩が無責任にはやし立てる。

現実感がなさすぎる…けど、なんだかワクワクする。これは宗教力か、センス・オブ・ワンダーか。


「デュルケームは、去年亡くなったんでしたっけ」

夏季休暇の前に、本を渡されるときにそう聞いた覚えがある。大学者だが、ノーベル賞は取れなかった。

「そうだね。そういえば、ヴェルハウゼンも今年の1月に亡くなったそうだよ。私もつい最近知ったんだけど」

「あぁ…」

アーロンは、今年の前半はドイツの神学者ジュリウス・ヴェルハウゼンを研究課題にされていた。文書仮説、宗教進化論…誰もが知る聖書を歴史上誰よりも深く読み込んだのは、ヴェルハウゼンかもしれない。


「がんばらなきゃいけませんね」

具体的に何をどう頑張るのかはよくわからないが、そう思えた。

「君もそういう気分になってくれたなら嬉しいよ」

「まったくだ!」

「ワンダフル!」

先輩教授たちがまた茶化してくる。

“枢機卿の死に動揺しないマルクス主義者”だと、ロッジ議員には言われた。アーロンは、枢機卿の死よりは偉大な学者たちの死によって心が動くことを自覚する。この感傷にも宗教力は働いているのだろうか?そしてアーロンは、なに主義者なのだろうか?

「明日は日曜だ。教会のミサに行ってみたらどうだ?宗教力の研究のためにね」

シュナイダーは別れ際にそうアドバイスしてくれた。デュルケームについてのレポート提出は調査旅行から帰ってきてからで良いらしく、それはアーロンには逆に「大層なものを仕上げなければならない」という壮大な使命感として感じられた。

がんばらなきゃいけない。アーロンは心の中でまたそうつぶやいた。

<第一部 第二章『これからの宗教の話をしよう』完。 第三章へ続く>

改めて強調しますが、ノーベル心理学賞はラフライダーズの架空設定です。実際には存在しません。

ヴェルハウゼンの宗教進化論と文書仮説については数話後に触れる予定です。

第三章以降は10月12日に投稿予定です。

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