<第一部マンハッタン島編 第二章『これからの宗教の話をしよう』 シーン1-4>
(シーン1-4)
「それで、民主党と共和党の宗教力、あるいはアーサー王や法王の宗教力とは…」
シュナイダーに話題を戻された。
「どういうものなんですか?」
「それを研究するのは君だよ」
やっぱり…。
「やっぱり、そうなりますか」
教授陣がみんなうなずいている。話題を逸らしてもこうなるだろうとは思っていた。言い出しっぺはアーロンなのだから。
「難関ですね…」
「そうだねぇ」
“宗教力”がそもそもあやふやなのに、アーサー王はまだしも、宗教扱いされることの少ない政党組織の“宗教力”を調べなくちゃいけなくなった。でも、レーニンの宗教力って、今思いついただけだけど、なんか気になるな。
「でも、僕ヨーロッパに行くんですけど…」
「ヨーロッパの宗教を調べてくればいい」
また別の太い声が、重い靴音とともに入ってきた。
権威のある人物が入室してきて、ホール内の空気が少し固くなる。学部長のフレデリック・J・E・ウッドブリッジ教授。哲学や社会学の教授たちにとっては直接の上司だ。シュナイダーは椅子から立ち上がりかけたが、大げさすぎると思いなおしたのか座ったまま背筋を伸ばすだけにした。元々立ったまま会話していたアーロンとアーウィンは、気を付けの姿勢になってしまった。
ウッドブリッジ教授は、学部長室に向かう途中のようだが、立ち止まって話を続ける。
「大統領の十四か条がテーマの調査なのだろう?ヨーロッパどころか、ロシアや中東、近東、アフリカにまで行くかもしれない」
アーロンの感じている重圧がどんどん高まる。学内ではバトラー学長に次いで偉い人だから、ロッジ議員の計画も知っているようだ。
「それは、たしかにプラグマティックですね」
シュナイダー教授が、代わりに返事をしてくれる。
「デュルケームはオーストラリアの土着信仰とキリスト教の例だけで宗教の原理を提唱したが、不十分なのは明らかだ」
ウッドブリッジはデュルケームを正面から批判して見せた。部屋に入ってくる前から聞いていたのか?その声に怒りがこもっている気がして、ちょっと怖い。
「ノーベル賞に届かなかったのも、宗教力などという概念を未定義のまま提唱したからだろう」
批判というより、根本的に相容れない、とでも言いたげだ。デュルケーム、自分で“無謀なやり方ではあるが比較的無謀ではないやり方だ”みたいなこと書いてたもんな…。ツッコミたかったのはアーロンだけではないということだ。
「ネイバーフッド君の調査旅行が実りの多いものになることを祈るよ。それでは」
ウッドブリッジ教授は去っていった。アーロン、シュナイダー、アーウィンの3人の姿勢が緩む。
会話を再開させたのは一番年下のアーウィン後輩だ。
「たしかに、アメリカの政党の宗教力の違いよりは、バチカンとアラブの宗教力の違いのほうが研究しやすそうですね」
「…そ、そうだね」
自分がアラブにいる光景を想像しようとして、アーロンにはうまくできなかった。




