<第一部マンハッタン島編 第二章『これからの宗教の話をしよう』 シーン1-3>
(シーン1-3)
「宗教力って何なんでしょうね?」
振り向くと、1歳下の秀才、哲学専攻のアーウィン・エドマン君がいた。
「原因なのか結果なのか、原理(仕組み)なのか…どれなんでしょうね」
そうそう、それが言いたかった。
アーウィンはまだ続ける。
「道徳力とか人間力とか集団力とか、いろいろ言い換えてあったけど、宗教に対して人間が持つ感情…信仰心…にも思えるし、宗教が人間にもたらすエネルギー…ご利益?…反転すれば呪い?にも思える」
そうそう、それが言いたかった。(できれば、先に言いたかった。)何を当てはめても、「それは違う」とは言いきれないのがデュルケームの言う宗教力だ。
「だが、違う社会は違う宗教力を持つ、というのは読み取れる」
本の山の隙間から目だけのぞかせて、割り込んでくる声があった。社会学のギディングス教授だ。いつの間にか、ホール内でアーロンとシュナイダーの会話が注目を集めているようだ。
「それはわかります」
「それはわかります」
アーロンとアーウィン・エドマン後輩の声が揃った。アーウィンと目が合い、笑いあう。
また別の声が少し遠くから。
「なら、民主党と共和党の宗教力の違いを議論できるはずだ」
本の山のはるか向こうなので姿は見えないが、哲学のモンタギュー教授。
「なるほど!」
「えぇ…?飛躍しすぎでは?」
アーロンとアーウィンの声は今度は揃わなかった。
なんか、学生より教授のほうが楽しんでいる気がする。
「飛躍させたのは君だろ、アーロン」
シュナイダーがにやにやしながら、アーロンのほうを指さした。いや、指さすのはアーロンではなく、その手の中の原稿だ。
「宗教を持たない社会はない、とデュルケームは言っている」とシュナイダー教授。
「民主党も共和党もそれぞれ社会だ」とギディングス教授。
「社会ならばそれぞれ宗教力を持つ」とモンタギュー教授。
アーロンは、やっと理解できてきた。この教授たち、みんな僕のこのつたない論文を読んでるんだな!?でなきゃ、こんなノリノリで僕を追い詰めようとするはずがない。学内で回覧されたのか!?
「共和党のテディ・ルーズベルトの宗教力はアーサー王的な宗教力だ、…というのは、私の意見ではないよ。君の意見を補強したに過ぎない」
シュナイダーの総括に、返す言葉がない。
「アーロンさん、面白い仮説ですね!」
アーウィンも笑顔で褒めてくれるが、皮肉が混じっている気がしてしまう。年齢はアーロンのほうが上だが、コロンビア大学生として、ニューヨーカーとしてはアーウィンのほうがはるかに先輩で、いつも気後れを感じている。
アーロンは、また話題を逸らしてみることにした。
「バックボーンにある企業とか、そういうのの違いだと予想してました」
「資本主義や既得権益の話ならクラーク教授(経済学のジョン・ベイツ・クラーク)に訊くべきだ。今日はいらっしゃってないね」とギディングス教授。
「私に訊いたということは、社会哲学的な答えを期待してたってことだ」とシュナイダー教授。
「それは、そうです」
あのおじいちゃん先生の講義に出席したことはないが、今度訊いてみようかな…?(※クラークは当時71歳)
シーン1-4以降は10月11日投稿予定です




