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<第一部マンハッタン島編 第二章『これからの宗教の話をしよう』 シーン1-1>

ノーベル心理学賞はラフライダーズの架空設定です。実際には存在しません。

<第一部 マンハッタン島編 第二章 これからの宗教の話をしよう Religion:What’s forced by the force? (コロンビア白熱教室)>


(シーン1-1)

1918年9月21日土曜日 午後2時ごろ


十四か条調査団。

それが、アーロンが参加することになった、共和党ヨーロッパ調査チームの名称だ。

正式には『国際平和秩序に関する十四ヵ条実行可能性調査団(The Fourteen Points Feasibility Committee)』。


数枚の書類をバトラー学長から受け取り、シュナイダー教授のもとへ向かう。大学敷地内だと東寄りの、哲学講堂(Philosophy Hall)の一角に教授たちのデスクはある。大学内で一番若いシュナイダー教授だが、デスクの上には本とノートと書類が山のように積まれ、その点では世界最高の学者の一人で、ノーベル心理学賞の受賞もしているデューイ教授のデスクと変わらない。というか、どの教授のデスクを見ても似たようなものだ。ホールにはほかに数名、教授や助教授がいるが、デューイ教授は不在のようだ。


「調査団、参加することにしました」

「そうか、つまり、“考えた”うえで決めたんだね?」

ロッジ議員との面談の前にシュナイダーと予行演習をしていた。“考えさせてください”と頼むことはその時に決めていた。宗教史を専攻したい、というコロンビア大学では前例のないアーロンの希望に沿うため、担任教授の役割を任されたハーバート・シュナイダーは、新任なりに真剣に教授職に取り組んでくれている。年齢は3歳しか離れていないが、アーロンにとってすでに恩師と呼べる人である。


「考えました。それで、…まぁ、結局最後は衝動ですけど」

「衝動。衝動か」

「センス・オブ・ワンダーです」

「…なんだそれ?」

ドクターH.G.のつくった言葉で…と説明してみた。アーロンでも意味はよくわかっていない。(けど、宣伝になるし、良いよね)


「プラグマティズムとは真逆に思える感覚だが…あるいは宗教力…」

アーロンの、説明とも言えない説明を聞いてシュナイダーが何やらぶつぶつ言っている。プラグマティズム(実用主義)とは、デューイ教授と門下生にとってのモットーだ。物事の目的や抽象的な印象よりも、結果的にどう働くか、どう役立つかを重視する。決して即物的という意味ではなく、教育による人格形成など長期的な視野も持つのがプラグマティズムであり、“なんとなくトマスの声が聞こえた気がしたから”というアーロンの衝動は、プラグマティズムとは大きくかけ離れている。


「そうそう、昨日のアーロン君の質問だけどね」

シュナイダーが顔を上げて話を振ってきた。

「あっ…、すみません、なんでしたっけ」

「民主党と共和党の対立。その根本原因」

「それの話ですね、すみません」

質問しておいて忘れていた。

「君のこの論文に答えがほとんど書いてあるじゃないか、と思ってね」

机の上の本の山の、てっぺんにおいてあった原稿にシュナイダーは手を伸ばした。アーロンの書いた小論文『従軍記“The Rough Riders”を宗教的書物として読むことの可能性について』だ。半年ぶりに、急に注目されたと思ったら、やっと手の届く場所に戻ってきた。

「返してあげよう」

「ありがとうございます…自分でも、何を書いたか忘れちゃってて…なのにバトラー学長どころかロッジ議員にまで知られちゃってるし、めちゃくちゃ焦ってました」

言いながら受け取り、自分の半年前の文章をざっと見直してみる。aの字が少し上にずれている。oの字の輪っかの右上がかすれている。たしかにアーロンのタイプライターでつくった原稿だ。“ウィルソン大統領はアメリカ法王”“テディ・ルーズベルト元大統領はアーサー王”…までは直感的に自信があったから良いとして、“ユージン・デブスは老子”は無理くりひねりだしたやつで、我ながら雑すぎる例えだ。論文を提出した後で中国人留学生に聞いてみたら、「まだ孔子のほうが近いかも?」と言われた。なお、今だに孔子と老子の違いはよくわかっていない。

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