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<第一部マンハッタン島編 第一章『冒険への召命』 シーン12-1>

・新潮文庫「トム・ソーヤーの冒険」マーク・トウェイン作・大久保康雄訳

・新潮文庫「ハックルベリイ・フィンの冒険」マーク・トウェイン作・村岡花子訳

以上2冊からセリフを引用しています

・岩波文庫「ハックルベリー・フィンの冒険(上)(下)」マーク・トウェイン作・西田実訳

も参考にしています

(シーン12-1)

1918年9月21日 土曜日 午後1時ごろ

ヨーロッパに行く気にはなっても、バトラー学長にまだ言い出せないでいた。ロッジ議員は日曜の夜までは待てると言っていた。もう少し、気持ちを整理しよう…そうおもいつつ、土曜午後の軍事訓練に参加する。アルマ像の前に整列する学生の人数が夏季休暇前より目に見えて少ないのだが、風邪が流行っているせいだろうか。

昨日受け取ったスーパーバサルトパウダーの小瓶がポケットに入っている。夏の暑さの残る中で、脚に当たって冷たい。

数日間まともな寝床で寝ていないせいで、疲労感がある。頭がぼんやりする。だからこそなのか、訓練教官の叱責も普段よりどうでもよく思える。


学生が週に一度の数時間の訓練で、学校の中で行進したり木の模型銃を振り回したりしたところで、戦争の役に立つのだろうか?そんな疑問を友人と話し合ったことはあるが、『役に立たないからって何もしないでいると、社会がそういう空気になっちゃうだろ、それは前線にも伝わるんだよ』と諭されてしまった。


以来、気乗りしない内心を隠して参加し続けている。体を動かすのは得意じゃない。トマスは学業でアーロンと互角だったのに加えてスポーツ万能だった。アーロンと違って、教官に叱られるよりも褒められていただろう。そう考えていると、ポケットの中の小瓶が少し震え、別の誰かの声が聞こえてきた。

『俺、来月には徴兵だってよ。笑えるだろ』

『兄貴はもうフランスで行方不明だ』

『この訓練、意味あるのか? 俺たちに何ができる?』

彼らの声が音ではなく、地面から湧く圧力としてアーロンには感じられる。


教官の号令に従って、右を向いたり左を向いたり歩いたり走ったり。学生たちはみんな、冷たい表情のままそうしている。アーロンも、掛け声を揃えながらついていく。

『戦争はもう終わるだろ。戦場で英雄になるより、学業やらせろよ』

戦争で英雄になって大統領になったテディ・ルーズベルト。学業で出世して大統領になったウッドロウ・ウィルソン。

『大統領になるより、シャーウッドの森で山賊になりたいよ』

トマスの声?なぜトマスの声が?

そして、言っているのはトム・ソーヤ―の冒険の一節だ。トム・ソーヤ―のセリフがトマスの声で聞こえてきている。なぜだ?


『わたし、いま、とてもきれいなお国の夢を見たのよ。わたしたち、これからそこへ行くんだと思うわ』

女の子の声。おととい会ったセナさんの声に似てる。でも、セリフはトム・ソーヤ―の恋人、ベッキーか?

『じゃ、言うよ、ベッキー、ぼくたちは、飲み水のあるここにいなければならないんだ。この短いやつで、ロウソクはもうおしまいなんだ!』

洞窟で遭難したときのセリフだ。初めて読んだ時、とても怖かったのを覚えている。

『ロウソクが消えたとき、モーゼはどこにいたと思う?』『暗闇の中にいたんだよ!』

トマス、僕のトム・ソーヤ―、フランスのどこだか知らない土地の、塹壕の中で生き埋めになって死んだ。

去年の春、徴兵されていたのは僕かもしれなかった。今年の夏、死んだのは僕かもしれなかった。トマス、僕は君のハックルベリーではなかった。ハックは洞窟からトム・ソーヤ―を助けることはしなかった。トムとベッキーを助けたのはトム自身の根性と幸運だった。トマス、僕はハックじゃない。ハックじゃないけど、君を助けたい…!


「ボケっとするな!右向け右!」

教官に叱咤されて白昼夢から覚める。小瓶が強く震えている。錯覚じゃない。

「すみません、少し腹痛が…」と仮病を使って訓練から抜け出す。教官が止めなかったのは、アーロンの顔色が悪いのが事実だったからだろう。

教官から見えないところまで来たら、走って学長室へ向かう。

ノックをしたかどうか、覚えていない。

「行きます。ヨーロッパへ、バチカンへ」

扉を開けてすぐ、決意を込めてバトラー学長に告げた。


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