<第一部マンハッタン島編 第一章『冒険への召命』 シーン8>
(シーン8)
1918年9月19日午後6時30分ごろ
ワシントンスクエアパークからロウワーイーストサイドのテネメント(アパート)へは徒歩で30分ほどだが、このまま帰宅しても、さっきの二人と出くわしそうだ。
木から降りて、しばし黙考する。セナさんもこちらを見つめている。日が暮れてきたし、帽子で隠れているのでよく見えない部分も多いが、その顔がやっぱり魅力的に見える。この動悸は、危険をくぐり抜けた直後だからかな?これってどういう心理現象なんでしょうか、ソーンダイク教授なら知ってるかもしれない。
「君はどうするの?このあと」
「ごはんをたべて、寝るよ」
「どこに住んでるの?」
宿を貸してもらいたいな、と思うものの、流石に初対面でそのお願いはできないか。……下心なんてないけどさ。
「ここよりもずっと広い、ここみたいな感じのところ」
「セントラルパークか。その近くに家かホテルが?」
「この木、みたいな木」
さっきまで登っていた木に手を添える。
「…木?」
「いま使ってるあの枝が一番寝やすい。ほかの枝は、寝づらかった」
「……」
「けど、あなたには合う枝があるかもしれない」
そういうことじゃない。ていうか、若い女の子なのに、
「ごめん、失礼だけどホームレスなの?」
「チャーリーっていう人に、家を用意してもらってる。けど、まだ行ったことがない」
「そのチャーリーさんはどこに?」
「わかんない」
「もしかして、共和党の人?ウェスト40丁目の事務所…えーっと、あっちの方角の」
住所だとわからないみたいなので、指で大体の方角をさすと、セナさんは曖昧にうなずいた。はっきりしない同士での相談は不安が増すばかりだ。といっても、不安なのは僕だけみたいで、セナさんは表情を変えてないけど。
共和党の事務所を頼るのも思い付きはしたが、いま頼ったらきっとヨーロッパ行きが決まってしまって、後戻りはできない。それよりは、マニング先輩を頼りたい。
セナさんは地下鉄に乗ろうとしなかった。仕方ないので、あとでコロンビア大学に来てよ、と約束して、ひとりで大学にもどる。夜もおそくなってきたけど、大学にはきっと先輩がいる…。




