<第一部マンハッタン島編 第一章『冒険への召命』 シーン6-3>
(シーン6-3)
父は、GWFのあともルーズベルト政権への批判記事を書き続けていた。父の記者としてのスタンスが元からそういう方向なのだと、やっと理解できてきたのがあのころだ。
「ジョージ・ワシントンの就任直後の巡行、チャイナの皇帝の行幸、おそらく今ウィルソンがやろうとしているのも同種の儀式だ」
そしてタフト政権でも批判記事を書いてた。
「テディの場合、ジャパンの霊的守護を甘く見ていたせいで完全な成果は得られなかった」
民主党のウィルソン政権になっても体制批判だった。そして、過労死した。
「チャイナ(清帝国)は滅んだにせよ、ジャパンの霊的守護についてはデューイ教授の研究成果を待たないとやはり…」
デューイ教授はロッジ議員にも期待されているのか。さすが、コロンビア大の誇りだ。
「彗星による霊脈紊乱は予防できたが、どこまでがGWFの効果だったかわからんし…」
ハレー彗星の年にマーク・トウェインが死んだんだっけ。
「アイツ自身は、新しい詩術を完成させられたことを喜んでいたが…」
テディ・ルーズベルトのことをアイツって呼べるんだ。すげぇな、やっぱこの人。
「ウィルソンめ、まさか大戦を“地均し”として利用するとは…」
「…いや、あの、何をおっしゃっているんですか?」
さっきからロッジの言葉が全く意味不明になった。レイテキシュゴってなに?シジュツ?呪術のこと?レイミャクビンランはさらにわからない。
「わからんか。わからんだろう。だから適格だ。君を、活用したい」
来た。意味が分かる言葉だし、そう言われるのを覚悟していた。
「もう少し、考えさせてほしいのですが」
この答えは、用意してあった。偉い大人たちがなんか知らんが急ぎすぎだろ。
「具体的に言おう。ヨーロッパにわたって十四か条の土地を巡り、ウィルソンが何を企んでいるのか、現地の調査をしてもらいたい」
具体的というには漠然とした指示に思える。そのくらい、十四か条が指定する地域は広大だし、アメリカから遠い。
「抽象的にも言おうか?インディアナ州とニューヨーク州の大司教が相次いで死去した。ミネソタ州のジョン・アイルランド枢機卿も危篤だそうだ」
それがどうしたの?偶然じゃない?
「それがどうした、と思っているのだろう。だから、ウィルソンへの対策として期待できる」
「もう少し考えさせてほしいのです」
何を言っても通じない気がするが、あっさりくじけたくはない。
「枢機卿たちの死に動揺しないマルクス主義者が、宗教史を学んでコロンビアの院生にまでなっている、こんなことはウィルソンは予想していない!」
マルクス主義者ではない!…と言いたいが、父は間違いなくマルクス主義者だった。DDにその話をしたら、「カッコいいお父さんだったんだね」と言っていた。
「レーニンが倒れたのは、マルクス主義者でありすぎたからだ!」
「考えさせてください!」
声を荒げてしまう。
父はマルクス主義者で、社会党支持者だった。自分がそうかは決めていない。でも、
「ユージン・デブスは、僕たちに考えさせてくれそうでした」
DDに連れていかれた講演会でそう思った。論文にも「デブスと支持者との信頼関係の根底には、たぶん東洋思想っぽさがあるっぽい」とかそんな感じのことを根拠を示さずに書いた覚えがある。
「…すまない、そういうつもりはなかったが、繊細な部分に触れてしまっていたようだね」
数秒の空白のあと、ロッジ議員が謝ってきた。
「いいえ、僕こそ…興奮して、失言を…」
自分は父に似てきているのかも、と生まれて初めて思った。
シーン6-4以降は9月22日投稿予定




