48話 なれなかった関係
「ここで大和は毎日過ごしているんだ……」
GW、子供の日。
俺の通う大学に雫とともにやってきた。
「雫は大学に来るのは初めてだもんな」
「うん! ……なんかいいなぁ。こんなところで大和は普段講義を受けているんだな」
祝日で基本的に今日は講義はやっていない。
しかし、部活などで活動しているグループが一部あるため、食堂や図書室などはいつも通り解放されている。
俺と雫は何気ない話を弾ませながら一緒に学内を回った。
隣を歩く雫は少しはしゃいでいるようにも感じて、俺はほっとしていた。
以前、冷たい態度を取ってしまったのだが、この大学訪問の話をしてから雫はいつも通りの笑顔を見せてくれるようになった。
「少し早いけど学食へ行くか? 今日は大学に来ている学生が少ないから昼時でも混雑することはないだろうけど」
「行く行く! 早く行こうよ!」
そう言いながら急かせるように雫は俺の手を引いて駆け出した。
その時、一瞬ドキッとしたのだが……。
(あぁ……なんか、いいなぁ)
幼い時を思い出した。
こんな感じだった。
楽しかった。
俺とあいつとの関係、距離感は……こんな感じだったんだ。
「何食べようかなぁ? 学食って安いのも魅力だよな」
こちらに眩しい笑顔を向けてくる雫を見て、童心に返ったような、俺は心はただ純粋な気持ちに溢れていた。
♢
食事を済ませた俺たちは今度は大学図書館で時間を過ごしていた。
雫は芸術書籍の棚から本を手に取って真剣に黙読している。
俺も雫につられて適当に目に入った文学作品を読んでみたのだが、これまた面白い。
高校時代に現代文の小説問題で読んだことがあった物語だけど、当時は面白いなんて何一つ思っていなかった。
テストを解くための問題と気軽に読んでいる今とでは随分異なって感じる。
いや、もしかしたら俺の感性が変わっただけなのかもしれない。
もしそうであるならば、ただの一時の変化や気の迷いではなく、俺自身が成長できた結果なのだと思いたい。
「大和、ちょっといい?」
声を潜めなら、本を読んでいた俺に雫が訪ねてきた。
「この本って借りることってできるの?」
「あー……どうだろう? さすがに学外の人は借りれないんじゃないのかな。それに今日は祝日だから本の貸し出しはやってないみたいだ」
「そっか……残念だな」
雫が持っているのは絵画の古典技法について書いてある歴史にまつわるものや、現代アートの本だった。
「短大にはそういう本は置いていないのか?」
「あるんだけどね、数が少ないから常に誰かが借りていて順番が回ってこないんだ。買うとそこそこ高いし」
「この休みが明けた時で良いなら俺が借りておくよ。その本で良いのか?」
「あ、うん! ありがとう、大和!」
ありがとう……か。
感謝されたり頼りにされたりすることが、俺は嬉しい。
でも……きっと……それがだめだったんだよな。
「そろそろ……行こうか」
それから図書館を出て、再び学内を適当にぶらついた。
俺もまだ学内すべてを熟知しているわけではないので、今日は来てよかった。
主に体育会系だが活動している部活やサークルを遠目から見学したり、中央広場のベンチに腰かけて雑談をしたり。
なんだかんだ大学に入学してから何かと忙しい時間を過ごしていた俺にとって、今日は心地良い穏やかなひと時を過ごすことができていた。
「普段はキッチンカーが来てるが来ていてクレープとか売ってるんだ。夏とかはソフトクリームも販売されるらしい」
「いいなぁ、私のところはそういのはないからさ」
これから夏が近づいてくるにつれて次第に暑くなっていく。
5月上旬ではあるが、吹き抜ける風が少しずつ温かくなってきていた。
「あれ、牧野?」
中庭のベンチに腰かけていた俺たちの前を数人の集団が通過したのだが、そのうちの一人が声を掛けてきた。
それは転校前に同じ高校に通っていて、大学に入学してから仲良くなった坂井修二くんだった。
「坂井くん、それに中野さんも」
その隣には同じく大学に入学してから反すようになった中野沙也加さんもいた。
祝日で講義がない日に、二人揃って何をしているのだろうか。
「中野、坂井、今日はもう解散な」
「あ、はい、お疲れ様です」
その集団の中にいたリーダー格のような雰囲気がある長身のイケメンが二人にそう言うと、残りの数人を引き連れてそのまま去っていった。
「牧野くん……休みの日にどうしたの? それに……隣の人は……」
問いかけてきた中野さんは俺の隣に座る雫のことをジッと見つめていた。
雫は見ず知らずの他人が急に話しかけてきたので警戒しているようだった。
「何言ってるんだよ、中野。この距離感見てたらわかるだろう? この美人は牧野の彼女に決まってるだろうが」
坂井くんの発言に雫は体をビクッと震わせていた。
今度は極度に緊張しているのだろうか。
「いや、そんなんじゃないよ。俺とこの子は友達で……大学に興味があったみたいだから一緒に見学をしてるんだよ」
「へー、男女の友達か。本当にそれだけなのかよ? 怪しいぞ、牧野」
「修二、違うって言ってるんだから勝手なこと言っちゃだめだよ」
坂井くんはニヤニヤしながら俺たちの関係を気にしている。
まあ、そう見えなくもないのかな。
「そういう坂井くんも中野さんと一緒にいるじゃないか。二人は友達なんだろ? 似たようなものだよ」
「まあ……たしかにそうだな。なるほど」
さっきの笑みは消え失せて、坂井くんはあっさりと納得したようだった。
♢
坂井くんと中野さんが今日大学にいたのは、インカレサークルの活動だったかららしい。
中野さんが事前に入っていたという学生団体に坂井くんも興味半分で参加したそうだ。
「斎藤さんはもしかしてこの大学を受けようと思っているの?」
雫と中野さんは横並びで会話をしていて、俺と坂井くんが彼女たちの少し後方を歩く形だ。
中野さんが優しく話を振ってくれたおかげで雫もそれなりに会話ができている。
「ううん、私は今短大に通っているし。そもそも私なんかじゃこんなレベルが高い大学に絶対入れないよ」
これから4人で食堂へ向かうことになった。
もう夕方だし帰っても良かったけど、雫が午前中に行った学食とはべつの食堂に行ってみたいと言っていたし。
この二人も昼食を食べていなかったらしいので同行することになった。
「結局、坂井くんや中野さんが入っているサークルはどういう活動をしているんだ?」
「……実は俺もよくは知らない」
「え? でも、さっきまでそのサークル活動があったんじゃ……」
さっきこの二人以外にも何人かの学生がいて、集団で歩いていたが。
「さっきいた連中がサークルの主なメンバーなんだけど、俺はあいつらあまり好きじゃなくて。ほとんどが上級生でこの大学以外の連中もいるんだけどさ。国立とか」
他の大学の人たちか。
「時々集まって色んな大学に行ってはだべってるだけっていうか。俺も今日初めて参加したから、いつもこうなのかは知らないけど」
「へー、坂井くんはなんでこのサークルに入ろうと思ったんだ?」
「それは……」
普段饒舌だと思われる坂井くんが言葉を飲み込んだのがわかった。
「中野さんが、このサークルに入っているから?」
俺の言葉に目を見開いた坂井くんは何かを諦めたように軽く微笑んだ。
「ああ、そうだよ。俺は……中野が……沙也加がいるから……」
中野さんのことを名前で呼んだのは初めて聞いた。
「もしかして坂井くんと中野さんって……」
「付き合ってるわけじゃないぞ。ただ……昔から家が近所だったから」
恋人ではないということはなんとなくわかっていた。
坂井くんは中野さんのことを普段苗字で読んでいるし。
「それって、幼馴染ってことか?」
「ふっ……幼馴染か。そんな関係にでもなれていたなら……よかったのにな」
幼馴染ではないってことか?
「家が近所だったし、幼い時に何度か遊んだことはあった。でも……あいつの家は金持ちで、俺に家は平凡で……学校も違ったから……」
多くは語らなかったが、格差があったため幼い時から知った関係でありながら一緒にいられる時間が少なかったみたいだ。
そして、そんな中野さんが受験すると耳にした高校、大学に一緒に行きたいという強い思いから今に至るらしい。
「そっか……坂井くんは、中野さんのことを」
「沙也加には内緒だぜ」
静かに頷いた坂井くんは人差し指を口の前で立てながら、小声でそう呟いた。




