4話 すれ違う想い
「葵……ちょっといいか?」
数日前から生徒会長である葵と副会長である徹が恋人関係になったという噂が広まっていた。
俺はその噂を耳にしてからというもの気が気じゃなかった。
「私……忙しいから」
そして、葵の様子がおかしい。
その噂の真意を確かめるために何度か葵に話しかけているのだが、この調子で取り合ってはもらえない。
徹に関しても休み時間に話を聞こうとしたのだが……。
「わるい、大和。生徒会で忙しいんだ。またにしてくれ」
二人とも文化祭前なので生徒会としては忙しいのか、話もしてもらえない。
……というか……避けられてる、のか……?
そんなこんなで葵と徹が交際を始めたという話が本当なのかどうか、文化祭の前日になった今もわかっていない。
徹は葵にプレゼントを渡すって言っていたし……もしかして告白をしたのか……?
そして葵も実は徹のことが好きだったりして……付き合うことになったのか……?
そうなると……俺って失恋したってこと……?
考えれば考えるほど俺の心は暗くなる。
『大和!絶対に大学も一緒に行こうね!』
あの約束は……どうなるんだろう……。
俺と葵が恋人じゃなくたって同じ大学へ進学することはできる。
でも俺にとって……それは意味が大きく違ってくるんだ。
俺はこの先の人生ずっと葵と一緒にいたい。
だから同じ大学に行きたいと思っているし……。
もしも……もしも本当に葵と徹が付き合うことになったのだとしたら……。
(はぁ……今日もバイト、か…………)
今までにないぐらい不安だ。
親父が無職になって借金を背負い家庭環境がおかしくなってしまっても、葵の笑顔を見ていると自然と気持ちが和らいだ。
また頑張ろうって気持ちになれた。
「宮野さんと村瀬くん、もうキスとかしたのかな?」
「それぐらいもうしてるんじゃない」
「最近よく一緒にいるよね。昨日も一緒に帰っていくのを見たよ」
教室ではあの二人の噂でクラスメイト達が話に花を咲かせている。
不安だ……。
寒気がする……。
頭が痛い……。
寂しい……。
全身に力が入らない俺は教室で一人自席に座り現実逃避するように顔を伏せて眠りについた。
♢
文化祭前日ではあるが午前中まで授業があり、午後になった今から本格的に明日の準備に入るのだが……。
「ねえ……牧野くん。今日は準備手伝ってくれるよね?」
俺が帰宅しようとすると、クラスメイトの女子生徒達がそう尋ねてくる。
「あ……えっと……」
一週間以上前からクラスメイト達はこの文化祭に向けて放課後に集まって少しずつ準備を進めていたのだが、俺はその手伝いを何一つしていない。
その理由は勿論バイトがあるからだ。
「その……ごめん。今日も用事があって……」
「牧野くん、毎回そんなことを言って手伝ってくれないよね……」
適当に用事なんて言って誤魔化してきたけど……文化祭の準備に非協力的な俺に対して随分とクラスメイト達はフラストレーションが溜まっているみたいだ。
「わかった……もういいよ」
怪訝な表情を浮かべたままクラスメイトはそう告げて、準備をしている皆の元へ戻っていく。
クラスメイトの反感を買うのは当然だ。
皆、頑張っているのに……。
本当に申し訳なく思う。
(ごめん……。当日は人一倍頑張るから……)
他のクラスや学年も明日に向けて着々と準備を進めている中、俺は一人下校する。
「大和!待ちなさい!」
下駄箱で靴を履き替えていると、俺を呼び止める大きな声が耳に届いた。
振り返らなくても、その声の主が誰なのかすぐにわかる。
「あ、葵…………どうした……?」
「どうした?じゃないでしょ!一体ここでなにしてるの!?」
いつも以上にご立腹な様子の葵を見て俺は萎縮した。
彼女が言いたいことは聞かなくてもわかる。
「皆、頑張って文化祭の準備してるんだよ!?」
「それは……わかってる……けど」
「誰か一人でも欠けたらその分皆に負担が掛かるんだよ!」
「そんなこと……わかってる、よ……」
葵が言っていることはいつも正論だ。
俺がやっていることはいつも自分よがり。
「わかってるなら早く教室に戻って!私も文化祭の実行委員の人たちと打ち合わせがあって忙しいんだから!」
あぁ………なんだろう。
なんで……いつもこうなるんだろう……。
俺はただ……頑張っているだけなのに。
葵と同じ大学に行きたくて……。
葵とこれからもずっと一緒にいたくて……。
それなのに……。
「ちょっと聞いてるの!?」
頭が痛い……。
「最近……学校で流れている噂だけど……」
俺は意を決して疑問を投げかける。
「徹と……付き合ってるのか……?」
俺の質問を聞いた葵はさっきまで大声で叱責してきたのに、その勢いが嘘のように影をひそめて口を閉ざした。
「つ、付き合っているのか……?」
「……気に、なるの……?私と徹の……噂話が……」
焦らすように……葵は俺のことをジッと見つめてくる。
「それは……俺たち、幼馴染だし……。徹は親友だし……。その二人が付き合ってるかどうか……気になるだろう……」
俺は自分の本心を見透かされないように、葵から視線を逸らした。
「それで、どうなんだよ?徹とは?」
そんな俺の言葉を聞いて、なぜだか葵は静かに微笑み、弾んだ声で答えた。
「ふふっ……別に~、大和には関係ないでしょ」
関係……ない……?
俺には言えないってことなのか……?
俺には教えたくないってことなのか……?
「そんなことより明日の文化祭の準備で大変なんだから」
そんなこと……?
俺にとっては……とても大事な……。
葵のことも、徹のことも……大事な幼馴染で、親友で……。
「早く教室に戻るよ」
なんでだよ……。
なんで……俺に隠すんだよ……。
「俺一人いなくても……なんとでもなるだろう……」
やっぱり徹のことが……好きなのか……?
徹とは…………付き合っているのか……?
「なにを言ってるの!?」
俺が声を掛けた時は忙しいとか用事があるとか言って話もしてくれなかったくせに……。
「そういう問題じゃないでしょ!」
俺のことは避けていたくせに……。
「学校行事なんだから役割分担して協力しなくちゃだめじゃないの!」
こんな時だけ偉そうに注意しにきて……。
「どうして大和はそんななの!?もっとしっかりしてよ!」
俺はそんなに……だめな人間なのか……?
「ほら、早く教室に戻って!」
俺はそんなに……信用がない人間なのか……?
「うるせぇな……」
あぁ……頭が痛い……。
「え、なに!?」
全身が熱い。
「うるせぇんだよ!!」
声を荒げて、葵を睨みつめて……頭に血が上っている。
「や、大和……?」
露骨に動揺している葵に俺は背を向けて、そのまま校舎を出ていく。
「ま、待って、大和!どうしたの!?」
慌てて追いかけてきた葵は俺を引き留めるように手を握ってきた。
「放せよ」
しかし俺は容赦なくその手を力強く払いのける。
理性でコントロールできない程の怒りが俺の心には満ち溢れていた。
「ちょっと待って!」
葵の態度が気に入らなかったこともあるが、これは八つ当たりだ。
俺が弱い人間だから。
心が狭い人間だから。
行く手を阻むように葵は俺の前に回り込んでくる。
「大和、なにか気に障った?ご、ごめんなさい」
息を切らしながら謝ってくるが、俺はそんな彼女を睨みつける。
「あの……明日なんだけど、夕方から後夜祭があるよね。その時にキャンプファイヤーがあって……もし良かったら私と一緒に─────」
葵がなにか言っているが、その声がとても遠くてよく聞き取れない。
後夜祭?キャンプファイヤー?
どうでもいい。
文化祭なんてどうでもいい。
なにか一生懸命訴えている葵の横を俺は通り過ぎる。
「待って!待ってよ!」
それでもまだ追いかけてこようとする葵を振り切るように俺は駆け出した。
その瞬間、一瞬だけ葵の顔が視界の端に入った。
葵の目から涙が溢れているのが見えた。
俺が……葵を傷つけたのか……。
怒りという感情に呑み込まれていた今の俺は葵の涙を見ても、心に響くことはなかった。