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2話 開いてしまった格差

 俺は隣町のスーパーでアルバイトをしている。

 自宅から徒歩や自転車で通える職場も考えたのだが、それだと幼馴染の葵に目撃されてしまう恐れがあると思い、電車に乗って通勤し、ここでバイトをしている。


「大和くん、頑張ってるね」

「あ、おはようございます。速水(はやみ)先輩」


 彼女は速水渚(はやみなぎさ)先輩。

 俺が通っている高校の卒業生で、今はこのスーパーでレジのアルバイトをしながら国立大学に通っている。


「夏休みも毎日のようにバイトしてたけど、勉強の方は大丈夫なの?」

「あー……そうですね……」


 レジ前の陳列棚に商品を並べていると速水先輩はよく声を掛けてくれる。


「まあ、なんとかなりますよ」

「そっか……。牧野くんは頭良いもんね。でもなにか困ったことがあったら、また私に相談してくれていいからね」


 先輩も家庭の事情があり経済的に裕福ではないため、高校3年生の受験シーズンに勉強とバイトの両立をしていた。

 俺がここのバイトを始めた時に先輩のその話を聞かされて……俺も自分の家庭事情を先輩に愚痴ったことがあった。


「ありがとうございます。俺は大丈夫ですよ」


 そうだ……俺は大丈夫……。

 速水先輩のように勉強とバイトを両立させて、絶対に葵と同じ大学に進学するんだ。

 そして……いつか俺は密かに秘めている恋心を葵に伝えたい。

 あいつの隣に立っても恥ずかしくないように、無我夢中で頑張るだけだ。


 ♢


 ある日の昼休み。

 バイトの疲労がある中、寝る時間を削って勉強をしている俺にとって休み時間は貴重な睡眠時間だ。


「大和、廊下の掲示板に中間テストの成績上位者の順位表が張り出されてるぞ。見に行こうぜ」


 机に顔を伏せて居眠りをしていた俺に話しかけてきた徹の声で目が覚めた。


「あ……あー、いや……俺はいいよ」


 少し前に行われた中間テストの結果が出ているのか……。

 しかし、満足にテスト勉強もできていない俺には上位者の順位表なんてものは関係ない話だ。


「そう言わずに行こうぜ。大和だって葵の成績が気になるだろう?」

「そんなの……見なくてもわかるよ。あいつはどうせ1位だろうからな」

「一応……俺も1位を目指して頑張っているんだけどな……」


 徹は真剣な表情で俺にそう言った。

 いつも学年1位の成績は葵だが、徹はそれに次いで2位の成績を維持している。

 彼なりに葵のことをライバル視しているのだろうか……。


「わかった。見に行くよ」


 そろそろ進路をある程度決めて、来年度の受験を意識しなければならない時期だ。


(俺も本腰を入れて勉強しなくちゃな……)


 順位表の前では沢山の生徒たちが集まっている。

 その中には葵の姿もあって、彼女を中心に盛り上がりを見せていた。


「宮野さん、おめでとう!また1位だね!」

「本当に凄いよ!やっぱり大学は国立へ行くの!?」


 葵はやはり1位の成績だったようだ。

 騒がしい生徒たちを横目に俺と徹は順位表を確認した。


「……今回も届かなかった、か…」


 唇を噛みしめながら影を差す表情で徹は呟いた。

 

「凄いな、徹……今回も2位じゃないか」

「……凄いのは葵だろ。俺はまた2位だった……」


 俺の言葉にムッとした表情を徹は見せる。

 葵に負けたことが相当悔しかったのだろうか。


「なあ、大和。おまえが本気になったら……葵よりも凄いんだよな……」

「え?……いや、俺なんて大したことはないさ」


 そうだ……俺なんて全然大したことはない。

 少し前まで成績が良かったぐらいで、他に特技もないし……。

 今だってアルバイトをしているだけで息切れしている貧弱な男だ。


「大和……俺さ………」


 徹は言葉を続けようとしたが、口を噤む。


「ん?なんだ?」

「いや……なんでもない。それよりもおまえは成績大丈夫なのか?バイトばかりで勉強できてないんだろう?」


 周囲に聞かれないように声を潜ながら徹は俺のことを心配してくれている。

 速水先輩同様に徹にも俺の家庭事情は打ち明けている。


「大丈夫だ。そろそろバイトの時間も減らして、勉強も頑張るさ」


 バイトを始めた頃、時間と心に余裕が無かった俺のことを気にして徹はよく声を掛けてくれていた。

 そんな彼に心の内を明かすことで俺も随分救われたんだ。


「大和、徹。順位表を見に来たの?」


 俺たちに気がついたのか小走りでこちらにやってきた葵は眉間にしわを寄せていて、なんだか不機嫌そうだ。


「大和……本当に勉強してるの?」

「え……あ、ああ。もちろん……」

「じゃあ、なんで順位表に大和の名前がないの?」

「それは……だな、俺が……その程度の人間ってことなんじゃないか……」

「ふざけないで!!」


 突然葵が大きな声を出したものだから、周囲にいた多くの生徒たちが驚いて俺たちに視線を集める。


「お、おい、葵……冷静になれよ」


 事情を知っている徹は俺のことを庇うように間に割って入り、彼女を宥める。

 相当怒りのボルテージが上がっているのか握りこんだ葵の拳が小刻みに震えている。


「あ!村瀬くん2位だったね、おめでとう!」

「宮野さんもさすがだよ!また1位だもんね!」

「本当、宮野さんも村瀬くんも凄いな。生徒会の良いコンビだよね!」

「いつもどのぐらい勉強してるの!?」


 流れていた険悪なムードを払拭するように近くにいたクラスメイト達が明るく場を持ち上げる。

 俺はその隙に葵から距離を取るように駆け出した。


「ちょっと、大和!」


 俺を呼び止める葵の声を振り払い、廊下を全力で走って教室に戻る。

 …………様々な感情が交錯する。

 同級生たちから質問攻めにあっている葵や徹を見て……俺は昔の自分を思い出していた。


(俺も……あんな感じでチヤホヤされている時があったな……)


 父親の会社が倒産しなければ…………今もまっとうに働いてくれていたら……。

 どんな家庭事情があったとしても俺がもっと優秀だったら……。


 そんなないものねだりを考えてしまう。


「さっき宮野さんと揉めていたのって誰?」


 教室に戻ると、さっきの騒ぎを見ていた生徒たちの話声が聞こえてきた。


「ほら、主席で入学した牧野だよ」

「あー、あの『落ちた秀才』か」


 『落ちた秀才』……陰で俺はそう呼ばれているらしい。

 ……そう言われても仕方がない。

 成績は急降下しているし……それに俺の傍にいるあの二人が……。


「宮野さんと村瀬くんって、なんで牧野のことを気にするのかな?」

「昔から友達らしいし、放っておけないんじゃないの?もう凄い差がついちゃってるのにね」


 クスクスと笑い話のネタにされている様を見て……俺は悔しい気持ちで一杯だった。


 俺の傍にいる葵と徹が眩しすぎて……俺は近くにいることが辛い。


 悔しい……。

 本当なら俺だって……。

 

 嫉妬……劣等感……。


 でも仕方がないんだ……世の中は何一つ平等じゃないんだから。

 それでも俺は頑張ることをやめない。

 逆境を乗り越えて、葵の隣に並び立ちたい。


 葵との約束が……俺の気持ちを奮い立たせてくれるんだから……。

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― 新着の感想 ―
幼馴染という割に主人公の現在の家庭環境を知らないのは親同士は仲良くないのかな。
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