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え? 幽霊屋敷が、辺境伯邸って冗談ですよね?



 ライグリッサ辺境伯の「城」と呼ばれる要塞のような建物の一角に到着したコーデリアは、目の前に広がる風景に思わず顔をひきつらせた。


(嘘でしょ……。屋敷って言ってたから、それなりの規模だとは思っていたけど。これは聞いてない)


 ほんとに城じゃん。


「古臭い場所ですまないな。家を整える時間がなく、見た目が悪いのは勘弁してくれ」


 カイルのエスコートを受けて、馬車から降りたコーデリアは呆然と目の前の「城」を見上げた。


 ざっくり見ても、実家のマナーハウスの3倍以上の規模があることは間違いない。


 高くそびえる城壁はところどころひび割れ、苔が張り付いて暗い緑色に染まっている。石材のひび割れからは、まるで長い間放置されたもののように湿った苔がむしり取られ、無理やり成長している。


 辺りには湿っぽい空気が立ち込め、冷たく湿った風が吹き抜けるたび、背筋にひやりとした冷気が走った。


 耳を澄ませば、風に混じって微かな音が聞こえる気さえする。


 規模だけをとれば、立派過ぎるし、自分が住まう新しい住居としては不分相応だということもわかる。が、


(とはいえ、実家の方がはるかにましだったということは、よぉくわかったわ)


 義母の見栄っ張りと散財ぶりを示すように、マナーハウスは規模としてはそこまで大きくはないが、それなりに整えられた場所だった。雨漏りはないし、修繕の必要もないくらいお金を掛けられ、外も中も美しく管理されていた。


 が、目の前のこの建物はその逆をいく。


「あちらに見えるのが主に居住として使っている屋敷の一角だ。この家の中では一番日当たりのいい場所で、君の部屋もあの部分にある」


 黒い手袋で指差しながら教えてくれるカイルの言葉を聞き流しながら、コーデリアは耳を傾けていることを示すように頷いた。


 どうやらかなり気を使ってくれているということが伝わり、申し訳ない気持ちになる。目線を下げて自分の姿を見れば、ひどい有様だった。


 コーデリアは、泥まみれのドレスの裾をパッと払う。


(仮にも花嫁が擦り傷だらけ、あちこち引き裂かれ汚れ切ったドレスで新生活の門をくぐるとは、辺境伯家の人々は思いもしないでしょうね。……初めが肝心だというのに)


 ちらりと顔を上げてライグリッサ辺境伯の横顔を見やれば、彼はほぼ無表情で、広大な屋敷のあの窓の向こうが何であるか、建物の裏手にある温室が現在は使われておらず放置されていて危険であることなどを教えてくれていた。


 話を聞きつつ適宜(てきぎ)相槌を打ちながら、コーデリアは先ほどのことを思い出していた。


 魔獣をすべて討伐した後、ライグリッサ辺境伯――今日からコーデリアの夫となる人物と簡単に挨拶を交わした。


 彼はこちらを頭の先からつま先まで一瞥すると、顔を逸らしフェンネルの所へ行ってしまった。その後は、簡単な当たり障りのない会話を二言、三言交わしたきりで、城までは乗り物が別々だったこともあり、言葉を交わさぬままだった。


(馬が無事だったのは、本当によかったわ)


 無事だったのは、馬だけではない。御者のジェロームもすっかり恐怖におびえていた以外は、怪我一つない様子で、城まで一緒に行くことができた。


(それにかなり質のいい魔石もたっぷり摂れたし)


 自然と頬が緩んでしまう。


 魔獣を倒せば魔石が摂れる。


 カイルが連れてきていた騎士たちと一緒に全ての魔獣を駆逐し終わった後の魔石拾いは、ピクニックで花を摘んでいるより楽しかったことを思い出す。


(結構大きい結晶取れたって、テンションも上がってたわね)


 魔獣を倒した後、手に入った魔石は貴重な資源だ。レグーナの魔石は電灯や防御結界を張る魔道具に使える優れた素材であり、強い魔物ほどその魔石に含まれる魔素が多く、価値が高い。そんな魔石をたんまり手に入れたのだ。嬉しくないはずがない。


「コーデリア、こちらだ」

「あ、はい」


 名前を呼ばれて慌てて顔を上げる。


 目線の先、頭一つ分以上背の高い黒い穴熊のようなカイルが、眉間にしわを寄せて怪訝(けげん)そうに紫の視線を注いでいる。


(しまった、油断したわ)


 いくらで魔石が売れるかな、なんて考えていたせいで口元が緩んでいたようだ。


 いけない。しっかりしなければ、と気を取り直し、神妙(しんみょう)な顔を取り繕う。


 足元に注意しながら歩き始めたが、荒れた地面には小石や泥が散らばり、歩くたびにさらにドレスの裾が汚れていく。だが、こんなことは大したことではない。


(実家に比べれば天国だわ。マジで)


 ゆっくりと先を歩くカイルの背中越しに、ちらりと城の外観を確認する。


(辺境伯領の城と聞いていたから、王城みたいな建物を想像していたけど、結構ボ……)


 と、首を傾げたその瞬間、突然、上から声が降ってきた。


「逃げろ!」

「危ない!」

「え?」


 驚いて顔を上げると、次の瞬間、かなり高い壁の一部が崩れ、白い砂煙を上げて落ちてきた。


 反応するより早く、片腕をぐいと引かれたおかげで、何とか被害に遭わずに済んだが、目を見開いて周囲を見渡すと、まさに何事だと驚くばかりだった。


 瓦礫が地面に叩きつけられ、白い煙が立ち上る。風がそれを一気に拡散させ、煙が周囲を覆い尽くす。


「わぁ……」


 下敷きにならずに済んだことが、信じられないほどラッキーだった。


 ただ、驚いたのは事実で、今でも心臓がどくどくと鳴り響いている。


 コーデリアは立ち尽くし、呆然と白い煙から浮き出てきた瓦礫の山を見つめた。


 腕を引かれたおかげでギリギリ助かったが、一拍遅れていたら、少なくとも小石くらいは当たったかもしれない。


 現に、ぱらぱらと細かな壁石の欠片が崩れて落ち続けているのが見て取れる。


「危ないだろうが!」


 すぐ斜め横で、フェンネルが拳を突き上げ、声を荒げる。


 崩れた壁の上から、予想外に明るく、間抜けな声が返ってきた。


「すみませんでしたー!」


 その声はどこか朗らかで、状況にそぐわないほどだ。


(……びっくりした)


 不気味な空気を漂わせる城と、こちらに大声で謝罪する職人たちの姿が交錯(こうさく)している。


 ここに来るまで、色のない枯れ木ばかりの森の様子やその合間に見える建物の外観や、周囲の冷え込んだ雰囲気に圧倒されていたが、まさか、その異様さを吹っ飛ばすほど人々の声は明るかった。


 すこし考えに浸っている間に、いつの間にか隣に立っていたカイルが、黒い手袋をはめた手を差し出してきた。


 腕を引いてくれたのはどうやらそのカイルだったらしい。


「コーデリア、こっちだ」


 その声に、ようやく現実に引き戻され、意図がわからず一瞬ぽかんとしてしまった。


 だが、遅れてそれがエスコートのためだと気づき、慌てて手を重ねる。


(分厚くて、骨ばっていて、固い手……)


 その手から伝わる温かみと安心感に、コーデリアはほっと胸を撫で下ろし、眼前に視線を投げる。


(よし。とりあえず、……。お腹が空いたわね)


 気が抜けたら、腹部からきゅるるるる、と情けない音が走った。フェンネルが「お」と音の出処を探そうと横から顔を述べてくるのを無視して、コーデリアは澄ました顔で幽霊が出そうなほど不気味な新居へと足を踏み入れたのだった。



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