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傀儡の娘

「アステリーゼ」


 コーデリアはもう一度、彼女の名を呼んだ。


 こちらを見返す義妹の表情は憎悪に染まり、その瞳は(くら)(かげ)っている。


 この状況にあっても、自分が絶対的に正しいと信じて疑わない、その傲慢(ごうまん)さ。


 コーデリアは体を支える、イェニーからそっと離れ、静かな声で問いかけた。


「……どうして、あんなことをしたの?」


 子供に言い聞かせるような悲痛さを帯びた声が、逆にアステリーゼの神経を逆なでた。


「何を言ってるの? この私がやったとでも言いたいの? 知るわけないじゃない!」


 アステリーゼは地面に指を突っ込み、掴んだ土をコーデリアに投げつけた。


 その瞬間、イェニーの剣幕が鋭さを増したが、コーデリアは片手を上げて制した。


 自ら一歩、アステリーゼの前へと進み出る。


 膝を折り、目線をほぼ同じくして、金髪碧眼の少女の顔を覗き込む。


「何よ、その目は。……私を憐れんでるとでもいうつもり? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」


 アステリーゼが嘲笑うようにニィと唇を歪める。


「それとも寒くて口が動かないのかしら?」


 ――あの日と同じだ、と、コーデリアは拳を握り込んだ。


 嵐のような感情が胸の奥で渦巻く。


 体が震えそうになるのを、必死に押し殺す。


 今少し、瞳を閉じて長く息を吐き出した。


(あの日は雨だった)


 降りしきる雨が冷たく体を打ち、義母に叩かれた頬だけが熱を持った。


 倒れ込んだ水たまりに移り込んだ、陰鬱(いんうつ)とした自分の表情。


 母の形見の真珠の髪飾りが、涙のように散らばっていた、――あの時。


 母を亡くし、父が病に倒れ、義母カレットとアステリーゼに全てを奪われた、と《《思っていた》》。


 《《けれども違った》》。


 自分には、ちゃんと《《在った》》。


 ふと横を見れば、いつの間に隣にいたのか、カイルの紫紺の瞳が「どうする?」と問うている。


 視線を巡らせば、イェニーやマートル、アルマーの横でミレッタとキャリーンが腕を組み、フェンネルが肩を竦めながらこちらを見ていた。


 皆が、問いかけていた。


 どうするのか? ――と。


「……殴りたいなら、殴りなさいよ!」


 アステリーゼは叫んだ。


「それで気が済むなら、やればいいわ! でも私は何も知らない! どんな言いがかりをつけられようが、関係ないのよ!」


 コーデリアがゆっくりと見下ろすと、アステリーゼの肩がびくりと震えた。


「お、お母様に言いつけてやるんだから!」


 泥の中でじりじりと後ずさる。


「私をこんな目に遭わせて……ただで済むと思わないことね!」


 コーデリアは、アステリーゼを見下ろしながらふと気づいた。


(どうして、アステリーゼはここにいるの?)


 「ライグリッサは聖女に見放された呪われた地だ」と言い続け、そこへ嫁ぐことになったコーデリアを馬鹿にしていたアステリーゼの姿が幾重にも思い出される。


 彼女は年頃の貴族令嬢らしく、美しいものが好きだった。


 艶やかな装い、上質なドレス、フリルがたくさんついた華やかなデザイン。


 きらびやかな宝石を身につけ、外見の美しさを磨くことに余念がなかった。


 タウンハウスでは毎夜のように夜会に繰り出し、「伯爵令嬢」としての自分こそが何よりも大切で、誇らしかったはずだ。


 それなのに――。


 豊かな生活を手放してまで神殿に入り、さらにはあれほど嫌っていたライグリッサへとやって来た。


(一体なぜ?)


 アステリーゼ自身が「聖女になりたい」と心から願ったのだろうか。


 否。彼女が望んでいたのは、 「煌びやかな世界で、自分を飾り続けること」 のはず。


 聖女になって注目を浴びたいと漠然と思っていたかもしれないが、過酷な修行を進んで望むような性格ではなかった。


(それならば――。彼女を神殿に入れ、ライグリッサへ導いたのは、一体誰の意志なの?)


「お母さまに、お母様に言ってやるわ! お前が、こんな、こんな場所で、私を!!」


 アステリーゼは 理性をかなぐり捨てるように けたたましく叫んだ。


 コーデリアはその姿にふと違和感を覚え、小首を傾げる。


 そもそもアステリーゼは、「自分の意志で何かを選んだ」ことがあったのだろうか、と。


 ああ、そうか――。


 コーデリアはようやく気づく。


 アステリーゼは、自分と同じなのだと。


 育った環境が、彼女を変えてしまったのかもしれない。


 与えられた感情が、彼女を歪めてしまったのかもしれない。


 けれど、それは自分も同じだった。


 あの牢獄のような屋敷にいた時、自分もずっと同じ感情にとらわれていた。


 誰かの評価を気にし、よく思われたいと自分を殺して生きてきた。


 怒らせないように。


 目立たないように。


 大人しく。


 声を潜めて。


 従順なふりを続け、本当の自分を隠し続けていた。


 傀儡(かいらい)の娘――。


 それは、私《《だった》》。


 でも、《《もう違う》》。


 コーデリアは、肩の力を抜き、握り込んでいた拳の力を、ゆっくりと緩める。


「コーデリア」


 その声に、顔を上げる。


 黒髪の下、紫紺色の双眸が静かにこちらを見返していた。


 コーデリアは小さく頷くと、再びアステリーゼに向き直る。


「アステリーゼ」


 義妹の名を呼ぶと、項垂れてブツブツと呟いていたアステリーゼが首を傾げ、目を見開いてコーデリアを緩慢な動作で見上げる。視線が合うや否や、自分は被害者なのだと言い募り、身じろぎしながらコーデリアに助けを求め始める。


「お義姉様、お願いです。助けてください。私、何も知りません。わたし、なにも、わるいことなんてしていませんっ」


 大粒の涙を目尻から零し、鼻水をすすり、しゃくりあげながらアステリーゼが懇願する。


「おねがいです。どうか、おねがい。おねえぇさま、たすけぇ」


「――アステリーゼ」


 アステリーゼの顔が 一瞬、勝ち誇ったように揺らいだ。


 笑いをこらえるように唇を引き結ぶ。


 義妹の碧眼に、柔らかく微笑む自分の姿を認め――。


 コーデリアは、そっと手を伸ばし。


「え?」


 無言でその《《胸倉》》を掴んだ。


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