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辺境伯「夫婦」は、戦場で華麗に踊る。

「状況は?」

「……(かんば)しくありませんね」


 周囲をのたうつ蔦に囲まれながら、コーデリアは悔しげに相貌を曇らせた。


 視線の先にあるのは、どっしりと構えたまま、縄のような蔦をゆらりと揺り動かす巨大な異形。魔物と断ずるに相応しい存在が、静かにこの場を支配している。


 中庭に生い茂る雑草の葉先へ、先ほどの魔法の残り火が燃え移り、じわじわと広がっていた。だが、降りしきる雨で湿った地面がそれを阻み、炎は次第にくすぶりながら静かに消え始めている。


 コーデリアは赤い光を瞳に宿しながら、心を落ち着けるようにひとつ息を吐いた。


 雨は次第に弱まってきた。


 だが、それと反比例するように、瘴気の密度は濃さを増し、辺り一帯にまとわりつくように漂っている。冷たい空気が肌を撫で、気温がじわじわと下がり始めていた。


 熱い呼気が白い煙となって唇から零れ出る。


(このまま瘴気の中にいるのは、さすがに体に悪いわね)


 コーデリアはイェニーから受け取った白い球を取り出し、ごく微量の魔力を込めると、そっと茂みの中へと転がした。


 球は淡い光を放ち、白い輝きが霧のように広がっていく。


 光に触れた蔦の一部がジリジリと焼けるように消滅し、あるいは嫌がるように震えながら後退していった。


(一体、この植物は何なの? なぜ突然、現れたの?)


 コーデリアは鋭く視線を走らせ、少しでもその正体を探ろうとする。


 しかし、目の前にあるのは、ただ不気味にうねり続ける異形の怪物という事実だけ。動きに明確な意思があるのか、それともただの本能なのかさえ分からない。


「瘴気が発生している以上、魔物の一種である可能性は高いですが……確証は持てません」


 慎重に言葉を選びながら、コーデリアは警戒を強める。


 その声に応じるように、カイルが口を開いた。


「……侍女が魔道具を発動させたことで、この植物が生じたと聞いた」

「侍女?」


 コーデリアが眉をひそめると、カイルはわずかに沈黙し、それから短く答えた。


「《《ルゼンティア家》》の者だ」


 その瞬間、コーデリアの脳裏にアステリーゼが伴っていた侍女の姿が浮かぶ。たしか、ルワナという名の女性だったはず。


「魔道具が、魔物を生み出すことはあるのですか?」


 疑念を抱きながら問うと、カイルは間髪入れずに答えた。


「ない」


 断定する声音に、コーデリアは改めて確信する。


「……どちらにせよ、この瘴気をどうにかしなければ、戦況は不利だ」


 コーデリアも同意しながら、成長を続ける蔦に目を向ける。


 蔦は絡まりながら肥大化し、その幹の端々から不気味な真紅の花を咲かせ始めていた。蕾はわずかに震えたかと思うと、ねじれるように歪み、パクリと裂ける。白い繊毛(せんもう)が揺らぎながら、紫色の靄をゆっくりと吐き出していた。


 靄は重なり合いながら地を這い、霧のようにじわじわと広がっていく。やがて、空間全体を侵食するように、冷たくまとわりつていった。


 靄は重なり合って地面の低いところに落ちながら、霧のような広がりを持ちつつ、空間全体に広がっているのだ。


(そうだわ。旦那様にも渡しておかなくては)


 コーデリアはイェニーから受け取った白い球をひと粒、カイルへ差し出した。だが、彼は手を振り、拒むように断った。


「俺には魔力がない。お前が持っていろ」


 その言葉に、コーデリアは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、自分の首にかかっていた青いペンダントを外してカイルに差し出した。


「これは?」


 コーデリアはカイルの紫紺色の双眸をじっと見つめながら、静かに答えた。


「これは、私の師からいただいた瘴気除けのペンダントです。魔力がなくても、身につけているだけで瘴気を防ぐことができます」

「それなら(なお)の事、おまえが――」


 カイルが手のひらを突き出して拒むように押し返そうとするので、言葉に被せるようにコーデリアは声を張る。


「私はイェニーからもらった白い球がありますので、それで十分です」


 しかし、彼はその差し出されたペンダントを受け取ろうとしない。


 カイルが受け取ろうとしないので、コーデリアはえい、と背伸びをして両手を伸ばし、その首にペンダントをかけた。《《夫》》の胸元で青いペンダントが揺れているのを確認し、コーデリアは満足げに微笑む。そして、何気ない調子を装いながら問いかけた。


「……聖女様の姿が見当たりませんが?」

「あれは役立たずだから置いてきた。アルマーが何とかしているはずだ」


 その冷淡な言葉に、コーデリアは肩をすくめる。何かを言いかけたが、それよりも足元に転がる白い球が光を失い始めたことに気づいた。


 淡く輝いていたそれは、ゆっくりと瘴気の紫色の靄に呑み込まれていく。コーデリアは静かに息を吐きながら、短刀を握り込む指先に力を込め始める。


 漆黒の中、もぞりと。


 まるで獲物を狙う蛇のように、ゆっくりと身をもたげたかと思うと、一気に勢いを増して襲いかかってくる。


「わかりまし、――た!!」


 短く返しながら、迫りくる蔦を素早く払いのける。


 この時を待っていたとばかりに、魔物とでもいうべき異形の植物は、まるで意志を持つかのようにうねりながら、無尽蔵の攻撃を繰り出してきた。


「のっ!」


 カイルの後方に迫っていた蔦を、細かな雷撃の魔法で薙ぎ払う。


 光に怯んだ蔓をすかさずカイルの大剣が薙ぎ払っていく。


 かと思えば、コーデリアの隙を突くように、足首に絡みつこうとする蔦をカイルが寸で切り払い、返す刀で太い枝を一刀両断にする。


 互いに背中を預け、二人は連携しながら、流れるように攻撃を繰り出していく。


 不思議とコーデリアの胸は高揚し、激しい戦闘の中でもどこか安心感を感じるほどだった。


 額に雨水とは異なる、熱い雫が頬を伝って零れ落ちる。


 自分たちの身体から白い蒸気が湯気のように、薄紫色の靄の中に立ち昇っているのがわかった。


 離れたり、ひき合ったりを繰り返しながら、戦場で踊るが如く、二人は絶え間なく剣劇(けんげき)を繰り返す。


 コーデリアは背中に感じる体温に向けて、前方を見据えながら声を走らせた。


「あれは光には弱いようですが、決定的なダメージにはなりません。……雷や焰の魔法もほとんど効果がない。斬撃(ざんげき)も、私の力では、傷をつけてもすぐに塞がれてしまいます」


 悔しげに言葉を紡ぐコーデリアを一瞥し、カイルは思案するように一瞬沈黙した後、低く呟いた。


「魔道具を発動させるには、魔石が必要だろう?」


 その問いに、コーデリアはすぐに頷いた。そして、はっと気づいたように顔を上げる。


 ――魔道具を発動させるには魔力が不可欠だ。


 結界装置のように、魔石を組み込み魔力を循環させる仕組みになっていれば、一度発動させた後は維持のために人の魔力を注ぐ必要はない。


 しかし、一般的な魔道具と同じように、今もなお「魔石を《《媒介》》」にして、「《《誰かの魔力》》が《《供給》》」され続けているのだとすれば、その状況は大きく変わる。


 コーデリアは、自らの短刀に視線を落とした。


 魔力を込めれば、瘴気を切り裂く強力な武器となる――魔道具の刃を。


「核となる部分を破壊すれば、倒せるかもしれませんね」


 コーデリアの言葉に、カイルは一度頷き、構え直した剣の切っ先で不気味な巨体を示す。


「生きているとは考えにくいが、試してみる価値はある」

「さすがは《《カイル》》様です」


 鋭く前方を見据えながら、不敵に微笑むコーデリアの微かに見える横顔に、カイルの双眸がわずかに揺れた。


 体位を少し動かし、唐突に名を呼ぶ。


「《《コーデリア》》」

「はい?」


 呼び声につられ、コーデリアが目線だけを動かし、返事をした瞬間。


 顎を掴まれ、次の瞬間には強引に唇を奪われていた。


「っ!?」


 余韻を残す間もなく離れた感触に、コーデリアは息を呑む。


「だ、だんなさま!?」


 裏返った声を上げるが、カイルはすでにこちらを見ていなかった。鋭く前方の敵を睨み、静かに剣を構える。


「続きは――終わってからだ」



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