伯爵令嬢は、華麗に戦う…ってマジですか!?
左側に二頭、正面に一頭。
コーデリアは視線を走らせ、フェンネルが小気味よく踊るように攻撃をかわしつつ、一撃で魔獣を討伐するのを確認した。二つの銀の角を持つ灰色の鬣の魔獣が黒紫の煙となり四散するのが微かに見える。
「なかなかの数ね」
聖女に見放された土地というのは本当らしい。
コーデリアは静かに呟くと、左手を掲げた。その指先から淡い光が溢れ出し、瞬く間に魔法陣が浮かび上がる。
「<フレイムバレット>!」
詠唱と共に、掌から火球が飛び出した。一直線にレグーナの顔面に命中し、激しい爆発音を上げる。煙と炎に包まれた魔獣が一瞬怯む間に、コーデリアはナイフを構えて突進した。
魔獣が再び動きを取り戻し、鋭い爪でコーデリアを狙う。だが彼女は素早い動きでそれをかわし、隙を見てその首横にナイフを突き刺した。
『ガっ……!』
魔獣はその場に倒れ込んだが、まだ動きは止まらない。再び立ち上がろうとする魔獣の背後から、鋭い一閃が放たれる。黒紫の煙が立ち上り、また一頭レグーナが消滅した。
「お嬢様、どうも」
魔獣を仕留めたフェンネルが嬉しそうに双眸を煌めかせる。
片手を軽く上げる様子に目立った外傷がないのをみとめてほっとする。
態勢を立て直し、正面からの魔獣の攻撃を横へといなす。ついでとばかりに、指先をパチンと弾けば見えない風の一撃で、魔獣が吹き飛ばされ地面に転がり、土煙を上げる。
「詠唱破棄ですか! やります、ねっ!」
口笛を吹いてコーデリアを称え、自らは左手に構えた刀剣で獣の刃と拮抗している。その腹部へ足を叩き込み、空いている方の右手で詠唱をはじめた。
「いでよ、いでよ、我が求む。我が声に応え、敵を穿ち、その焔の弾丸で屠りたまえ――<フレイムバレット>!」
灼熱の球がフェンネルの手から放たれ、魔獣を正確に射抜く。さらに、フェンネルに飛び掛かろうとしていた獣にも炎の弾が突き刺さり、立て続けに黒紫の煙となって消えた。
足元には美しい紫水晶の結晶が転がる。
「流石、プロの護衛ね。見事だわ」
フェンネルから目を外し、周囲に目を走らせる。
数は減ったが、残り七頭ほどの獣がじりじりとにじり寄ってきていた。
(魔力はまだ全然残ってるけど、雷撃を撃たれては厄介ね)
レグーナの雷撃の脅威を身をもって知っているだけに、コーデリアは短刀を握る手に力を込める。リーチが短い分、長剣に比べ短剣はかなり不利だ。接近して首下にある心臓部を貫くか、それを凌ぐ致命傷を全身に及ぼさねばラグーナは死なない。
踏み込んでくる気配がないということは、雷撃を発動するための準備ともとれる。
コーデリアはちらりと横目で馬車の位置とフェンネルの位置を確認する。
(どうしよう。防御障壁を張ってもいいけど、こちらに張れば馬車の方が手薄になる)
実のところ広範囲の防御障壁は得意ではない。
ラドフェレーグにもさんざん言われてきたことではあるが、広範囲に張ろうとすると意識が散漫になり、障壁の層が揺らいでしまう。防御効果としては多少の気休め程度にはなるが、レグーナの雷撃は強力だ。防げなかった時どうなるかなど想像すらしたくない。
障壁の効力だけを重視するのであれば、自分の眼前に展開した方が確実に雷撃は防げる、――が、レグーナは広範囲の雷撃を得意とする。
(今から馬車の方に戻って障壁に専念するか、それとも切り込んで雷撃を放たれる前に終わらせるか――)
馬車の中にいるはずの御者のことを考えれば、今どちらを優先すべきなのかなど、言うまでもないことだった。
牙を剥き出しにしながら唸るニ角の魔獣が、こちらを探るように赤い双眸を歪めている。
(こんなことなら、苦手でも、ちゃんと練習しとけばよかった)
単騎戦闘型のコーデリアは、自分ともう一人を守る程度の結界術こそ習得しているものの、チームプレーが不得手だった。
そもそも誰かと連携して戦う経験が極端に少ないのだ。
――剣を持つなら、自分だけでなく、他人を守るために刃を振るえ。
剣の師ヴェルグーザから幾度となく叩き込まれた教えが脳裏をよぎる。
「くそっ!」
忌々しさに歯噛みする。
未熟さを痛感しながらも、それが状況を覆すわけではない。歯痒さに拳を握り締めるだけではなにもかわらない。
(早く、早く、決めなければ――、だけど)
――その時だった。
「ぐあっ!」
短い悲鳴が背後から響いた。
咄嗟に振り向けば、フェンネルが肩を押さえ膝を折っている。小型のレグーナが彼の上半身にのしかかり、首筋を狙って牙を剥こうとしていた。
「<レヴェナント>!」
指先を弾く音が響き渡る。
見えない風の刃がフェンネルを押さえ込んでいた魔獣の首を一閃する。青い液体が弾け飛び、魔獣の身体は黒紫の煙となって消えていった。
「お嬢様!! 前です!」
しまった、と思う間もなかった。
目の前に灰銀色のレグーナの鬣が映り込む。
重みのある体当たりを受けて引き倒され、腰と背中、後頭部を地面に叩きつけられた。
「あぐっ!!」
鋭い痛みが全身を駆け抜ける中、間一髪で刃を両手で構え、魔獣の牙を受け止める。
荒い息を吐きながら、眼前で牙を剥くレグーナの凶眼が赤く光っていた。
「った」
パタパタ、と上からレグーナの唾液が顔に零れ落ちる。
刃一本。 寸でで受け止めた。
ただし、両手で受け止め、身動きが取れない。
ガチガチとレグーナの大きな牙がコーデリアの短刀の刃とぶつかって音を立てている。
「重……いんだけど!」
息を詰めながら耐えるコーデリア。
「コーデリア様!!」
悲鳴に近いフェンネルの声。
空気が震えた。
青白い閃光が視界の端を駆け抜け、髪が逆立つような静電気の気配が肌を刺す。
「しまっ――!」
目を瞠った瞬間――真白い閃光が視界を塗りつぶし、次いで鈍い音が耳を貫いた。
爆風のような風が巻き起こり、思わず目を固く瞑る。
同時にふっと両手が軽くなり、刃越しの重圧が消えた、と思ったのもつかの間。
今度は右腕を強引に掴まれて引き起こされ、対処できずにたたらを踏めば、ゴチンと何かに鼻頭をぶつける。
「ぁたっ」
顔を離して鼻の頭をさすって目を開けば、眼前には鈍色の甲冑が見えた。
間抜けな顔をしているに違いない自分の容貌がぼんやりとシルエットだけ映り込む。
「大事ないか?」
耳に心地よく響く、低く落ち着いた声が頭上から降ってきた。
釣られるように顔を上げると、漆黒の前髪の下から覗く、濃い紫の瞳が視線を絡め取る。鋭さを宿しながらも不思議な温もりを湛えたその瞳は、どこか無骨な印象と気品を同時に宿していた。
目を凝らせば、彼の顔に浮かぶ特徴が一つ一つ目に入る。
力強く刻まれた眉の下、鋭角的で整った鼻筋が影を落とし、日に焼けた健康的な肌が野性味を際立たせる。右頬の十字の傷跡は、彼の顔に陰りを与えるどころか、逆に威厳と力強さを加えていた。
「カイル様!」
背後からフェンネルの声が飛び込んできた。彼が駆け寄る音が近づく中、コーデリアの頭に疑問がよぎる。
(今……なんて?)
呆然と見上げる彼女の視線の先に立つカイルは、落ち着いた動作で片手をフェンネルに向けて軽くあげ、深く頷いてみせる。
「怪我は?」
問いかけに、一瞬呆気に取られたコーデリアは目を大きく見開いたまま、無言で首を横に振る。
(さっき……。カイル様って……?)
「もしかして、カイル……辺境伯様、ですか?」
呆然としたまま尋ねると、ライグリッサ辺境伯――カイルは一拍の間を置いて、短く頷いた。




