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ちょっと何言ってるか、わからないです。

 ライグリッサ邸は、文字通り幽霊屋敷のような不気味な雰囲気を漂わせていた。


 日中はあんなに晴れていたのに、屋敷へ戻る道中、空には暗雲が垂れ込め始めていた。  


 建物の中に入る頃にはすでに重たい雨粒がぽつぽつと降り始め、雷鳴が(とどろ)くたびに古びた壁が(きし)むように揺れた。


 次第にザーザーと降り始めた大粒の雨のせいで、修繕すらままならない屋根のあちこちで雨漏りが始まり、しみ出した雨水が壁に奇妙な模様を描いていた。  


 湿気を孕んだ空気がじっとりと肌にまとわりつき、節約のためにわずかしか灯されていない明かりが、余計に薄気味悪さを演出している。


 そんな不吉な雰囲気の中、「ライグリッサ辺境伯夫人の義妹であり、聖女候補である」という肩書を振りかざし、強引に屋敷へ押しかけたアステリーゼは、コーデリアの私室に堂々と腰を下ろしていた。


 コーデリアの斜め向かいの長椅子にふんぞり返るようにして座る彼女の前には、キャリーンが用意した紅茶と焼き菓子が並んでいた。


「結婚してから一ヵ月も何の連絡も寄越さないなんて、信じられないわ。お義姉様は本当に常識がないんだから。……ねぇ、さっきから黙ってばかりで何も言わないけど、私の言っていること、理解できているの?」

「聞いて《《は》》いますよ」


「案内された時は、どこの使用人部屋に通されるのかと思ったけれど、この部屋はまだマシね。来客用のサロンはおろか、客間も整えていないなんて、呆れてものが言えないわ。しょうがないから、今日は《《ここ》》で《《我慢してあげる》》」


 言いながら、まんざらでもない様子で長椅子のひじ掛けに指を走らせた。


 この部屋の調度品は、コーデリア自身は「自分には豪華すぎる」と感じていたのだが、せっかくカイルが苦心して花嫁を迎えるために整えてくれたのだからとその好意に甘えてそのまま使わせてもらっている。


 そのため、屋敷の中では一番まともな部屋でもあった。


「第一、私は《《聖女候補の》》伯爵令嬢なのよ? 使用人が住む屋根裏みたいな部屋に案内するなんて、どうかしてるわ」


 コーデリアの心情を(おもんばか)って、イェニーたちがカイルの執務室の隣にある簡素な来客用の部屋に案内したことを、まだ根に持っているらしい。


「せっかく来てあげたのに。お義姉様は本当に、貴族としての振る舞いをわかっていらっしゃらないわね」


 そう言うと、彼女はテーブルの上のティーカップを無造作に手に取り、一気に飲み干した。


 コーデリアとしては乗り気どころか、さっさとお引き取り願いたい気持ちでいっぱいだったが、さすがに腐っても義妹は聖女見習い候補であり、伯爵家の令嬢でもある。


 アステリーゼを門前払いにするのは、辺境伯家の立場としてよろしくない。


 何より、「結婚後のご機嫌伺いに来た」と称する義妹を、自分の感情だけで拒むのは問題があると判断し、カイルに願い出て仕方なく屋敷への同行を許したのだった。


「追い返してもよかったんだぞ」とカイルには言われたが、辺境伯家としての品位を守ることが、自分の個人的な事情よりも重要だと理解している。


 迷惑をかけるのは承知していたが、これ以上の手立てが思いつかず、自分の無力さに歯がゆさを感じていると、ふと、ひとつの疑問が静かに浮かび上がった。


(私がアステリーゼたちから聞いたのは『《《聖女候補》》』であって、その下の、箸にも棒にもかからない聖女候補になるための修練生、『《《見習い候補》》』ではなかったはずよね)


 聖女候補というのは、現役の聖女からの直接的な指名か、あるいは神殿に所属する七人の最高位神官と主幹王族で構成される「円卓」と呼ばれる合議制の会議で選出される。


 自分の立場を強化するためにアステリーゼが小さな嘘を並べ立てるのは知っていたが、さすがに今回は度が過ぎるのではないかと、コーデリアは呆れ果てた。


(それにしても、よく喋るわね。ストレスでも溜まっているのかしら)


 屋敷に足を踏み入れた瞬間から、アステリーゼはまるで独演会のように延々と不満をまくし立てていた。部屋へ向かう道すがらも、そしてこの私室に入ってからも、彼女の口は一瞬たりとも休むことがない。


(……とはいえ、こうして聞き続けるのも精神衛生上的によくないわね。私は慣れているからいいけど)


 ――周りがねぇ。


 コーデリアは、手元のティーカップを指でそっと回しながら、ちらりと部屋の四隅に立っているミレッタとキャリーンを見やった。ドレッサーの手前で侮蔑を混ぜ込んだ冷徹な表情をしたキャリーンを、横からミレッタが何とか(なだ)めているのが目に留まる。


 本来ならば、もう少しまともに相手をしてやるべきなのかもしれない。だが、アステリーゼは自分の言いたいことを一方的に吐き出しているだけで、こちらの返答を求めている様子は微塵(みじん)もない。


 コーデリアはアステリーゼの一方的な糾弾(きゅうだん)を聞き流しながら、欠伸(あくび)を噛み殺し、屋敷の修繕費用をどうやって工面すべきかと考えることにした。




****






(フェンネルとスヴェンの話によれば、だいぶ前に討伐した魔獣の魔石が結構いい値段で売れたって言ってたわよね)


 魔獣はいつどこで湧くかがわからないため、一過性の収入を領地財源とすることはできない。それでも放置すれば危険だし、倒せば旨味もある。これをもっと上手く活用できれば、ある程度まとまった資金を作ることができるのではないか——それがコーデリアの考えだった。


 もちろんアルマーたちも同じ考えには至っていた。だが、肝心の戦力についての見当がつかなかったのだ。


(そうなのよねぇ。倒せば魔石を得られるってことは、倒さないと魔石を得られないっていうわけで。ライグリッサには魔石が採掘できる鉱山はないし、唯一の穴場であるダンジョンは危険すぎて領民を赴かせるわけにもいかないし)


 最初はもっと安直に考えていた。


 領地にあるダンジョンに潜って人海戦術で魔石を採掘するか、あるいはカイルが結婚のための支度金を集めたように、魔獣を狩ればいいのではないかと。


 だが、すぐにそれが困難であることを思い知る。


(財源の確保のためとはいえ、命の危険と隣り合わせのダンジョンに潜らせるわけにもいかないし。さすがは魔獣の宝庫、ライグリッサ。あれは本当にえげつない難易度だったわよ……)


 久しぶりに身が凍るような思いをしたと記憶が蘇り、思わず顔を引きつらせたその瞬間、視界に怪訝そうなアステリーゼの表情が映った。


「聞いていますの?」

「は?」

「だ、か、ら、お義姉様には、肉親としての情というものがないのかしら? と言ったのよ」

「え? ちょっと何言ってるか分からないです」


 アステリーゼの話を全く聞いていなかったため、コーデリアは話の流れが全く見えていなかった。それ以上に、「肉親としての情」という言葉の意味がさっぱり分からず、思わず首を大きく傾げてしまう。


(うーん、一度辞書で調べ直した方がいいんじゃないかしら?)


 しかし、アステリーゼはコーデリアが驚いて固まった表情を全く気にすることなく、言葉を続けた。


「だいたい、お義姉様は——きゃぁっ!」


 途端、雷鳴が(とどろ)いた。


 部屋の中が一瞬、外からの鋭い閃光を受けて真っ白に染まる。


 すぐ近くに落ちたのか、光の直後に音が訪れ、空気を引き裂いた。







 

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