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「聖女」エルウィザード

 コーデリアとカイルが広場に戻ると、そこはまるで(うたげ)のように賑わい、活気に満ちていた。


 あちこちで男たちの雄叫(おたけ)びが響き、女性たちの嬉しげな笑い声が重なり合っている。遠目に辺境伯邸の騎士団の姿も見える。


 その声は波のように広がり、動物の群れの中にいるような熱気が感じられた。


 そんな中にあってひときわ目を引く存在があった。


 高く積まれた荷箱の上に、白銀の髪に紫の瞳が(きら)めく女性が立っている。


 彼女は人々の喧騒(けんそう)(がく)()だと言わんばかりに、軽やかに舞い踊っていた。


 しなやかに(ひるがえ)る真白の指先から、シャランシャラリと鈴の音のような音が響いている。装飾具が重なり合う音だと気づく間もなく、柔らかく空に突き出された手のひらから、淡い燐光(りんこう)が零れ落ちて、雪のようにあたりに散った。


 泡沫(うたかた)のように淡く煌めく幻想の光は、人の肌に触れる前にふっと消え去り、消失していった。しかしその後には、彼女の長い髪が滑らかに広がり、白い衣服の(すそ)(あで)やかに揺れ動く。


「聖女様―!」

「エルウィザード様―!」


 熱を帯びた視線と歓声が送られる中、聖女エルウィザードの動きはさらに速さを増し、優雅さを保ったまま舞い踊った。その美しさはまさに絶世のもので、彼女の肢体(したい)はまるで光を放つ玉のように輝いていた。


 コーデリアは一瞬、その存在に見惚れ、目を離せなくなった。


(あれが、聖女。エルウィザード)


 歴代の聖女の内で最も優れた聖術の使い手であり、濃い瘴気を手の一振りで浄化するほどの優れた能力の持ち主だという。聖女候補を募るくらいだから、年かさの女性だと勝手に想像していたのだが、こんなにも若く活力にあふれた女性だとは思いもせず、コーデリアは衝撃を受けた。


(なんて、綺麗な人なのかしら。……白い光の聖霊みたい)


 ――ふと目が合う。


 エルウィザードはコーデリアに気づくと、護衛たちの制止の声をも意に介さず、荷台から素早く飛び降りると王者のような風格で悠然(ゆうぜん)とこちらに歩み寄ってきた。美しい瞳が、まるで獲物を見定める猛禽(もうきん)のように鋭く光っている。


 一歩ごとに、スリットの入った衣装の隙間から、しなやかで鍛え抜かれた肉感的な脚が覗く。その一挙手一投足が計算され尽くしたように美しく、周囲の者たちの視線を釘付けにする。


「元気であったかの?」


 想像していたよりも低く、親しげな声音が響いた。


 エルウィザードはコーデリアの傍らのカイルに微笑みかけ、様子を確かめるように視線を向けた。


「リーゼンシア」


 カイルが忌々しげに名を口にする。ふと見上げれば、苦虫を噛み潰したような表情をしており、いつも柔和な表情を向けていることの多いカイルにしては珍しい、とコーデリアは息を詰めた。


 白銀の髪を風に遊ばせながらエルウィザードはコーデリアへと視線を向けると、ふっと唇を(ほころ)ばせた。次いで、静かに膝を折り、左胸に手を当てて一礼する。


「お初にお目にかかります、ライグリッサ辺境伯夫人コーデリア様。(わたくし)の名はリーゼンシア・エルウィザード。聖女として、公僕の務めを果たす者でございます」


 その言葉とともに、エルウィザードは深々と頭を垂れた。けれどその姿は、威厳と気品を兼ね備えた女王そのもののようで、虚を突かれたコーデリアは一瞬言葉を失った。


 慌てて挨拶を返すと、エルウィザードは柔らかな笑みを浮かべながら立ち上がる。


「この度は、ライグリッサ辺境伯のご婚礼、滞りなく行われたと聞いております。心よりお祝い申し上げます」


 エルウィザードは真剣な面持ちから一変し、ふっと表情を崩すと、まるで親しい友人に語りかけるかのように、カイルに向かって軽やかな笑みを浮かべた。


「カイル、お主も隅に置けないのぅ」


 クツクツと喉の奥で笑いながら、肩を震わせる。その仕草はどこか(あで)やかで、楽しげでありながらも、人をからかうような響きを含んでいた。


 対するカイルは、いつも以上に険しい表情を浮かべ、エルウィザードを忌々しげに睨みつけている。その鋭い眼差しには、まるで剣を向けるかのような冷ややかさが宿っていたが、当のエルウィザードはどこ吹く風といった様子で、少しも気に留めていない。


 それどころか、しなやかな足取りで、コーデリアへとさらに間合いを詰めた。


 彼女の足音は驚くほど静かで、まるで空気を滑るように優雅だった。


 カイルが反応するより早く、エルウィザードはコーデリアの顔にぐっと近づくと、まるで花の香りを嗅ぐように、すぅうううううううと深く息を吸い込んだ。


「へ!?」



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