嘘吐きライアに王子は来ない~断罪された悪女は謎の老いぼれと不名誉な契約を結ぶ~
本作は『華麗なるサファイアは悪役令嬢の汚名を着ない』のコミカライズ記念SSです。
前作の重大なネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
現代から異世界に転生し、ライアという少女になった私は、同じ学園に通うアルベール様に恋をした。
しかしアルベール様にはアルジェント家のサファイアという、いかにも悪役令嬢チックな婚約者が居た。
典型的な悪役令嬢なら私とアルベール様の関係に嫉妬して、そのうちイジメや嫌がらせをはじめるだろう。
その時は逆手にとって断罪してやるわ! そうすればフリーになったアルベール様は、私に振り向いてくれるはず!
けれど目論見とは裏腹に、サファイアが私に手を出すことは無かった。
確かにサファイアは聡明かつ冷静な淑女だと評判だけど、自分の婚約者に、これだけあからさまに女がつきまとっているのに全く無反応って、どういうこと!?
このままじゃ断罪イベントを起こす前に、卒業してしまう。そうなったらアルベール様との接点は切れてしまう。
どうすればサファイアを動かせるの?
焦る私の前に現れたのが、サファイアの兄の使いだった。
サファイアの兄と私。お互いに事情は違うけど、どちらもサファイアが邪魔だった。
だから嫉妬による愚かな事件を起こしたことにして、サファイアを排除しようとしたんだけど計画は失敗。
今は独房で裁きを待っているところ。
嘘を暴かれた時は「もしかして死刑!?」と絶望したけど、幸い極刑は無さそうだ。
きっと私はこれがきっかけで追放されて、他国で幸せを掴むんだわ。
アルベール様は素敵だったけど、私に冷たかった。それは残念だけど、運命の人では無かったせい。
だけど次に出会うイケメンは、きっと私の才能や美点に惚れ込んで、熱烈に求めてくれるはず!
その時こそ私の真のヒロインライフがはじまるのよ!
と、私はむしろ追放を楽しみにしていた。
けれど先にお家問題を片付けて来たらしいサファイアが、独房で私に告げたのは
「えっ、追放はしない!? どうして!? 私はあんな騒ぎを起こしたのに!」
「君はなぜか国外追放を期待していたようだけど、それは主に王族や貴族による私的な制裁で、公的な裁きではないよ」
サファイアによれば、追放は自国の犯罪者を他国に放つこと。
自国が平和であれば、よそは知らないという態度は、あまりに無責任だ。
だから一般的に罪人は国内で処刑。または更生を促すための罰を与えるらしい。
「兄の場合は被害者が僕だから、家族間の問題として公的な裁きは免れた。でも君は他人だから通常の犯罪と同様に、この国の裁きを受ける」
「ぐ、具体的に、私はこれからどうなるの?」
「君の場合は5年の懲役か、500万マネーの罰金だよ」
「ご、500万マネー!?」
マネーは日本の円に相当する。つまり500万マネーは、そのまま500万円。
御三家の1つアルジェント家にケンカを売ったことを考えれば、妥当な金額かもしれないけど
「裁判をすれば、無罪や減刑を求めることもできるけど、君の場合は真っ黒だから。費用が無駄にかさむだけ。大人しく裁かれたほうがいいよ」
彼は意地悪ではなく単なる事実として言っているようだが
「私は庶民ですよ!? そんな大金を払えるはずがありません!」
しかも今回の騒動で、この世界の家族には縁を切られている。
家無し職無し前科持ちの私に、どうやって払えと言うのよ!?
慌てふためく私に、サファイアは淡々と
「だったら5年の懲役だね」
「5年も刑務所暮らしなんて嫌! それも前科がつくなんて! お願いですから追放にしてください! それならまだ出会いがあるかもしれないし!」
鉄柵越しに縋りつく私に、サファイアは呆れ顔で
「だから追放は、犯罪に対する正式な処罰ではないと……」
「ならば、わしがその娘の5年を、500万マネーで買い取ろう」
突然のしゃがれ声が、無慈悲な宣告を遮る。
私も驚いたけど、声の主を振り返ったサファイアも驚愕に目を見開いて
「あ、あなたは……オー・ゴショー先生!」
残念ながらその人物は、美青年でも美中年でもなく、杖を突いた老人だった。
背中も曲がっているし、一言で表すなら、よぼよぼの醜いヒキガエルって感じ。
ただ素敵な老紳士とは言えないが、身なりはよく、なんとなく迫力がある。
何よりサファイアが酷く驚いているので、偉い人なのかもしれない。
「だ、誰ですか? オー・ゴショー先生って」
サファイアに小声で尋ねると
「オー・ゴショー先生は演劇界の鬼才として名高い劇作家だよ。でもゴショー先生が、なぜこんなところに?」
彼の質問に、ゴショー先生はニヤリとして
「いや、アルジェント家の後継を陥れようと平民の小娘が大芝居を打ったと耳にしてな。どんな娘か見に来たんじゃ」
つまりは野次馬ってこと? わざわざ他人の不幸を見物しに来たわけ?
イラッとする私をよそに、不謹慎じじいはいきなりカッと目を見開いて
「20年前に完成するも一度も公演できずにいた幻の舞台・『紅毒婦』の主役を演じるに相応しい娘か見定めるためにな!」
「く、『紅毒婦』ですって!?」
私を置き去りに、異様な盛り上がりを見せる男たちに
「だからなんなの!? 今何が起こっているの!?」
まとめると、オー・ゴショーは演劇界で名を知らぬ者は居ない偉大な劇作家だそうだ。
これまでも数々の名作を世に送り出して来たが、中でも注目されているのは、タイトル以外は全てが謎に包まれた幻の最高傑作・紅毒婦。
「なんで誰も見たことない作品が最高傑作だなんて言われているのよ……」
どれだけいい作品だろうと、見もせずに評価はできない。
しかしこのじいさんの場合は
「もちろん評価は観客がするものじゃ。ただわし自身はこの紅毒婦が、長い劇作家人生で最高の出来だと確信しておる。その強い思い入れにファンと役者たちの期待が高まり、未公開ながら幻の傑作と言われておるのじゃ」
まぁ、これまでに相当数の実績があれば、本人の自己評価だけで伝説になるのかもしれない。
それには納得したけど
「ですが、ゴショー先生。彼女は演劇経験の無いただの学生ですよ。それがなぜ才能ある役者たちがこぞって出たがる紅毒婦の主演に?」
サファイアの言うとおり、なんで私がいきなり、こんな変なじじいの変な劇に出なきゃいけないんだって話だが
「逆に言えば、その娘は役者でもないのに、現実という名の取り返しのつかない舞台で、いきなり大芝居を打ってみせたのだろう?」
それの何がすごいのか全然ピンと来ない。
現実で嘘を吐くなんて、みんな日常的にやっていることでしょ。
十分に嘘を練り上げたら、後は尤もらしく話すだけ。ちっとも難しくない。
しらける私をよそに、男たちは話を続けて
「君が女ではなく男だったせいで、あっさり嘘がバレたそうだが、演技自体は完ぺきだったと聞く。違うかね?」
「まぁ、確かに素人とは思えない迫真の演技でしたが……」
「しかも聞くところによれば、彼女は嘘を補強するために自ら階段から落ち、骨まで折ったそうじゃないか! 欲しい! その狂気と紙一重の役者魂が!」
じじいはそれこそ急に狂気を爆発させると
「その分厚い面の皮が! 恐れを知らぬ豪胆さが! 何より自分のためなら平気で他人を蹴落とせる腐り切った根性が! 希代の悪女・紅毒婦を演じられるのは、お前しかおらん!」
イケメンではなく、ぽっと出のじじいに才能を見出され、熱烈に求められた私は
「嫌よ! 普通のヒロインならともかく希代の悪女なんて! なんで私がこんな変なじじいに見初められなきゃいけないのよ!」
大衆は単純だから、役を演じれば本人もそういうキャラだと思い込む。
紅毒婦なんていかにもな悪女のイメージがついたら、ただでさえ前科者になった私の評判に更なる傷がつく。
ヒロインへの道を完全に閉ざされてたまるかと必死に拒否するも
「失礼だよ、ライアさん。ゴショー先生は本当に偉大な作家なんだ。役者や作家を志す者たちは皆、ゴショー先生に才能を見出されたいと夢見ているんだよ」
真面目に諭してくるサファイアに
「だって私がなりたいのは役者じゃなくてヒロインだもの! こんな変なじじいの変な劇になんて出たくない!」
ワッと泣き叫んで嫌がるも
「残念ながら、お前の5年はもうわしが買った。これもわしの生涯の悲願である紅毒婦を、幻のまま終わらせないためじゃ。君も構わんだろう? アルジェント君」
あくどく笑うじじいに、サファイアもニッコリ答えて
「ええ。僕も僕の婚約者も、ゴショー先生の大ファンですから。先生のもとで演劇を学ぶことは、彼女自身の更生にも繋がるでしょうし、ぜひ」
私の前で人の皮を被った悪魔たちが勝手に取り引きする。
私は運命が怒涛のように、望まぬ未来に押し流そうとするのを感じながら
「嫌ぁぁッ! 私の人生なのに勝手に決めないで! 紅毒婦なんて! そんな変な劇のヒロインなんて! 絶対に嫌ぁぁーッ!」
しかし犯罪者には罰を選ぶ権利も無い。
抵抗虚しくじじいのもとにドナドナされた私は、そこで出会った役者たちに「素人のくせに」と見下され、嫉妬され、ちょっといいなと思った劇団員には
「悪いけど、無実の人を陥れるような女性はちょっと……」
と告白する前にフラれるうちに
「お前ら全員、芝居で食ってやる! 舞台が幕を閉じる時! 観客が覚えているのは、このライア・テンセーシャの姿だけよ!」
やれ、やる気が無い。態度が悪いと、うるさいコイツらの夢とプライドを粉々にしてやりたい。
その一心で、熱く激しく稽古に打ち込む私を見て
「芝居を愛する者たちの夢とプライドを踏みにじるためだけに、武器として演劇を利用する。その歪んだ精神、修羅の情熱。やはりライアは天性の悪女。紅毒婦そのものじゃ……」
ゴショー先生はつぅっと涙しながら天を仰ぐと
「神よ。紅毒婦を演じるに相応しい役者と20年も出会えず絶望していた居た私に、この者を与えてくださって感謝します」
ますます私に惚れ込んだじじいは、未定だった紅毒婦のヒロインの名前を、勝手に『ライア』にしただけでなく
「紅毒婦を演じていいのは、永遠にお前だけじゃ」
公演後。噂に違わぬ最高傑作と絶賛された『紅毒婦』の主演の座を、永遠に私に押し付けた。
演劇界の重鎮によって、これでもかと紅毒婦のイメージをなすりつけられた私が、希代の悪役女優として不本意に名を馳せていくことを、この時の私はまだ知らないし、知りたくもない。
このSSはコミカライズ担当の山神尋先生が描いてくださったライアの、あまりに活き活きとした悪役っぷりを見て生まれました。
原作時点では興味の無かったライアに
「この子、面白い! メインで書きたい!」
と新鮮な興味が湧くくらい魅力的なコミカライズでしたので、よろしければお試し部分だけでも、ご覧いただけましたら幸いです。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。