いつもの日常へ
最近は平和でのんびりした日常を送っている。
ロイ君親子の様子を見に行ったが、エステルさんも健康そのものでロイ君も嬉しそうにしていた。
帝国から派遣された薬剤師、そして薬草のお陰で街全体が活気を取り戻している。
冬もほぼ終わりを迎えている……今日も朝から晴れ間が見えて暖かい太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
若干眩しさを感じながらも、心地よい朝になかなか起きることができない。
最高な朝なのに、体全体が動かなくてちょっと窮屈だ……毛布でも体に巻き付いてるのかな??
「うーん……なんだか苦しいよぉ……なんなの……」
「あれ、苦しかった??そんなに力は込めてないはずなんだけど」
「……は??」
必死にお腹周りに巻き付いている毛布を外そうとしたが、いくらやっても布よりがっしりしたそれは外れなかった……むしろ、余計に力が強くなった。
すると、耳元でリオールみたいな声が聞こえた……リオール??
「おはよう、青藍。いい朝だね」
「……なんで、一緒のベッドで寝てんのよ!!離れろ!!」
「ちょっと、痛いよ」
リオールの声を聞いたことでようやく寝ぼけていた脳が覚醒した。
目を思いっきり見開くと、後ろから抱き着くようにリオールが寝ていた――苦しかった原因は絡まった毛布ではなく抱き締められていた事と足が絡み合っていたせいだったらしい。
私は思わず枕を盾の代わりにして距離を取った。
「どうしてリオールが私の部屋に入ってきてるの!?ちゃんと暗証番号付きのカギを追加でセットしておいたのに……!!」
「青藍ってさ、暗証番号を同じ番号でいつも設定してるよね。だから、すぐ解除できちゃうんだよ。しっかりしてるようでどこか抜けてるんだから……そんなところがかわいい」
「なんで知ってるのよ……!!」
そう、私は番号を覚えるのが苦手なので変に新しい番号で設定するとそれを忘れてしまう頭をしている。馬鹿とか言わないで。
まぁ、暗証番号のカギはおまけのものと思っているのでいつも同じ番号を使いがちだ。
それが今回、仇になったらしい。
「はぁ……朝から疲れる。どうしてわざわざ私の部屋にいるの??自分の部屋が用意されてるでしょ」
「この前言ったじゃないか、抱きしめて、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝ようねって。でも、青藍が先に寝ちゃってたから。……さて、じゃあこれから一緒にお風呂入ろうか」
「入らない!!全く、いい加減に……ちょっと!!シャツを脱ごうとするな!!」
「ちぇー……うわっ!!」
昨日は結構早い時間に眠ってしまったのだが、どうやらそのあとにリオールがやって来たようだ。
少し着崩した白いシャツからは朝日を跳ね返さんばかりに輝く白い肌が覗いている。
男のくせに肌綺麗だなぁと見ていたら、その視線に気づいたリオールは妖艶に笑うと残りのボタンを外そうとし始めたので、手に持っていた枕を思いっきり顔面に投げつけてやった。
国王様に呼ばれて私とリオール、その部下たちと謁見室にやって来た。
つい最近まで慌ただしくしていた様子だが、国王様も本当にひと段落することができたらしい。
「青藍殿、そして環境省の皆様のお陰で我が国は窮地を脱することができました。本当になんとお礼を言ったらいいか……」
「頭を上げてください。我々は当然の義務を果たしたまでです。助け合うことは当たり前の事ですよ」
最初は見捨てる、とか言ってたくせに何言ってるんだか。
まぁ、終わりよければ全てよし……なのかな??
「是非ともお礼がしたい。なにか望むものはあるだろうか??」
「そうですね……でしたら、帝国の薬剤師見習いの受け入れをお願いできますか??我が国の薬剤師が減少傾向なんです。見習いは沢山いるのですが現役の薬剤師が少ないため、質のいい教育ができていないのです」
「そうでしたか。それなのに我が国に薬剤師を派遣してくださったのですか??」
「ええ、緊急事態でしたので上司に無理言って頼んだんですよ」
「そこまでして……。わかりました。薬剤師見習いを受け入れましょう。我が国で立派に育て上げてみせよう」
「ありがとうございます!!」
そういえば帝都の薬剤師は年々少なくなっていると聞いたことがある。
最近のリオールの言動を見ている私は、真面目に交渉をしている彼の姿にびっくりしていた……いや、若干引いている。
「それから今回の件はこちらの冬使いが秋を真似したと言っていましたが、ちゃんとした秋降ろしがされていないのは事実です。再び環境被害が起こらないか観察するためにしばらく滞在を延長したいのですが」
「もちろん、かまいませんよ。私もそうしていただけると安心だ」
「ありがとうございます。」
国王様は満足そうに頷くと、今度は私に目を向けた。
「冬使い殿、冬はあとどれくらいで終わるだろうか??」
「まだ、課長から指令は来ていないので定かではありませんが……そろそろ冬が終わるはずです」
「そうか……。こんなに大変冬は初めてだったが、今後の為にもいい経験だったかもしれん。今度からは薬草や製薬の出荷を減らして、いざと言う時は全ての国民に十分な薬が行き渡るように貯蓄していくつもりだ」
「はい。きっと、そうした方がいいと思います」
これからはロイ君親子のような事は起こらなくなるだろう。
それを聞いた私はようやく、厳しい冬が終わり春の気配がしてきたような感じがした。
***
「……で??なんでリオールが私の部屋に??これリオールの荷物でしょ……なんで私の部屋に置いてあるのよ!!」
「国王様が部屋を用意しますよって言ってくれたけど、青藍と同室でいいですって言ったんだ」
「こ、国王様……!!なんていうことを……!!」
謁見後、午後は何しようかな~と考えながら自室に戻ると見慣れない荷物とリオールの姿があった。
今回の国の恩人であるリオールの笑顔に国王様も何も言えなかったんだろうな……。
国王様……私だって頑張って国の為に貢献したのに……裏切られた。
「青藍、こっちおいで」
「……なんで自分の膝を指差してるの、座らないよ」
ソファに座ったリオールが自分の膝を指差しながら私を呼ぶ。
逃げよう、と決心して近くにあるドアノブを捻って脱出しようとしたのだが開かない。
どんなにドアノブを捻ってもドアは開く気配がなかった。
「なんでドアが開かないの!?」
「ああ、それ??さっき少しだけいじったんだ。暗証番号変えたから出られないよ」
「な、なんですって!?」
「あんな簡単な暗証番号じゃ危険だよ。こういうのは誕生日以外を設定してよね」
そうなのだ、暗証番号は私の誕生日を設定していたのでリオールは簡単に解除できたのだろう。
適当に番号を入力したが全て外れて開く気配はない……観念してリオールから離れてソファに座った。
「青藍、座るところはそこじゃないでしょ」
「ここであってるよ」
「もう、しょうがないなぁ」
嬉しそうに笑いながら私が座るのを見ていたリオールは再び自身の膝の上を指差したので無視する。
距離を詰めてきたかと思ったら脇に手を入れられて持ち上げられると、リオールの膝の上に乗せられると包み込むように抱き締めてきた。
「ああ、青藍を抱きしめてると落ち着く……。今回は面倒な仕事だったけど、青藍とこうしていられるならいっか。青藍がこの国にいなかったら部下に仕事投げちゃおうかなって思ってたんだけど」
「離れろ、抱き締めるな、真面目に仕事しろ」
「結果的にはちゃんとしただろう??まさか、万年筆で僕を脅すなんてね」
国王様の前では堂々と交渉をしていた同一人物とは思えないほど、ふにゃふにゃとした顔で私を抱きしめてくる。
私は諦めてさせるがままになっていた……どうせ、部屋から出られないからね!!
「ねぇ、青藍はどうして季節使いになろうと思ったの??全く興味を示していなかったじゃないか」
「私、好きな事は仕事にしたくない主義なの。だから、好きでも嫌いでもないどうでもいい職業だった季節使いが丁度いいかもなーって」
「ふぅん??なるほどね」
すると、一気にリオールの雰囲気が変わった。
なんだか、怒ってる……ぽい。
どうしたのか聞こうとする前に私はソファに押し倒されると、リオールの長い指が首に伸びてきた。
「その好きでも嫌いでもないどうでもいい職業に僕は負けたって事??」
「リ、リオール君??ちょっと落ち着こうか……」
「ああ、その呼び方懐かしいな。出会ったばかりの頃はそう呼んでたよね。5歳からずっと一緒なのに、そんなどうでもよかった事に僕は負けたんだ……そう」
余計墓穴を掘ったらしい……私の首を撫でるように動いていた指はいつの間にか、掴むように軽く添えられていてこのまま力を込められたら私の首なんて折れてしまいそうで……。
沢山の女性を虜にしてきた美しい顔で微笑みかけてくる――だが、目が全く笑っていない。怖っ。
私の背中は今、とんでもない冷や汗でびっしょり濡れている。
「しょ、職業とリオールは別でしょ。比べるものじゃないってば」
「でも、結果的に僕より仕事を選んだ。仕事のほうが勝ったんでしょ」
め、めんどくせぇーーーー!!
なにこれ??よく「仕事と私どっちが大事なのよ!?」ってやつ??
だけど、私の言い方もよくなかったし、どうにかリオールの怒りを鎮めないと……!!
「こうなったらしょうがないか……」
「え??なんて言ったの??」
「リオール、ぎゅー」
私はもうこれしか手段がないと思い、リオールの首元に腕を回して思いっきり抱き着いた。
そして、トドメに頬に軽くキスをする……これで完璧。
この技は幼少期に習得したスキルだ。たまに、暴走するリオールを止めるにはこれが一番効果的だ。
「ごめんね。私も言い方が悪かったよね。……許してくれる??」
「……もっと」
「えっ……あーはいはい」
もう終わりにしようと思ったらおかわりをされてしまったので2,3回繰り返す……すると、ようやくリオールは体を起き上がらせた。
相変わらず私は膝の上に座っているが押し倒されているよりマシだろう。
リオールの顔を見ると、顔は真っ赤でうっとりと私を見ている。
「はぁ……やっぱり青藍好き、大好き」
「ワァアリガトー。ほら、早く離そうねー」
「いやだ、もうちょっとだけ」
なんとかご機嫌はとれたみたいだ……よかった、生き延びた。
いい加減離れようとしたが、より強く抱きしめられてしまい解放されたのは一時間後だった。
このあと、暗証番号のカギを5個ぐらい付けてなんとか部屋から追い出しました。