しっぺ返し
部下らしき人達と共にリオールは国王様が待つ部屋へと歩いていく。
私はあまりの衝撃でその場で固まってしまった……リオールが環境省の副大臣??
すると、リオールが思い出したかのように私の元に近づき耳元に顔を寄せてこう言った。
「あとで、青藍の部屋に行くからね。……逃げちゃダメだよ」
「は、はい……」
頭が混乱している状態で言われたので咄嗟に返事をしてしまう。
それを聞いて満足そうに笑ったリオールは部下と一緒に国王様の部屋へと言ってしまった。
数時間たった頃、部屋のドアがノックされる。
私は少しだけドアを開けると、そこには眩しいほど笑顔なリオールが立っていた……咄嗟にドアを閉めようとしたのだが、早い動作でドアに足を挟んできて閉められない様にしてきた。
「そんなに嫌そうな顔しながらドアを閉めようとしないでよ」
「なんで環境省の副大臣になってるの!?法律省に就職したはずでしょ!?」
「ちゃんと話してあげるよ。……だから、お部屋に入れて??」
もういっそこのまま話そうかと思ったが強い力でドアを開けられてしまい、リオールが部屋の中に入ってくる。
そして、リオールの背後からカチャリ、という音がした。
「も、もしかして鍵閉めたの??」
「ようやく二人でゆっくり話せるんだもん。邪魔されたくないからね」
じりじりと近づいてくるリオールに思わず後ずさりしていると、後方にベッドがある事を忘れていた。
膝を取られてベッドに倒れ込んでしまい、急いで起き上がるとしたが両肩をベッドに縫い付けられるように押さえつけられてしまう。
「言ったでしょ??”逃がさない”って。だから、青藍に逃げられたその日に法律省を辞めて環境省に入ったんだ。環境省なら一番季節省の――季節使いとの接点があるからね」
「折角エリートの道に行けたのに!!勿体ない!!」
「だって、青藍に不自由させたくなかったから給料の一番いいところに就職したのに……。青藍がいないんじゃ意味ない」
「うそでしょ……。それに私を忘れて他の女性と幸せになってって言ったじゃない!?私よりいい女性は沢山いたはず、むしろ選びたい放題に仕向けたのに!!」
リオールは法律の番人である法律省での就職が決まっていたはずだ。
きっと内定をもらうのも大変だっただろうに、こんなにも簡単に辞めてしまうなんて!!
しかも、私が丁寧に仕向けたご令嬢を全て捌ききったというの!?信じられない……。
「やっぱり。あれ、青藍の仕業だったんだ。しつこかったんだよ??どうでもいいしゃべるだけの肉塊をあしらうの……うじゃうじゃ群がってくるからうんざりしちゃった」
「いや、だからしゃべる肉塊って言うのはホントにやめてあげようよ……」
「そんな事はどうでもいいじゃない。それより、僕と取引しない??」
「取引??いったい何を……というか、いい加減この態勢どうにかならないの??」
端から見ると押し倒しているような態勢のままだったので、リオールの胸を押して離れるように言うがビクとも動かない。
なぜか余裕の表情をしているリオールはその整った綺麗な顔をより近づいてくる。
「国王様と話してきたんだけどね……薬剤師は帝国から呼び寄せようと思っているんだ。それから薬草も分けてもうことになった。そうすれば沢山の病気の人を助けられるし、しばらくは薬に困らなくなる」
「へぇ~。いい事ね。是非ともすぐにそうして頂戴」
「そう、いい事尽くしだ。でも、帝国から数十名の人員と薬草を派遣するとなると結構大変なんだよね。多少は環境省と季節省が支援金を出すけど、計算したところ全然足りないんだ……このままでは、国民全員を十分に救う事はできないだろうね」
「……何が言いたいの??」
なんだかじらすように言うリオールは私の頬を優しく撫でてきた。
目線を離したら負けのような気がして、私はリオールを睨みつける。
「だからね、僕が足りない分の支援金を出してあげる。学生時代に父上の仕事の手伝いをして報酬をそこそこ貰っていたからね。……でもその代わりに青藍は今すぐ季節使いを辞めて僕と結婚して」
「……はぁ??嫌ですけど」
「あはは、思ってた通りの反応。でもね、青藍はあの親子を見捨てるの??僕の支援金が無ければ十分に派遣してもらえないんだ……あの家は貧しいから、きっと医者も薬も後回しにされてしまうかもよ??それまであの母親の体が持てばいいけど」
恐らくリオールは貧しい人々を何とも思わずに見捨てるだろう……彼が個人的に助ける義理はないのだから。
環境省の副大臣として最大限の支援はするが、個人的な支援はしないと言い出した。
「いつの間にかそんなに性格の悪い子になっちゃったのね。残念だわ」
「それは青藍の返答次第だよ。それに、何かを得るためには何かを差し出さないと……これは世界の秩序なんだ。さぁ、選んで。あの親子を助けるか、それとも僕を悪者にするか。青藍は僕を”悪い子”になんてなせないよね??」
まさか、ここまでリオールの性格が歪んでしまっているなんて。
相変わらず余裕の表情で笑っているリオールを見ていると、上等な上着のポケットから金色のペンが覗いていた、あれはたしか……。
私は身をよじらせて自身のポケットから同じような金色のペンをリオールの目の前に差し出した。
「これ覚えてる??」
「もちろんだよ。去年、青藍の誕生日にプレゼントした僕とお揃いの万年筆でしょ。ずっと持っていてくれたんだね」
「ええ。とっても書きやすいし愛用してるの。確かこの万年筆、特別な宝石が埋め込まれていて同じものはこの世に存在していないって言ってたよね」
これは去年の誕生日にリオールがプレゼントしてくれた青い宝石が埋め込まれている万年筆だ。
そして、プレゼントしてくれた時にリオールはこう言ったのだ。
『これは職人に特別に作ってもらったこの世に2本しかない対の万年筆なんだ。金と珍しい宝石が使われていて、これ一本でそこそこいいお家が建てられるぐらいの価値するんだ。だから、大事に使ってね??』
『え……正気なの!?そんなエグイ物渡さないでよ!!失くしたら一生立ち直れない!!』
「お気に入りだったんだけど……しょうがない、”何かを得るためには何かを差し出さなと”ね」
「せ、青藍??何を言っているの??」
「これを売ってお金にするわ。そうすればロイ君たちも他の人達も十分助けられそうだし」
「……は??」
私が言うと、ようやくリオールの顔からは余裕の表情が消えて間抜けな顔になった。
ふっふっふ、私が大人しく君の要望を聞くと思ったら大間違いよ!!
「私の名前がキャップのところに彫刻されているから逆に売れないかしら……。でも、同級生だったご令嬢達ならリオールとお揃いってだけで喜びそうだし彫刻ぐらい気にしないかな??」
「青藍、ちょ、ちょっと落ち着こう??」
「ねぇ、リオール??この万年筆、私だって本当は手放したくないのよ??あなたの思いがこもったプレゼントですもの。そんな大事なものを他の女性に売り飛ばすなんて事をしたら私は”性格の悪い子”になってしまうと思わない??――リオールは私を”悪い子”になんてさせないわよね??」
そう、この万年筆はプレゼントされて早速学園で使ったのだが、リオールが持っている物とお揃いなのだと気づいたご令嬢達からそれはそれは嫉妬の視線を浴びせられた……。
それ以降、学園では使わず家の机にしまっていたのだが就職してからはずっと愛用している。
恐らく、形勢はぐるりと逆転したはずだ。
私は勝ち誇った笑みを浮かべながら顔を青くしているリオールを見つめると、観念したのかため息をついて私から離れた。
「はぁ……わかったよ。ちゃんと僕が支援金を出す……」
「リオール、ありがとう!!あ、それから季節使いは辞めないし、リオールと結婚もしないからね!!」
がっくりと肩を落として落ち込んでいるリオールに、私は満面の笑みでお礼を言う。
リオールが次の日に帝国へ支援を要求すると、驚きの速さで薬剤師や薬草がやってきた。
エステルさんもしっかりお医者さんに診てもらい、質のいい薬を服用したことであっという間に病気がよくなったという。
それを聞いた夜は、リオールに完全勝利した実感とエステルさんの完治への喜びでそれはそれはよく眠ることができた……。
なんとか結婚回避