温かい冬
冬使いになってから3か月が経った。
ここ最近は、冬降ろしをして数週間で次の国に向かうというハードスケジュールをこなす日々だ。
「そうそう、お聞きになった??最近環境省の副大臣が新しくなったようなんです」
「環境省……??季節使いと関係があるんでしたっけ??」
「ええ。わたくしたちの季節降ろしは時に自分の思い通りにならない事がありますから……その調整をするのも環境省の役目なのです」
私達の季節降ろしは時に大雪にしてしまったり、干ばつを起こしたり、台風を呼んでしまったりしてしまうことがまれにある。
その環境被害の受けた国を助けたり、事前にその被害を起こさない様に魔法で打ち消したりしてくれるのが環境省だ。
「他の季節使いから聞いたのだけれど、その副大臣が新人の冬使い――青藍さんを捜しているようなの」
「私をですか!?なにかしちゃったのかな……」
今まで私が冬降ろしを行ったのは3か国……どの国でもちゃんと成功させたはずだ。
だが、雪の降らせる量や気温の低さなどで環境被害に結び付く可能性はゼロではないので言い切れないけど。
「ですが、環境省が課長に言うならまだしも、直接探しているっていうのはなんだかおかしいんですの」
「確かに……問題があったら課長を通して連絡がくるはずですよね」
「環境省って季節使いにちょっと当たりが強いのよ。……だから、気を付けてね。」
「心配してくれてありがとうございます。では!!」
撫子さんに別れを告げて次の国へと向かう。
さっき聞いた話が気になってモヤモヤするが、ちゃんとお仕事はしなければ。
次は”薬の国”と言われている大きな国へ向かう。
そこは薬草が名産で腕のいい薬剤師や良質な薬が有名な国のようだ。
いつも通りに入国手続を終えて待っていた秋使いに会いに行くと、そこにいたのはダリアさんではなかった。
「あ、あなたが冬使いさんですか??あの、あのっ」
「そうですが……どうしたんです??」
「ごめんなさい!!私、秋降ろしを失敗させてしまったんですぅ!!」
「えっ!?と、とりあえず、涙を拭いてください」
ベージュ色のショートカットヘアに大きな眼鏡が印象的な彼女は、痛々しいほど目元が腫れている……そして今でも絶え間なく涙が溢れていた。
彼女――モモさんが泣き止んでからゆっくりと話し始めた。
モモさんも私と同様、最近のハードスケジュールで相当疲れていたようだ。
秋降ろしをした時も眠気が限界だったらしく、魔力の量が全く足りなくてちゃんとした秋が訪れなかったらしい。
魔力が回復した3日後になんとか秋降ろしをしたが間に合わなかったようで。
……どうりで、国に来た時に紅葉よりも青々とした木々の葉っぱが多かったわけだ。
「この国は薬草が多く採れる山があるのですが……秋がないと上手く薬草が育たないみたいなんです。ど、どどどどうしましょうーー!!」
「落ち着いてください!!こうなったら私が調整して秋に寄せた冬にしてから徐々に本格的な冬にしてみます」
「そんな、高度な事が出来るんですか!?」
「やったことはないですが、もうそれしか方法はないと思います。」
この国の薬草は全国に出荷される……もしも、薬草が育たなければ他の国にも少しならず影響がでるだろう。
今回は魔力を調節しながらやるしか方法はなさそうだ。
「モモさん、ここは私に任せて出発してください。早めに行って次の国で少し休んだ方がいいですよ。」
「そう……ですね。これ以上この国にいてもいろんな人達から嫌味を言われるだけですし……ま、私のせいなんですけど、アハハ……。」
「相当参ってますね。さ、私に任せてください。どうにもならなくてもきっと課長や環境省の方がどうにかしてくれます。」
「すみません……あとはよろしくお願いします……。」
モモさんは生気のない目で笑い、明後日の方向を見始めた。
彼女にこれ以上負の連鎖が起きない様に、次の国に向かうように言うと箒にまたがりふらふらと飛んで行く……大丈夫だろうか。
***
「あの秋使いから話は聞いているかな??今、我が国は危機に陥っている」
「はい。聞きました。そこで提案なのですが……」
私は国王様に会いに行き、先ほどモモさんにも言った話をする。
すると、国王様は半信半疑で不安そうに私を見た。
「そんなことができるのか??」
「今はそれしかないかと……。魔力操作で暖かい冬にすればなんとか秋に近づけることはできるはずです」
魔力を最小限にして冬降ろしをすることでほんの少し秋に近づける、そして徐々に気温を下げて冬にしていけばなんとかなるはず……多分。
しばらく悩んだ様子だったが、それしかないと察したのか国王様はその案を了承してくれた。
「わかった。君に彼女の後始末を頼むのは申し訳ないが……どうか頼む。今年の薬草が育たなければこの国は次の冬まで持たないだろう」
「最善をつくします。でも、私が失敗しても季節省と環境省がきっと助けてくれますから安心してください」
「すまないね。申し訳ないが早急に冬降ろしをお願いしたいのだがいいだろうか。――今、すぐに」
「はい……はい??」
国王様を少しでも安心させることができてよかった、と思ったのも束の間……ぎこちない笑顔を浮かべた国王様が言った言葉は、疲労と面倒事でやさぐれた私をどん底へ落としたのだった。
***
「つ、つかれたよぉー!!まさか、すぐに冬降ろしをさせるなんて!!疲れてるのにあんな高度な魔力操作するなんて死んじゃうよー!!」
私は国王様に用意してもらったお城の客室のベッドに倒れ込んだ。
途切れそうになる集中力を必死に保ち、なんとかちょっと温かい冬――もとい少し寒い秋にすることができた……はずだ。
「明日も少し魔力の量を調節しないと……今日よりもほんの少し魔力を込め……て。すぅすぅ……。」
私は溜まった疲労が頂点に達し、そのまま眠ってしまった。
朝までぐっすりと眠ったはずだが、手ごわい疲労感はなかなか無くならない。
いつもなら、最初に冬降ろしをすればそれ以降はほぼなにもしなくていい。
ごく稀に降雪量が多くなってきたと思ったら魔力を少なくしたり、もっと気温を下げるために追加で魔力を込めることはある。
だが、今回の場合はほぼ付きっきりで魔力の込める量を調節しなければならないので一苦労だ。
「……これでよし。あとはいつも通りの冬の寒さにして雪を降らせればいいはず!!疲れたー!!」
「冬使い殿、よくやってくれた。お陰でいつもよりは収穫量は少ないが薬草を採取することができそうだ」
「そうですか!!よかったです……」
私はお城の屋上で今日の分の魔力を込めてるとその場で座り込んだ。
あとはもう安定した冬になるだろう。
後ろから様子を見に来た国王様が薬草が採取できたことを嬉しそうに報告してきた。
あとは、残り一か月間をいつも通りの冬にすればいいのでようやく私もこの重労働から解放される。
「残りの一か月はどうかゆっくり休んで欲しい。あなたは国の恩人だ。何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます!!」
私は今までの分の不眠を取り戻すかのようにぐっすりと眠った。
疲労が回復すると、雪が積もり始めた街を探索する。
珍しいお店が多かったので楽しく探索していると、薬屋らしき建物の前に多くの人達が集まってた。
「どうして、薬が買えないのですか!?息子の熱が下がらないのです……!!」
「家族が苦しそうに咳をしているんだ!!薬を売ってくれ!!」
「そうは言ってももう薬草が無いのです!!材料が無ければ製薬できないのですよ!!」
騒ぎが起こっている店内を遠目から見ると、薬が並んでいるはずの棚は空っぽだ。
しばらくして、先ほどの人々が諦めたようにそれぞれの方向へ散っていく。
「今年は薬草の採取量がギリギリだったから、貴族達が独占しているのよ」
「なんてことだ……。貴族様達は自分たちの事しか考えていないのか……」
「俺達のような庶民より、他の国に高く売った方が儲かるからな。あの方たちは我らの命などどうでもいいと考えているのだろう……」
今回、なんとか薬草は採取できた……しかし、例年よりも少ない為に貴族達が独占しているようだ。
私はその光景を見て、白いとんがり帽子のつばを強く摘まむ。
お城へ戻ろうと方向を変えた時、後ろから走って来た少年に思いっきりぶつかってしまう。
「いててっごめんなさい!!お姉さん大丈夫??」
「大丈夫だよ、君は??」
「平気!!……大変、荷物が!!拾うの手伝うよ」
「ありがとう。私急ぐからこれで!!」
私はぶつかった拍子に尻もちをついてしまってしまい、その反動で留め具が外れて鞄の中身が全て地面に散らばった。
黒い髪に紫色の目をしているその少年は、綺麗な顔をしていたが少しやせ細ってやつれている。
ボロボロの服から覗く腕や足が異様な痩せ方に驚いていると、いつの間にか散らばった鞄の中身を全て拾ってくれたようだ。
私はお礼を言ってすぐにお城へ、国王様の元へと走った……なんだか良くないことが起こっている気がする。
「国王様、ちょっとお話いいでしょうか!!」
「ん??ああ、もちろんだ。どうしたんだ??」
私は先ほど街で見かけた事を話した。
そして、どうにか貴族達から薬草を分けてもらい、街の人達の病を直して欲しいと頼んだ。
「そうか……。その事についてはすでに貴族達に薬草を渡すように言ってある。だが、問題はそこではないんだ」
「と、いいますと??」
「製薬の知識を持った薬剤師達がこの前の薬草採取を徹夜でしたせいでほとんどの者が体調を崩して寝込んでしまってな。……薬草はあっても調合する薬剤師がいないのだ。」
「そんな……。」
まさか、薬草はあっても薬剤師が寝込んでいるなんて……。
健康な薬剤師も少数人しかいないので、生産が追い付かないという。
「環境省にこの事を伝えて薬剤師や医者を派遣するように要請したが、しばらく時間が掛かりそうだ」
「あの、何か私にできることはありませんか??」
「……いいや、あなたには十分助けられた。これはもう我が国の問題だ。季節使いの貴女はしっかり仕事をした、むしろそれ以上の働きだったのだから……あなたが思い悩む事ではないよ」
国王様はそう言って忙しそうに部屋を出ていってしまった。
私は自室に戻ってベッドに倒れ込んだ……のんびりと天井を見つめながら何かできることができないか考えるが何も思い浮かばない。
「そういえば、さっき鞄に適当に詰め込んだんだよね……とりあえず整理しよ。……あれ??えっ!?」
気を紛らわせるために、鞄の中身を整理しようとするとあるものが無い事に気づいた。
鞄を逆さまにして中身を全てベッドの上に出した……だが、どこにもない。
「季節水晶がないー!!!!!」
私は思いっきり叫んだ。
2月なのに暖かすぎる・・・
バレンタインストーリーを書いたのですが、数日後に投稿します