お仕事開始
しばらくして後ろを振り向くと、リオールの姿も魔法省の塔も帝国も全く見えなくなっていた。
追ってくる様子はないのでとりあえずホッと胸を撫で下ろす。
「まさかこんなに早くバレるなんて……!!でも、まだ想定内よ。リオールはこれから私に構ってられなくなるほど忙しいの生活を送ってもらうんだからね!!」
私の計画はまだ続いている。
これから実行されるであろう、その計画を成功させるために一か月前から準備をしていた。
準備とは簡単だ……リオールに好意をもっているご令嬢に私の進路について教えたのだ。
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「話ってなんですの??わざわざ呼び出すなんて……大した内容じゃなかったら許しませんわよ」
「いきなり呼び出してごめんなさい。でも、これは聞いておいて損はないよ。もしかしたらリオールとお近づきになれるんだから」
「どういう意味なの??」
人通りの少ない校舎の裏に、よくリオールを追っかけている令嬢達を呼び出した。
そういう令嬢は他にも大勢いるため、数回に分けて呼び出すつもりなのだが……まさかこんなに何回も同じ会話をするとは思っていなかった。
実はこれで10回目なのだが、まだまだこれと同じような会話をすることになると思うとうんざりする。
けど、彼女達には是非とも頑張ってもらわなければ……!!
「ここだけの秘密なんだけど、私、卒業したら帝国を出て国を転々とする仕事に就くの」
「あら、そうなの??まぁ、あなたって箒に乗る事しか出来ないポンコツですものね」
「……それでね、リオールにもこの事は内緒にしているの。私がいなくなったら彼、どうなると思う??」
「ものすごく不愉快ですが、落ち込むでしょうね……彼ったらあなたにべったりなんですもの」
「そうよ、だからね……幼馴染がいきなり自分の前から消えたショックでリオールは相当落ち込むわ!!でもね、これはあなた達にとってチャンスよ!!」
「チャンス??」
ちょびっと私に対して嫌味を言われたような気がしたがそれはスルーする。
ここにいる令嬢たちは普通なら働かずに両親のお金で贅沢な生活を送るだろうと思っていたが、なんとリオールと同じ職場で働くことで、彼と少しでも一緒にいたいと目論んでいるようだ。
それにより、今年の魔法省には人手が多く入り職場のお偉いさんたちは大層喜んだみたい。
おっと、そんなことはどうでもいい。
「傷心しきっているリオールに優しく声を掛けて励ます……そのうちに2人の距離は縮まっていき、ゆくゆくは……。」
「彼は私だけを見てくれるって事ね!!」
「そうです!!いいですか、リオールの心をゲットできるチャンスなのです!!私は学園の卒業式の次の日にはこの国を出ます。そうしたらあなた方がやるべきことは何なのか……わかりますね??」
「ええ!!やっと邪魔だった青藍さんが消えるのなら、今度はわたくしに振り向いてくれるかもしれないわ!!」
「何言っているの!?リオール君と付き合うのはこの私よ!!」
こうして、仲間割れが始まりそうなご令嬢達を眺めながら私はほくそ笑んだ。
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私という邪魔者ががいなくなった事で、大勢のご令嬢がここぞとばかりにリオールに近づくだろう。
こうすることで、私を捜索する暇を与えず、上手くいけばそのご令嬢達の誰かと付き合うことになれば私の事なんてあっという間に忘れるはずだ。
「くっくっく……あーはっはっは!!リオール、君には絶え間なく数十人、いや数百人の女性が言い寄ってくることでしょうね。その刺客達を君は捌ききれるかしら!?」
結局、同級生全てのご令嬢達に情報を教えていたら総勢100人を超えた……同じ会話をひたすら吹き込んだ私は最後の方はほぼやけくそになりながらも見事に全てのご令嬢を”リオール足止め作戦”に巻き込むことができた。
リオールがご令嬢に囲まれ、もみくちゃにされている場面を想像したら面白すぎて空の上で大声で笑ってしまった。
すると、たまたま通りがかった同じように箒で空を飛んでいた魔女さんと目が合って一気に気まずくなる。
私はわざとらしく咳ばらいをして課長から貰った地図に目を通す。
「えっと……ここから西に行った小さな島国に行けばいいのね。初めて行く場所だし楽しみだなぁ」
私は地図をポケットにしまってまだ海と空しか見えない景色に目を向けた。
最初のお仕事だ、しっかりやらないと!!
私は鼻歌を歌いながら、他の人から見てもわかるほど上機嫌でその島国が見えるまできれいな空の旅を楽しんだ。
途中にあった孤島で休憩を入れながら飛んでいると小さな島国が見えてきた。
小さな島だが、観光地として有名で商店街やリゾートホテルが多く建てられていて空からでも人々が賑わっているのが見える。
入国するために港にある大きな建物の前で箒から下りる。
陽気そうなおじいさんに身分証を見せると、驚いたようにこちらを見つめた。
「おや、この国に冬の季節使いが来るなんてめずらしいな。」
「そうなんですか??」
「儂も生まれてずっとこの国に住んでいるが、最後に雪使いが訪れたのは何十年も前になる。」
「この国ってどちらかというと温暖な気候ですからね。でも、今回は冬をしっかりお届けしますね。」
「そうかい。昔見た雪はそれはそれは綺麗で感動したもんだ。お嬢ちゃんも頑張れよ。」
「はいっ!!ありがとうございます!!」
そういっておじいさんはにこやかに私に身分証を返してくれた。
私はお礼を言うと建物から出るとほんの少し冷たい空気に包まれる。
入国したらまず最初に、この国の長と既に滞在している季節使いに会いに行かなければならない。
先にいる”秋”の季節使いから引き継ぎ作業をしなければならないのだ。
商店街の奥にある大きな建物が国王のいる宮殿だろう……私は街の様子を見ながらその宮殿へと向かった。
宮殿に着くと、大きな門の前に明るいブラウン色のローブを着てオレンジ色の髪を三つ編みにしている魔女がこちらに気づいて大きく手を振っている。
「貴女が冬の新人ちゃんね??初めまして。私はダリア、秋の季節使いよ」
「初めまして。冬の季節使いの青藍です。これからよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。さぁ、早く国王様に会いに行きましょう!!案内するわ」
先輩季節使いのダリアさんは私の手を取って宮殿へ入り、国王様がいるという部屋に案内してくれた。
歩いているうちにようやく国王様に会う、という実感がわいてきて緊張してくる……少し、繋いだ手に力が入ってしまった。
それを感じ取ったダリアさんが安心させるように優しく笑いかけてくれる。
「国王様って言っても怖い人じゃないし大丈夫よ。国によってはすごい堅物なお方もいるけど。ここの国王様は友好的な方だから」
「そうなんですね。よかった」
「ここのお部屋よ。……国王様、冬使いがいらっしゃいましたよ~」
そしてあっという間に豪華な造りのドアの前でダリアさんは止まった。
ノックをすると中から入るように声を掛けられる。
中からドアが開けられて、ダリアさんが私の背中をそっと押して一緒に入室した。
「よく来てくれた、冬使い殿。今回の冬は数十年ぶりになることだし、期待しているぞ」
「はい。精一杯がんばります……!!」
「青藍ちゃんは今回が初めてのお仕事なんですよ。余計なプレッシャーを掛けないでくださいね」
「そうだったな、すまない。君の思うがままに冬を呼び込んでくれ」
「お心遣い感謝します」
「では、明日に”冬降ろし”を頼みたい。滞在中は城の部屋を使ってくれ、すぐに案内させよう」
「ありがとうございます。お世話になります」
使用人の人に案内されて、お城の豪華なお部屋へと通された。
ダリアさんがお茶に誘ってくれたので、隣の彼女の部屋へとお邪魔する。
「さぁ、座って。今、お茶を入れるわ」
「ありがとうございます。あの、ダリアさんって季節使いになって何年が経つんですか??」
「3年目よ。まだまだひよっこだわ」
ダリアさんは笑いながらそう言ってナッツの香りのする紅茶を入れてくれた。
初めての事ばかりで緊張していたが、紅茶を一口飲むとようやく気持ちが落ち着いてくる。
「初めて季節降ろしをしたとき、どんな感じでしたか??」
「やっぱり、不安よね。私も最初は吐きそうなぐらい不安だった……。でもね、私が呼んだ秋を綺麗だと人々が言ってくれたの。それがすごく嬉しくて不安だったのは最初だけだったわ」
「そうなんですね。私も沢山の人にそう思ってほしい……」
「キツイと思った事もあるけれど、それ以上に喜びや楽しさだって多いわ。だから、青藍ちゃんも頑張ってね!!」
「ありがとうございます」
ダリアさんに今までの旅の事を聞かせてもらい、その日はぐっすり眠ることができた。
そして、ついに初めての”冬降ろし”をする瞬間がやってくる。
季節を呼び込むことを”季節降ろし”という。
季節水晶に魔力を込めれば、その季節を呼び込むことができるのだ。
「やり方は研修の時と同じように。あんまり一気に魔力を込めないようにね」
「はい、わかりました」
お城の屋上に出ると、少し冷たくなった秋の風が吹いていた。
私は屋上の中央に立つと、深呼吸をしてから手に持った水晶にゆっくりと魔力を込めていく……。
足元から冷たい冷気が現れると、それは一気に空へと舞い上がる。
舞い上がった冷気は空にある雲を包み込むようにしてはじけると、天使の羽のような雪が舞い下りてきた。
……ちゃんと、成功したみたい。
「青藍ちゃん!!すごいわ!!初めてなのにこんなに繊細な雪を降らせるなんて!!」
「あ、ありがとうございます」
ダリアさんに後ろからいきなり抱き締められてびっくりする。
まさか、初めてでここまで上手にできるとは思っていなかったのに……でも、よかった。
「ほら、聞こえる??雪を見た国民の人達の声が」
「……しっかりと。喜んでもらえるといいんですが」
「何言ってるの!!一目見ればわかるわ。皆すごく喜んでるじゃない!!」
お城の屋上からでも国民達が驚きの声を上げているのが聞こえる……だが、それはだんだん歓声になっていた。
最後に雪が降ったのは相当前のようだし、初めて見る人がほとんどのはずなので物珍しいのだろう。
「ふむ、いい雪だ。素晴らしい冬を呼び込んでくれて感謝するぞ」
「国王様……。ありがとうございます」
国王様は雪が舞う空を見上げながら嬉しそうに笑っている。
数時間後に雪がそこそこ積もると、子供も大人も雪合戦をしたり雪だるまを作ったりして楽しんでるみたい。
こうして、なんとか初仕事は大成功させることができたのだった
「じゃあ、私はもう行くわね。次の国に秋を届けに行かないと」
「ダリアさん、ありがとうございました。どうか、お気をつけて」
「うん。次の国で待ってるから!!じゃあね」
私とダリアさんの周るルートは一緒なので次の国でまた会えるはず。
少し季節外れになってしまった明るいブラウンのローブをなびかせ、ダリアさんは笑顔でこちらに手を振って次の国へと出発していった。
冬降ろしをして一か月が経つと、所長から手紙が届いた。
手紙の中身は数日後に次の季節使いが来るので引き継ぎをする事と、次に向かう国について書かれてた。
「数日後に次の季節使いが来るようです。一か月間大変お世話になりました」
「おお、もう次の季節が来るのか。此度の冬はとても素晴らしかったぞ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「実はな、私が子供の頃に一度だけ冬使いが来て雪を降らせてくれたんだ。当時、両親と一緒に楽しく雪遊びをしたのを思い出すことができた……ありがとう」
国王様は懐かしそうに、優しく目を細めて笑っている。
その様子を見て私もとても嬉しい気持ちになったのだった……。
そして、雪を降らせるのを止めてから2日後、薄ピンクのローブと桜の花びらをモチーフにしたとんがり帽子を被った春の季節使いが到着した。
その頃には冷たい空気は和らいでいてポカポカとした陽気になりつつある。
春使いの撫子さんが春降ろしをするのを見守ってから私も次の国へ出発する準備を始めた。
お城の花壇の地面からは小さな芽が沢山芽吹き始めて、すっかり春の陽気になっていて気持ちよい。
「では、私はそろそろ次の国へ行きますね。もう少し撫子さんとお話したかったのですが……」
「そうね。まだまだ話したりないですわ……残念ですが、続きは次回のお楽しみにしておきましょう」
出発の日、心地よい潮風が吹いている港で撫子さんは切りそろえられた長い黒髪を少し押さえながら上品に笑いかけてくれた。
撫子さんとも同じルートなのでまた次の国で会うことができるはず。
「では、また!!お元気で!!」
「青藍さんもね。また会えるのを楽しみにしてますわ!!」
箒に乗って花びらが浮いている海の上を飛んで、撫子さんに手を振って別れを告げる。
心地よい風を感じながら、私は次に向かう国がある方向を希望に満ちた目で見つめていた。