就職か婚約か
気分転換に新しいストーリーに手を出しました
誰もいない静かな教室で私は自分の席で本を読んでいる。
先生に放課後残るようにと言われて、終了のチャイムが鳴ると同時に他の生徒たちが楽しそうに笑いながら教室を足早に出ていくのを私は羨ましそうに見送った。
いつもなら誰よりも早く教室から出ていき、自宅へとまっすぐに帰っているはずなのに。
ため息をつきそうになった瞬間に教室のドアが開いて担任のジェニファー先生が入ってきた。
「青藍さん、お待たせしました。いきなり残るようにいってごめんなさいね」
「いえ……。それでなんの用でしょうか??」
「実はね、あなただけなのよ。進路希望の用紙を真っ白で出した人は」
「……本当にすみません」
先生は私の隣の席に座ると、元々書いてあった文字以外書き足されていないプリントを机に置いた。
週初めの昨日、迷った挙句に自分の名前だけを書いて提出したそれは指摘されるとしても、先生はテストの採点で忙しいはず、早くても週終わりだろうと思いそれまでには進路を決めておこうと計画していたのだが私の読みは外れたらしい……。
「青藍さんはなにかやりたいことはないの??興味がある職種とか、まず自分の好きな事を仕事にしてみるのもいいきっかっけだと先生は思うんだけど」
「何も思い浮かばないんです。好きな事を仕事にして、その仕事がつらいと感じてしまったら好きな事も嫌いになってしまうんじゃないかって……」
好きな事は沢山ある……だけど、好きな事は仕事にしたくない、と思ってしまう。
これはただの甘えだとわかっている、だけど好きな事が嫌いになったらそのほうがショックだ。
「そういえば、リオール君と婚約するっていうのは……」
「それだけは却下です」
「あら……お二人共お似合いなのに。リオール君も青藍さんと婚約するんだってこの前の進路相談で言ってたみたいよ」
「私はそんなつもりはないって言ってるのに……!!」
リオールは私の幼馴染だ。
身分はリオールの方が上で伯爵家の三男、近所の年の近い友達程度だったはずなのにいつの間にか私に好意を持つようになり、登校も下校も一緒にしたがるのでうんざりしている。
リオールは艶やかな金色の髪にエメラルドグリーンの瞳、そして甘いルックスで学園中のご令嬢を虜にしている――いわばイケメンの分類に入る。
よって、学校の女子生徒達から私へ向けられる視線がとんでもなく痛いのでできれば関わりたくない。
それなのに何度言ってもリオールは私の隣を悠々と歩いているのだ。
「リオール君は王族に仕える家柄だし、彼自身も高収入の職場からスカウトされたみたい……結婚すれば働かなくても済むわね」
「あいつと結婚するぐらいなら働きます!!」
「あらあら。じゃあ、すぐに進路希望を決めましょ。先生のおすすめがあるのだけど」
「おすすめ……ですか??」
「雪の季節使い。丁度1人、季節使いさんが引退しちゃったのよ~。求人を出しているんだけど、なかなか応募してくれる人がいなくって困っているらしいの」
季節使い――いろんな国に季節を運ぶ魔法使いで、春夏秋冬それぞれ4種類の季節使いがいる。ほとんどを箒で移動して上司の命令で言われた国を訪れて季節を運ぶ仕事だ。
なかなか自宅には帰ってこれないし季節使いは人不足の為、集団で行動しないため常に孤独だ。
それが嫌で大体の人はこの仕事をしたがらないらしい。
先生は笑顔でプリントを私の前へと置いた。
そして、「明日までに出すのよ~」と言って教室から出ていき、教室は再び静まりがえる。
「とりあえず帰ろう。」
私は鞄にそのプリントを入れると教室から出た。
唯一全ての部活がない日だったので、校舎もグラウンドも誰一人もいない……と思ったら校門のところで見知った男子生徒と数名の女子生徒の姿を見つける。
私に気づいたのか、女子生徒に手を振って会話を終わらせるとこちらに近づいてくる。
その仕草と一瞬だけ見せた笑顔を見た彼女達は悲鳴を上げたが、背を向けた彼がどんな顔をしていたか彼女達は知らないだろう――まるで氷のようなゾッとする冷たい表情になったことに。
だが、それは一瞬だけの事で私を見る表情はとても穏やかだ。
足早に近づいてくると、私の手を取って眩しいばかりの笑顔を見せてくる。
「青藍!!」
「リオール……なんでいるの。先生に呼ばれたから先に帰っていいよって言ったじゃない」
「青藍を1人で帰らせるなんてできないよ。ほら、帰ろう??」
あまり笑わないリオールだが、私と一緒の時はずっとニコニコしている。
その笑顔は天使のようだとキャーキャー言われているが、私の前でしか見せないので女子生徒達の嫉妬の矛先は私になるのだ……勘弁して欲しい。
「それで、先生はなんて??」
「進路希望を名前だけ書いて出したから再提出だってさ」
「また書かないで出したんだ。いい加減何か書きなよ。もう卒業まで2か月しかないのに」
「そう言われてもやりたいことが見つからないんだからしょうがないじゃん」
「……それなら、さ。この前言った事、前向きに考えてくれてもいいんじゃない??」
ふいに足を止めたリオールに振り向くと、少し泣きそうな顔で俯いていた。
幼馴染だからわかる……こいつはいつもこうやって駄々をこねる。
「それは絶対ない。私と婚約してリオールになんのメリットがあるの??何のとりえもない私と結婚したって意味ないでしょ。家柄だって普通だし……学園には名家の令嬢がいっぱいいるし選び放題じゃない」
「青藍がいい。青藍以外の女なんてただのしゃべる肉塊だよ」
「まてまて、なんだその問題発言!!美人で頭のいい才色兼備の令嬢達をしゃべる肉塊!?」
あまりの衝撃発言に私は思わずツッコミを入れた。
まさか彼女達が憧れて好意を持っている男性からこんな風に思われているなんて聞いたら泡を吹いて気絶してしまうのではないだろうか……。
リオールは私の手を両手で包んでじっと見つめてくる。
「青藍だけは僕を僕として見てくれた……だから、僕は青藍がいいんだ」
「……よくわからないや。ほら、手を放して」
「僕は諦めないからね……絶対に」
そう言ってリオールは私の片手を強めに握って歩き始める。
何年も昔から繋いできた手はいつの間にか大きくなっていて、私の手なんて簡単につぶしてしまいそうだ。
私とリオールの家は隣同士、大きな豪邸の隣に庶民的な家が建っていてとても不思議な光景だ。
あまりにアンバランスすぎるので、引っ越しすることを両親が考えたがリオールが私と離れ離れになるのを嫌がって、逆に彼の両親に頼みこまれてそのままここに住んでいる。
「じゃ、私こっち。バイバイ」
「待って、今日は青藍のご両親に伝えたいことがあるんだ」
「伝えたい事??」
「うん、それと僕の両親からも言伝を頼まれているんだ」
「ふーん??それならどうぞ」
別れようとして、繋いでいた手を放そうとしたがより力が入って離れることは出来なかった。
リオールの両親からうちの両親に言伝??定期的にある食事会の誘いかな??
「ただいまー」
「おかえりなさい。あら、今日はリオール君も一緒なのね」
「お邪魔します。あの、ご主人はご在宅ですか??お二人にお伝えしたいことがあるんです」
「丁度さっき帰って来たからいるわよ。さぁ、中に入って」
お母さんはにこやかに挨拶するリオールをリビングへ通して、座るように椅子をすすめた。
しばらくするとお父さんがリビングへとやってくる。
「やぁ、いらっしゃい。リオール君が来るなんて久々だね。相変わらず青藍と仲良くしてくれてありがとう。」
「こちらこそ、毎日青藍のお陰で楽しく過ごさせてもらっています。」
「それで、伝えたい事ってなにかしら??」
両親とリオールはテーブルに着席して、私は飲み物を出して飲もうとした。
すると、リオールはとんでもない事を言い始めた。
「僕の両親とも話し合ったのですが、青藍と婚約したいのです。そして、すぐに結婚したいと思っています。よろしいですか??」
「……はぁ??」
笑顔の状態で固まった両親、私は思わず大声を出してしまった。
リオールはいたって真面目な顔をしていて冗談を言っているようには見えない。
「ちょっと何言ってるの!?」
「リオール君のような名家のご子息でしたら私達も安心だが……。どうが、娘の意志を尊重してほしい。青藍がいいというのなら私達は心から君達を祝福しよう」
「そうですか……。では、必ず青藍を振り向かせてみせます。それと僕の両親からその婚約が無事に結ばれたら青藍のお父様には貴族の地位を与える、とのことです」
「ちょっと、話をすすめないで……!!」
「お伝えしたいことはそれだけです。では、失礼します」
言いたい事だけ言って帰ろうとするリオールを追いかけ、玄関を出たところでようやくリオールは止まった。
私はどういうことなのか詳しく聞こうとする。
「どうして両親にいうのよ!?しかも婚約を了承してないし、順番がちがうでしょ!!」
「でも、こうしないと青藍はうじうじしちゃうじゃないか」
「だからって外堀を埋めるやりかたしないで!!」
「ねぇ。僕はね、すぐにでも青藍が欲しいんだ。ずっとそばにいて欲しい、ずっと僕だけを見ていて欲しい、でも学生だったし……。ようやく卒業できるこの瞬間が待ち遠しかった」
徐々にリオールの声が怖くなっていく……背筋が凍るような感覚。
リオールの背後の空は夕と夜が交じりあって、不気味だ。
「青藍、僕とずっと一緒にいよう??ずっと大事にして守ってあげる」
「……私はそれを望んでいないよ。」
「自分の将来もまだ決められないのに??青藍は僕の元に来るしかないんだ」
怪しく光るその瞳から目が離せないでいると、リオールが近づいてくる。
咄嗟に後ずさりしようとしたが、それよりも早く私の腕を掴んで自身の胸の中へ引き寄せた。
強く抱きしめられ、まるで鳥籠の中にいるように逃げ場がない。
「絶対に青藍を幸せにしてみせるよ。僕だけが君を幸せにできるんだから」
思いっきり殴ってやりたい衝動にかられたが、押さえつけるように拘束されていて身動きができなかった。
この男の異様な執念にやっと気づいた私はようやく決心した――季節使いになってこいつから逃げよう、と。
のんびり書いていこうと思います