二十年後~黒龍の血の杖~2
ランドセルを家に置いてきた四人は、公園の片隅で頭を突き合わせていた。
「勝、塾は?」
「今日は休み。母さんに帰ったらめっちゃ勉強するって言って、家出てきた」
けいちゃんはずっと真剣な顔をしている。そしてぼそっと言った。
「おれ、母ちゃんの財布からお金くすねてくる」
「あー、悪いんだあ、けいちゃん!」
しげちんが非難の声を上げるが、けいちゃんは今にも泣きそうなくらい顔をしかめている。
「おれも母さんに参考書買うって言えば……」
勝もやはり真剣な顔だ。
「待って、待って。二人とも落ち着いてよ。二人は何の願いを叶えたいのさ?」
順平が聞くと、けいちゃんは少し黙っていたけど、やがて本当に目尻に涙を滲ませ始める。
「おれ、ミカに好きになってほしい」
ミカはクラスの女の子だ。活発な女の子で、けいちゃんとはいつもケンカしている。
「ミカは勝が好きって聞いたよ」
「けいちゃん、いつもいじわるするからあ」
「わかってるよ!」
けいちゃんはとうとう膝を抱えて顔を埋めてしまった。
「ミカはさ、いい子だから、盗みとかすごい嫌うんだよ」
勝がそう言うと、けいちゃんは顔を埋めたまま「わかってるよ」と小さい声で言う。
「おれはさ、次の全国統一テストで一番を取りたいんだ」
勝はそう言った後、少し皮肉気味に笑う。
「違うな。おれがじゃなくて、母さんがおれに一番になれって言うんだ」
「勝んとこのお母さん、すげえ厳しいもんな……」
「うん……おれももっと遊びたいよ」
少ししんみりしたけいちゃんと勝の横で、しげちんが声を上げる。
「ぼくはさ、最新のゲームソフトが欲しい!」
「しげちん、バカ。一万円よりゲームソフトの方が安いだろ」
「あ、そうかあ」
しげちんはすぐしゅんとなる。勝は順平の持っている杖を眺めながら思いついたように言った。
「竜ってさ、要は大きいトカゲだろ。トカゲの血でも魔法が使えるんじゃないか……?」
するとけいちゃんが立ち上がってぶんぶんと頭を振る。
「勝! おまえ、おれんちのフトシから血を取ろうって言うんじゃないだろうな!」
「ちょっとだけだよ」
「バカ! フトシはフトアゴヒゲトカゲだ! 竜じゃねえ! 絶対に血なんか取らせねえぞ!」
「ダメかあ」
なぜか勝の代わりにしげちんが落ち込む。
「なあ、みんな。いい事思いついた」
みんなの視線が一気に順平に向く。四人は改めて頭を突き合わせてこそこそ話した。
「じゅんぺー、おまえ、頭いいな」
「すごくいいね、それ!」
「でもお金はどうする?」
「それはみんな二千五百円ずつなんとかしようよ。おれはお年玉がまだ残ってたからなんとかなるはず。足りない分はお母さんのお手伝いしてもらう」
けいちゃんは「うーん」と考え込む。
「じゃあおれも店の手伝いすげーする」
けいちゃんちは小料理屋さんなのだ。勝もうんと頷く。
「おれは次のテストで百点取って、お小遣いをもらう」
「じゃ、じゃあぼくもお母さんのお手伝いして、お小遣いもらおうかなあ」
作戦が決まると、みんなで手を重ね合わせた。
「それじゃ一万円目指して、がんばるぞー!」
「おうー!」
四人の声が公園の中にこだました。
それからしばらくの間、四人は一万円を貯めるべく頑張っていたが、帰り道にあの雑貨屋さんがいなくなっていたのには焦っていた。それでもその内、あのおばさんが戻ってくる事を信じて月日が経つのを待つ。
そしてようやく一万円が集まった所で、それを待っていたかのようにあの雑貨屋さんは現れた。
「おばさん。一万円持ってきたよ」
「おやおや、よく集めたねえ」
お札以外に小銭も多い一万円を、老婆は丁寧に数える。数え終わると、赤黒い液体が入った瓶を差し出した。
「いいかい。前にも言ったけど、これは最後の一回分だよ。一度しか魔法は使えないから、よく考えて使う事だね」
「うん、大丈夫。もうお願いは決まっているんだ」
老婆は杖のガラスドームを外して、赤黒い液体を入れてくれた。四人は老婆に礼を言って手を振ると、またいつもの公園に集まった。
順平が杖を握っている。そして緊張したようにふーっと息を吐いた。
「頼むぜ、じゅんぺー」
「がんばれ、じゅんぺー」
「きっとうまくいくよ」
順平は「うん」と頷いて、杖を高く掲げる。
「魔法の杖よ、おれたち四人の願いを叶えて!」
魔法の杖から光が広がり、四人を包む。みんなしばらくその光に見入っていた。そして光が消え去ると、なんとなく周りを見渡す。
「何か変わったか……?」
「さあ、わかんない」
「すぐにはわからないよ。全国統一テストは来週だし」
「それもそうか。明日……ミカは笑ってくれるかな」
けいちゃんと勝としげちんは公園を背にして帰りかける。不意に勝が振り返った。
「そう言えばじゅんぺーは何を頼んだんだ?」
順平は「んー」と少し考える振りをして、その後「にへへ」と笑った。
「秘密」
「秘密かよ、ずりいぞ」
けいちゃんが順平にヘッドロックして、頭をぐりぐりとやってくる。
「あはは、ごめんごめん。もし叶ったらさ、教えてあげるよ」
「絶対だよー」
けいちゃんも勝もしげちんも笑っている。順平も満面の笑みを見せた。
もう三十路を過ぎたけいちゃんが、ビールをあおる。
「あの後さあ、ミカに思いっきり大っ嫌いって言われたよ。それですげー謝ってさ。それからめちゃくちゃ優しくするようにしたら……」
「結婚したんだろ、おめでとう! もう子供も四人だっけか」
「次、五人目生まれるよ」
「けいちゃん、ビッグダディじゃん! おめでとう!」
けいちゃんのいかつい顔が破顔する。四人はまた乾杯した。
「勝はあの時のテストでは一位になれなかったけど、高校の模試で一番取ったんだよな」
「ああ、おれすっげえ勉強したんだぜ」
「そして今は敏腕弁護士。かっこいいぞ、勝!」
神経質そうな勝の顔も破顔する。
「しげちんは結構すぐ叶ったんだよな」
「うん、誕生日プレゼントにもらった。ぼく、しようもない願いだったなあ」
しげちんも笑う。そしてみんな何度目かわからない乾杯をした。
「じゅんぺー、おまえもそろそろ教えろよ。おまえの願いはなんだったんだ?」
「おれの願いはさ」
順平はジョッキを高く掲げた。
何十年経ってもみんなと友達でいる事さ!
完
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