二十年後~黒龍の血の杖~1
「じゅんぺー、こっちこっち」
三十路を過ぎた頃の男達三人が、こちらに向かって手を振っている。順平は小走りで駆け寄った。
「ごめん、遅くなった」
「いいって。みんなで集まるのなんて久しぶりだな」
勝が、ぽんっと順平の肩を叩く。しげちんは子供の頃から変わらない屈託のない笑顔で「じゅんぺー、元気してた?」と声をかけてくる。けいちゃんは「ほら、とりあえず入ろうぜ」と、先頭切って居酒屋の暖簾をくぐった。
「かんぱーい!」
個室の席で四人はビールの入ったグラスを掲げた。こうやってみんなが揃うのは十年ぶりだ。
「けいちゃん、結婚式行けなくて悪かったな」
「気にするなよ、勝。留学してたんだろ?」
「じゅんぺー、仕事はどう?」
「ハハ、相変わらず安月給のプログラマーやってるよ」
とにかくお互いの近況報告に花が咲く。そうして飲み食いしていると、当然のように昔の思い出話が出てくる。三杯目のビールジョッキを空けた順平は、鞄の中から小さな棒切れを取り出した。
棒切れと言っても、それはいかにも魔法の杖といった感じの精巧なデザインのものだ。先端に小さなガラスドームを抱えた竜の模型がついている。
「それ」
みんな即座に思い出したようだ。順平はこくんと頷いた。
それは啓二、勝、重文、順平が小学五年生の事だった。四人はいつも一緒に下校していた。その途中の道で、妖しい魔女のような風貌の老婆が雑貨の路上販売をしていた。
ガラスやレジンで作られたキラキラした雑貨に、まずしげちんが興味を示して座り込んだ。魔法のアイテムみたいだ。順平も思わず食い入るように見つめる。
「これは過去を見る事ができる魔法の砂時計。これは運命を指し示す星詠みの鍵、これはあらゆる病を治す魔法薬」
「ばっかでー。魔法なんてある訳ないじゃん」
老婆の説明をけいちゃんが一蹴した。しかし老婆は怒らずに、にたりと笑う。
「いいや、魔法はあるさ。現にいにしえの魔道保管庫から発見されたこの黒龍の血の杖は……」
「おばさん、道路使用許可、取ってんの?」
歩きながら参考書とにらめっこしていた勝も口を出す。道路上でお店を開くのには、許可が必要なのだ。老婆はひひっと笑った。
「賢しいガキんちょだね。いいからお聞き。この黒龍の血の杖はね、どんな願いでも叶える魔法が使えるんだよ」
「ありえねー」
「おばさん、子供をからかうのはやめなよ」
けいちゃんと勝はとにかく呆れている。しげちんは顔を輝かせて、何の迷いもなく手を差し出した。
「おばさん、それください!」
「はい、五百円だよ」
そう言われた途端、しげちんは肩を落とす。
「そう言えばぼく、お金持ってないんだった……」
けいちゃんと勝は「もう行こうぜ」と先に歩き出した。しげちんも渋々立ち上がろうとした時、順平は「はい」っと、老婆に千円札を差し出した。
「おれが買います」
「じゅんぺー、マジか」
「お金をどぶに捨てるようなもんだよ、じゅんぺー」
順平は杖とお釣りを受け取りながら笑った。
「いいじゃん。飾りとしても五百円の価値はあると思うよ。それに本当に魔法が使えたらすごいじゃん」
「ひっひっひ。魔法は使えるよ。またおいで」
老婆の気持ち悪い笑いを後にして、順平達は大通りに出た。
「それじゃあ、また明日な」
それぞれ方向を違えようとした時だ。猫が一匹、道路に飛び出した。歩行者信号は赤だ。ドンっと嫌な音がして、車が過ぎ去った道の真ん中に血を吐いた猫が転がっていた。
「ああ」
「しげちん、待って、まだ赤」
歩行者信号が青になると、四人は急いで猫に駆け寄った。けいちゃんとしげちんが恐る恐る猫を持ち上げ、歩道まで運んできた。勝は「もう無理だよ……」と震えながら言っている。
猫はまだかろうじて息があった。でもどうすればいいのかなんて、小学生の子供がわかるわけもない。
順平はとっさにさっきの杖を猫にかざした。
「魔法の杖よ、猫を助けて!」
すると杖から光が零れ落ちて、猫を包んだ。けいちゃんも勝もしげちんも、驚いてそれを見つめている。そして血を吐いていたはずの猫はニャーと鳴きながら起き上がり、何事もなかったように走り去っていった。
「本物の魔法だ!」
「す、すげー!」
「すごいよ、じゅんぺー!」
四人はしばらく「すげー」以外の言葉が出てこなかった。
「ほ、他の! 他の魔法も使ってみようぜ!」
けいちゃんの提案で、みんな一度家に帰った後、近くの公園に集まる事になった。勝だけが塾だから、と悔しそうに言っていた。
でももう魔法は使えなかった。
「風よ、吹け!」
「お菓子の家よ、出ろ!」
「空を飛べ!」
思いつく限りの魔法の言葉を試してみたが、どれもうんともすんとも言わない。翌日、落胆して学校で勝に報告すると、勝は杖を眺めながら言った。
「これ、中の液体がなくなってる」
竜が抱えるガラスドームの中には、赤黒い液体が入っていたはずだと勝は言うのだ。
「多分さ、魔法を発動させるためにはその液体が必要なんだよ」
なるほどと頷いた順平達は、放課後、老婆の雑貨屋へ急いだ。
老婆は昨日のようにそこにいた。そして順平達の顔を見ると、用件を察したように「ひっひ」と笑った。
「その液体は竜の血だよ。竜の血は貴重なんだ。悪いがただではやれないねえ」
老婆は小瓶に入った赤黒い液体をゆらゆら揺らす。
「残りはこの一回分しかない。さあ買うかい?」
「いくらなんだよ!?」
なぜかけいちゃんが必死になっている。勝もいつの間にか財布を握りしめている。
「一万円だよ」
「い、一万円!?」
思わずみんなで「高い!」とハモってしまった。一万円は小学生にとっては大金過ぎる。財布を覗いた勝も、そんなお金は入っていないようだ。順平も何かあった時用にと、お母さんに千円札くらいは持たされていたが、それの半分は昨日この杖に使ってしまった。
「まけてよ、おばさん!」
「いいや、びた一文まからんね」
しばらく押し問答していたが、やはり老婆はまけてくれない。ちょっと興奮しすぎているようなけいちゃんを引きずりながら、順平は「作戦会議しよう」と、いつもの公園に集まる事にした。