第九回 華光 南天宝得関を放火する
初めまして!原海象と申します。
今回は 中国四大遊記の一冊である神魔小説『南遊記』の九回目を編訳したものを投稿致しました。
なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は明から清の時代に書かれたとされております。
また本書は別名は「五顕霊官大帝華光天王伝」といいます
<南遊記>
第九回 華光 南天宝得関を放火する
ある日のこと、東海の李竜王は誕賀の宴を開きました。水晶宮内に酒宴を張り、その宴席で聚宝珠を放つと、天空は輝きに満ち、紫霧が立ちこめ、闇夜をことごとく照らし出しました。竜王は大いに宴を楽しみ、酔っぱらってしまいました。
その様子を、思いがけなく華光が天眼を開いて地上から見ておりました。聚宝珠が光り輝く様を見た華光は、真言を唱えると身を揺すって一匹の小蝦に姿を変え、海中に潜って水晶宮に忍び込み、聚宝珠を手に入れてしまいました。
そうして元の姿に戻り、大喜びで洪玉寺に帰ると宝珠を懐にしまい込んで、このことは師父にも知らせませんでした。
李竜王が酒から醒めると、あるはずの聚宝珠が見あたりません。李竜王は大変に驚き、水族の者たちに訊ねてみましたが、皆口を揃えて「知らない」と申します。至る所を訊ねて回りましても、痕跡すら全く見あたりません。そこでこれは誰か妖怪が来て盗んでいったに違いないと思い、やむを得ず南海観音菩薩に訊ねて、はっきりさせてもらうことに致しました。
そう決めると、李竜王はすぐに水晶宮を飛び出して南海普陀落伽山へ赴き、南海観音菩薩に謁見いたしました。観音菩薩はその慧眼を開いて一瞥し、こう申されます。
「あなたの宝珠を盗んだのは他でもありません、華光天王が小蝦に姿を変え、あなたの水晶宮までやって来て持っていったのです。華光天王は今下界の朝真山洪玉寺で勧善大師に弟子入りしています。あなたが宝珠を取り戻したいのでしたら、そこへ行かれると良いでしょう」
これを聞いた李竜王は南海観音菩薩に別れを告げ、早速水晶宮に帰って眷属を引き連れて朝真山へ殺到し、洪玉寺を取り囲んで天にも届かんばかりの大声で怒鳴りつけました。
勧善大師はちょうどその時禅壇で座禅を組んでおりましたが、外から華光に宝珠を返せと叫び声が聞こえてきました。勧善大師は大変驚き、すぐに華光を呼び出しました。
「華光、今日ここに李竜王とその眷属が攻め入ってきて、お前が李竜王の宝珠を盗んだと言っているが、それは本当かね?」
これを聞いて華光、
「師父には嘘はつきますまい、その宝珠でしたら確かに私が持っております」
「李竜王はお前に返せと言ってきているが、どう言い訳するつもりだね?」
「師父がご心配されることはありません。私自ら行ってあいつらを追い返してやります」
そこで華光は師父に一言断ると、すぐに寺門を飛び出して李竜王と顔を合わせました。李竜王はこのように申します、
「貴様は何だってわしの宝珠を盗んだのだ? 素直に返せばよいが、少しでも文句を言おうものなら打ち殺してくれるわ!」
華光天王は笑いながら、
「一体誰がお前の宝珠を俺が持ってると言った?」
「わしが酒から醒めたら宝珠が見えないので、南海まで行って観音菩薩様にお尋ねしたところ、貴様が盗んだと教えて下さったのだ」
「観音菩薩様が『俺だ』と言ったからには仕方ねえ。宝珠なら今ここに持ってきてるがアンタは一体どうする?」
これを聞いて李竜王は大変に怒り、手にしていた大刀で斬りつけてきました。華光もそれを迎え撃ちます。戦うこと三十合もしないうちに李竜王は華光に打ち負かされ、水兵を引き連れて水晶宮へと逃げ帰っていきました。華光は寺に戻ると大喜びでこのことを師父に報告いたします。
華光が無事戻ってきたのを見て勧善大師が申しました。
「私は今日天界へ昇って玉帝陛下にお会いしようと思っていたが、たまたま弟子があんな事が起きてしまったのでまだ行けないようだ。今日はゆっくり休んで明日天界へ行こうと思う」
そうして華光に寺門に座り込んで守るように命じました。
しかし華光はそれを聞くと、突然涙をこぼしました。大師は慌てて訊ねました。
「どうしてお前は泣いているんだね?」
「私は進んで天界から逃げ出し、ここでお師父に付き従っておりますが、朝夕に会うことの叶わぬ父母に思いを馳せております。私は帰ることは出来ませんから『鞍を見て馬を思う』の心境なのです。わたしにとって天界に関わることは全て感傷を催すのです。その為、師父が天界へ行かれると聞いて、こうして涙を流しているのです」
「お前がそれほどまでに孝行者ならば、私と一緒に天界まで連れていってやるとしよう。
ただし、もめ事を起こしてはならんぞ。もし父母に会ったらすぐに帰っておいで」
「もし師父が天界へ連れていって下さり、父母に会えたら私はとんでもない果報者です。どうしてもめ事など起こしましょう!」
「よしよし。それではこの仏兒珠をお前に与えよう。これを首にかけたら私が経文を唱える。そうすれば例えお前が天界へ行った時に誰かが照魔鏡を使ってもお前が照らし出されても映ることがなく、ただの小坊主だと言うことが出来る。お前は安心してご両親に会ってきなさい。そして面会がすんだら私が下界に降りてくるのを待って、来たときと同じように私と一緒に帰ろう」
これを聞いて華光は大喜びです。大師はすぐに仏兒珠を華光の首元にかけると、「瘟」と経文を唱えて師父と一緒に天界へ昇りました。
さてちょうどその時兜率宮の赤髭炎玄大王夫婦は、行方の知れない息子の身を案じておりました。しかしそこへ突然公子が帰ってきたとの報告が入り、大王夫婦は大変喜んで華光を迎えました。
「お前が行ってしまった後、私たちはお前がどこに落ちたのかも分からず、いつだって気にかけていた。今日は一体どうして天界へやって来ることが出来たのだい?」
華光は父母に申し上げます。
「私は父上たちと別れた後、身を落ち着けられるところもなく、やむを得ず下界へ降りていきました。その中で朝真山洪玉寺にたどり着き、勧善大師を師父と拝して仏門へ入ったのです。今日は師父がここまで私を連れてきて下さったので、こうして父上や母上にお会いすることが出来ました」
それを聞いて赤髭炎玄大王は不安そうに言いました。
「お前が前に鄧天君と戦って下界に降りた後、鄧天君は玉帝に上奏しに戻って玉帝は大変お怒りになられているぞ。ご子息の金鎗皇太子を玄華殿へ使わして軍備を整えて、お前を下界まで捕まえに行こうとしている。
だから今日はここに一晩泊まって、明日の朝早くに下界へ帰ればいい。もめ事を起こして心配させたりしないでおくれ。もし玉帝陛下に知れたら、ただではすまされないぞ」
華光は笑いながら言った。
「父上も母上もご心配なく、私にだって分別があるのですから」
その夜、華光は両親が寝付いてから考えました。
「むかつくな、金鎗皇太子の奴。俺の捕まえるために天兵まで集めやがって。そうだ、俺が天界の天将に姿を変え、偽名も使ってあいつの天軍に従軍しよう。そしてもし俺を採用して奴の軍営に入れたら、そこで喧嘩をふっかけ、あいつをぶっ殺して下界へ戻ろう」
その翌日、両親に別れるときに華光はただこう言いました。
「それでは私は師父と一緒に下界へ参ります」
大王夫婦は華光の企みに気づかず、華光に気を付けて逃げるように言い含ませ、
いつか玉帝陛下からお許しが出て華光がまた天界に帰ってくる日を待つのでした。
華光は両親と別れると、玄華殿へと向かいました。そして身を一揺すりすると身長は一丈・腰回りは十圍・威風凛々とし闘気が立ちこめ、手には長槍を持った一人の天将に姿を変えると金鎗皇太子に謁見いたしました。金鎗皇太子は一目その姿を見るとこう訊ねてきました。
「貴殿は、名は何という?」
そこで華光は昨晩考えておいた嘘を並べ立てました。
「下臣は姓を陳、名を三郎と申します。若君が下界で蔓延る邪悪な華光天王を捕らえるため天兵をお集めと聞き、討伐隊の末席に加えていただきたく参りました」
金鎗皇太子は華光の変身した天将の姿が素晴らしいので大いに喜ばれました。
「是非明日陛下に会ってくれ。そなたなら前部先鋒になれるだろう。私が保証しよう!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、華光が本性を現し手にしていた槍で金鎗皇太子へ向けて突きつけてきたので、周りの将兵たちは大慌てで逃げ出しました。金鎗皇太子も慌てて北極駆邪院へ逃げ込み、梭婆鏡の後ろへ隠れました。
華光も金鎗皇太子を追いかけて駆邪院までやって来ましたが、金鎗皇太子の姿は見えずなかには二匹の大妖怪がいました。この大妖怪たちは梭婆鏡によって調伏されていたのです。その為華光が金鎗皇太子の行方を尋ねたとき、妖怪たちは華光にこの梭婆鏡を打ち壊して欲しくてすぐさまこう答えました。
「天王様、金鎗皇太子でしたらこの鏡の後ろに隠れてます!」
華光はこれを聞くとたいそう怒り、金磚を取り出すと梭婆鏡を撃ち破りました。おかげで金睛百眼鬼と吉芝陀聖母の二匹の大妖怪はそれぞれ下界へと逃げ出したのでした。
一方金鎗皇太子は鏡が割られたのを見て、大声で叫びました。
「華光が天門に潜入し、天宮を騒がしているぞ! 誰か引っ捕らえろ!」
あたりの天兵たちはそれを聞きつけ、皆華光を捕まえに集まってきました。さすがの華光もとても対抗しきれず逃げ出しました。東西南北へとあちこち逃げ回りましたが、とても逃げ切れません。
とうとう華光は北方の玄天上帝が守護している場所に辿り着きました。
華光は上帝に一目会うなり、ろくに話もせずにいきなり金磚を投げつけました。
しかし上帝が手にしていた七星旗をはためかせると、金磚は旗に巻き取られてしまいました。焦った華光は風輪と火輪を投げ放ちましたが、これまた旗に巻き取られます。華光は驚いて、最後の手段とばかりに火金丹を放り投げますが、これも同じことでした。
もう宝貝のなくなった華光は破れかぶれで上帝に戦いを挑みましたが、上帝が壬癸水を操ると一斉に華光に水が注がれました。さらに上帝が降水棒を使って押さえつけると、華光は身動き一つとれなくなってしまいました。
そもそも華光は釈迦如来のランプが年月を経て、如来の唱えた経文や奥義によって人間に転生したものでした。その為華光は火の化身であるため、たまたま玄天上帝が治める北方は、五行でいえば水の地にやってきたものですから、逃げ出すことも出来ずにこうして上帝に捕まってしまったのでした。
玄天上帝は華光を調伏すると諫言しました。
「この愚か者! 世の道理を知らぬと見える。お前は何だって天宮のおきてに背き金鎗皇太子を殴ったりしたのだ。さあ、何か余に言うことはあるか?」
華光は手足を動かすことも出来ず、泣きながら申しました。
「私は金鎗太子に追い立てられて、仕方なくここまでやって参りました。今日こうして玄天上帝閣下に捕まりましたが、もし御慈悲の御心があれば、どうか私をお助け下さい」
玄天上帝は内心豪の者を得たと笑い華光に言った。
「余には部下として三十五人の神将がいる。もしお前が邪心を改め正道に帰すなら、余に服従して三十六人目の神将になれ。そうすれば助けてやろう」
これを聞くと華光はすぐさま申しました。
「玄天上帝閣下がもし私を助けて下さるなら、私はすすんで帰順し、永遠に逆らうことはございません」
それを聞いて上帝は一粒の聚水珠を取り出すとそれを米粒に変え、華光に飲ませました。
そしてこのように言い含めます。
「今飲ませた米は私の聚水珠の形を変えたものだ。もしこれからお前が言うことを聞かなければ余は真言を唱える。そうするとお前の腹の中で水が沸騰し、七日もたたずに死に至るぞ」
華光は三拝九拝してご厚恩に感謝し
「お慈悲をいただけますなら、いつまでも従います」
それを聞いてやっと玄天上帝は降水棒を持ち上げ、華光を放しました。
ようやく自由の身となって華光は申しました。
「閣下が私を召して下さったのはよいのですが、如何せん天兵どもが私を捕らえようとしております。どうやって天界から逃げ出しましょう?」
玄天上帝は、
「お前は火の化身なのだから、南へ向かえば良い。南方は五行では火だから、火の力を借りて南天宝得関を焼けば、天界を抜け出すことが出来るだろう。だがお前は余の治める北方にいるが、せっかくお前が戦えるように水をどけてやったのになぜ行かんのだ?」
「上帝閣下にお知恵を授かりはしましたが、私の宝貝はみな上帝閣下に盗られてしまいました。どうやって南天宝得関に行くことが出来ますか?」
そこで早速玄天上帝は取り上げた宝貝を華光に返しました。
更に玄天上帝は華光に一振りの槍を与えました。
「お前の宝貝だけでは心もとない。この白蛇鎗をやろう。これは降魔調伏させ、災害を退き
槍を投げると自分のもとに戻ってくるという一品だ」
華光は三拝九拝して上帝閣下と別れると、真っ直ぐ南天宝得関へ向かいました。
見ると南天宝得関は堅く閉ざされておりました。
そこで華光は指先から三昧真火を放ち、南天宝得関を焼き払ってしまいました。その為、天兵たちは南天宝得関が焼けているのを見ると火を消すことに気を取られてしまいました。
この隙に南方から逃げ出し、下界へ降りていきました。
一方、金鎗皇太子の元に華光が南天宝得関に火を放ったこと、そこから下界へ逃げ出したことなどの報告が入りました。これを聞いて金鎗皇太子は天兵たちを収め、父である玉帝陛下に上奏文をしたためました。