第二十回 華光 蜻蜒観をさわがす
初めまして!原海象と申します。
今回は 中国四大遊記の一冊である神魔小説『南遊記』の二十回目を編訳したものを投稿致しました。
なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は明から清の時代に書かれたとされております。
また本書は別名は「五顕霊官大帝華光天王伝」といいます。
<南遊記>
第二十回 華光 蜻蜒観をさわがす
さて鉄扇公主を捉えた華光は、離婁山の洞府までやってくると燈燭を灯して鉄扇公主と夫婦になることを求めました。鉄扇公主は当初従いませんでした。
しかし華光が老仙の言っていた宿縁について話しますと、鉄扇公主はその宿縁に従って夫婦になるしかありませんでした。
それからは朝が来る度宴を開いて酒を飲み、夜は夜毎に笙を奏で、歌を歌うという日々でした。
しかし日突然華光は母親のことを思いだし、両眼から涙を溢れさせたのです。鉄扇公主は夫が涙を流すのを見て、理由を尋ねました。
華光曰く、
「今俺はお前という良妻を手に入れたと言ってもお前を見捨てることはなく、こうして妻として迎え入れることができた。だが俺の母上は竜瑞王に捉えられたまま、まだ見つからないのだ。
お前を捨て、母を捜しに行こうにも、まだお前と夫婦になって間もないのだから別れるには忍びない。出発を遅らせようとも思うが、その間にも母上は辛い目に遭っているだろう。
どちらとも決めかね、こうして涙を流しているのだ」
鉄扇公主曰く、
「見目麗しい旦那様、お母様を捜すには期限というものがございます。
私たちはこれからずっと夫婦でいられますわ。今はお母様を捜しに行かれるべきです。
どうか私のことはお気になさらないで。行かなければ、世間の人になんたる親不孝者かと噂されましょう。
あなたが行かれている間、私も実家に帰って旦那様が戻っていらっしゃるのをお待ちしております。必ずまたお会いいたしましょう」
華光は喜び、
「賢妻よ、お前にそう言われたら俺は旅立つしかないな。どうか気をつけて実家に帰れよ。俺は今から天下を回って、必ずや母上を捜し出してから戻って来るぞ」
話し終えると、華光は家臣共を呼び出して洞門を見守らせ、鉄扇公主を鳳凰山まで送り届けるように言い付けました。
そして自分は洞門を離れ、人間に姿を変えると、あちらこちらへ母上の消息を尋ねる旅へ出かけました。
突然、道の前方から女性の泣き声が聞こえてまいりました。この声を聴いて華光は、
まずあちらまで行って、あれが俺の母かどうか見てみようと考えました。
華光がその婆さんに近づいてみますと、彼の母親ではありませんでした。
失意の華光が老婆にたずねました。
「ひどく狼狽しているが、何だってこんなところで泣いている?」
老婆は泣きながら華光に言いました。
「私には一人の息子がおりまして、毎日山に入っては柴を刈り、それを銀子に変えて糧とし、この老いぼれを養ってくれておりました。この山に蜻蜒観という道観があり、そこに落石大仙という道士が住んでおります。もし人がこの観の中に入るときは彼の院に喜捨しなくてはならんのです。
大人しく喜捨すれば良いのですが、もし喜捨しなければ、道観を出て山を下りる最中に天は暮れ、地は闇に染まり、砂が飛び交い石は走り、必ずやその者は殺されてしまうのです。
この老いぼれが止めたにも関わらず、息子は今朝早くに柴刈りに出かけてしまい、蜻蜒観の前を通った息子は中へ入って水を飲んでいるところを大仙に見つかってしまったのです。
落石大仙が喜捨をするよう求めますと息子はこのように答えました。
『私は貧しくて困っているほどです、貴方様に喜捨する余裕はございません』と言いました。
すると大仙はたちまち怒り、無法にも我が息子を殺してしまいました。
ですから私は止めたのに、今一人息子をあの道士に殺されて、私はこれからどうやって生きていけというのでしょう? もはや自殺でもするしかないと思い、ゆえにこうして泣いております」
「それじゃあ筋が通らんじゃないか。何故訴えないのだ?」
「もし訴えられるのなら、とっくに訴えてます」
「どうして訴えられない?」
「奴は妖術を操り、神通力があるのです。官府もどうすることも出来ず、奴を恐れております。これでどうやって奴を訴えられましょう?」
華光はそれを聞くと、嘆いて申しました。
「世間にはこんなひどい話があるのか!」
そこで婆さんに、「あんた、決して自殺なんかするんじゃないぞ」
と言うと、白金十両を取り出して渡しました。
「あんたはこれを持って隠居生活を送れ。俺はその蜻蜒観に行ってその妖怪道士を追い出してやる」
婆さん、「こんなにいただいて……! 貴方様は私の恩人でございます。どうかくれぐれも蜻蜒観には行かれないように。あの落石大仙に殺されるだけです」
「なあに、アンタは安心して行け。俺が白黒つけてやるぞ」
婆さんは叩謝して華光に別れを告げました。
さて華光は自ら蜻蜒観へと向かいました。観の前までやって来て法堂に入ると、噂の落石大仙が禅壇上に結跏趺坐しているのが見えるではありませんか。華光は近づいていって挨拶の礼を致しますと、大仙も禅堂から下りて礼を返し、お茶を勧めてもてなしました。
落石大仙が訊ねて、
「お客人はどちらの州の何という府から来訪されたのですかな? またこの道観にどんなご用で?」
華光は嘘を言い、
「私は微州府二源県出身の簫家荘の簫永富長者の長子で、名を簫一郎と申します。以前から道士様の道観が絶景という噂を耳にしており、ぜひ鑑賞させていただきたく思いこうして参った次第でございます」
「おお、簫長者のご子息とはつゆ知らず、お迎えもせずに失礼をいたしました」
そこで大仙はすぐに道童に言いつけ、宴席を設けて華光を持てなしたのでした。
二人でおしゃべりなどしていると、間もなく宴の用意も調い、大仙は齋筵を並べて華光と飲み交わしました。半ば酔いも回った頃のことです。
華光が思うに、金磚を取り出してこの野郎を打とうと思ったが、まずは奴が何を考えているのか、一丁仕掛けて探ってみるかと考え。そこで酔っぱらったフリをしてわざと金磚を取り出すと、それを卓上に出して様子を見てみました。
落石大仙は華光の金磚を見ると、急に賊心を起こして申しました。
「若君、今日は私の道観にお越しいただきありがとうございます。つきましては、どうかこの道観に御喜捨していただけませんでしょうか」
華光は、
「一理ありますな。では、勧進帳を持ってきていただければ署名いたしましょう」
落石大仙はさっそく帳簿を取り出すと、華光に差し出しました。
華光はそれを受け取り、筆を巧みに操って「微州府二源県簫家荘簫一郎 捨一」と書き付けました。
落石大仙はその帳簿を見て、このように申します。
「若君、どうして『幾ら喜捨する』と書かれず、ただ『一』としか書かないのですか? どうかはっきりおっしゃって下さい、幾ら喜捨して下さるので?」
華光は困りながら言いました。
「はっきり訊ねる必要はないでしょう。あなたが私を丁寧に持てなして下されば、その一文字が大いに化けて、一万になるかも知れないし、あるいは一千一百にもなります。でもあなたの持てなしが悪ければ、一分か、あるいは一厘一毛にだってなるでしょう」
大仙はこれを聞くと、にっこり笑ったようにごまかすと、
「若君もご冗談がお上手で。そちらに取り出した金塊、それを御喜捨下されば良いんですよ」
「この金塊は私が平生愛用しているもの、なんで喜捨できますか?」
これを聞いた落石大仙、ついに出家戒をかなぐり捨てて、殺意を剥き出しに申しました。
「若君よ、あんたに渡す気があろうとあるまいと、言うことを聞いてもらいますぞ」
華光はわざと怯えるように言いました。
「喜捨するかしないかは俺の勝手だ! なんだってそんなことを言い出す?」
「あんたを帰すか帰さないかは、私の勝手だ。さあ、喜捨したら帰してやるぞ」
これを聞いて華光は怒り狂って怒鳴ります。
「お前は出家人って話だったが、これじゃあ強盗じゃないか!」
華光はいきなり宴席を押し倒すと、観門の外へと飛び出しました。
落石大仙が怒って真言を唱えると、砂が舞い、石が飛び交って華光へ向かってきました。
そこで華光は分身を作り出すと、大仙と分身が戦っている隙に道観内に戻って、三昧真火を放ち蜻蜒観を焼き払ってしまいました。
すると、たちまち道観から二人の娘が逃げ出してきました。
華光は訊ねて、
「あんた達、なんでこの道観にいるんだ?」
娘の一人は華光に言いました。
「私たちはあの道人に捕まって、ここに連れてこられたのです。私は荊州の家の娘で、名を陳惜惜と申します」
もう一人の娘、
「私は四川省成都府にある家の娘で、姓は黄、名を百嬌と申します」
華光は仏心を出して言いました。
「じゃあ俺が雲に乗せてお前達の家まで送ってやろう。そのかわりお前達は、
ちゃんと自分の家族に『華光天王が助けて家に帰してくれた」と言うんだぞ」
二人は頭を垂れて感謝いたします。
そこで華光は祥雲を操り、まず初めに陳氏を家まで送り届け、続いて黄氏を家に帰そうといたしました。
しかし黄氏は、
「私、一人で家まで帰れませんわ。あの道人が後を付いてくるかも知れませんもの。
どうか天王自らの手で私を家まで送って下さいな、そうして下さったらそのご恩に
深く感謝いたしますわ」
それを聞いて華光は黄百嬌を家まで送ってあげました。
さてその落石大仙はというと、華光が蜻蜒観を焼かれ、あまつさえ女達まで奴に助けられたことを知り、たいそう恨んで華光に仕返ししてやろうとは思いましたが、なんの手だてもなく、ただひたすら堪え忍んでいました。
さて、成都府にいる黄山岳は、娘の姿が見えなくなってからというもの、終日思い煩い、悶々とした日々を過ごしておりました。
そこへ、突然小間使いがやってきて申しました。
「黄長者様に申し上げます、お嬢様がただ今戻っていらっしゃいました」
そこで黄長者が門を出て見てみると、本当に娘が帰ってきました。
父娘は互いに抱き合い、涙を流して喜びました。
黄長者は、
「一体お前は、こんなに長い時間姿を消していたのだ?」
百嬌は泣きながら言いました。
「私は蜻蜒観の道士に捕まり、長い時を過ごしてしまいました。ですがそこへ天界のお方であるこの華光天王様がご来光され、蜻蜒観を焼き払い、私を家まで送って下さったのです」
一家の者はそれを聞いてみんな大喜び、すぐに彫刻家に命じて華光天王の神像を彫らせ、また廟于も建て、朝夕には香を焚いて供養し、参拝も欠かすことなく、娘の命の恩人として崇め奉りました。
一方の落石大仙は、華光に蜻蜒観を焼かれてからというもの、身を休めるところもないといった有様です。ところがそんなある日、黄家で華光天王の神像が建てられ、廟于で供養されていることが耳に入り、あの日の仇を討ちたい、また黄百嬌を拐かしたいという気持ちが落石大仙の中に再び邪心が起こったのでした。
落石大仙はこう考えました。
そうだ、自分が華光に化けて黄百嬌に戯れかかることにしよう。そしてこう言えばいい、『あの時お前の美貌を見て、お前を家まで送りはしたものの、ぜひとも夫婦になりたくてしかたなかったのだ』と。黄百嬌と慰み者とできるし、華光への仇討ちもできる。
そう考えるとさっそく落石大仙は実行に移しました。
その夜、黄百嬌は一人で部屋に座っていると、突然誰かが「扉を開けろ!」と叫ぶ声が聞こえました。
百嬌はこれを聞いて訊ねました。
「あなたはどなた? 何故こんな夜分にやってきて、何故扉を開けさせるのです?」
「私は華光だ、すぐに門を開け、私を迎え入れれば良し。だがもし門を開けなければ、お前の一家に災いを及ぼすぞ」
その言葉に、仕方なく黄百嬌は門を開けて華光を迎え入れました。
華光を部屋に通すと、百嬌は階段の前に拝み伏して救命の恩に感謝の意を述べました。
大仙が化けた華光は言いました。
「お前を家に送り届けたあの日、お前の美貌を見てからというもの、ずっとお前を恋しく思い続けてきた。ついにどうしようもなくなって、お前と夫婦になりにやって来たのだ」
黄百嬌は驚き、
「天王様は天界の神様であられるお方ですのに、何故このようなことをなさるのです?」
「お前は俺に従わないというのか、ならば俺はお前の家族たちを皆殺しにしてやる!」
こう言われてしまっては、百嬌はどうすることもできません。
ついに夜が明け、鶏の鳴く声が聞こえると、大仙の化けた華光は百嬌に言い付けました。
「賢妻よ、用心するように。私は明日の夜またお前と語らいあいにやって来るからね」
次の朝、黄長者は近習の小童に訊ねました。
「昨夜娘は一晩中誰かと話をしていたようだが、お前も聞いたかね?」
近習の小童は、
「私もちょうどこの事を長者様に伺おうと思っていたところです。昨夜お嬢様がどなたをお話になっていたかご存じではないですか?」
黄長者は自分の勘違いではないことを知り、腑煮えくり返って、小童に娘を連れてくるよう言い付けました。
黄長者は怒りながら言いました。
「このバカ娘、跪いてよく話を聞け! 昨日一晩中、お前は誰と話していた? よもや淫らなことをしていたのではあるまい? さあ言うのだ!」
百嬌は昨夜のことがばれたのだと悟り、こう申しました。
「私は誰とも一緒ではございません、一人で溜息をついていたのです」
黄長者はますます怒り、
「お前がもしはっきり言わんのなら、打ち殺してくれる!」
百嬌は父が本当に自分を打とうとするので、何もかも白状いたしました。
「実は他でもない、華光様なのです。ご本人がおっしゃるには、あの私が華光様に助けられて帰ってきた日に見初めていただいたそうで、昨夜私の部屋にやって来て夫婦になろうとおっしゃったのです。私が拒むと、華光様は私が嫌がるなら私の家族を殺すとおっしゃられ、私は彼に従うしかなかったのです」
黄長者はこれを聞いて大変怒り、すぐに焚いていた香を捨てようといたしました。
百嬌は驚き、
「お父様、ひとまずお待ち下さい。昨夜やって来た者は自分では華光と名乗っておりましたが、おそらくは華光様ご本人ではなく、別の妖怪が華光様に化けていると思うのです。いずれにしてもはっきりとは分かりません。ここは廟中にて香を焚いてお祈りし、華光様にハッキリ伺いましょう。それから香を捨てても遅くはございません」
黄長者は娘の言葉に怒りお収め「それもそうだ」と言いました。
さっそく廟の中では香が焚かれ始めました。祈祷が終わるか終わらないかの内に、果たして華光が雲に乗って現れました。
華光は怒り狂う親子を見て言いました。
「黄山岳よ、一体なんで俺の廟中で祈祷を行ったんだ?」
長者は華光の言葉に跪いて、
「先日は我が娘が天王様にお助けいただいたおかげで戻ってくることが出来、一同感謝の念に絶えません。ですが天王様は天界の神仙ともあろうお方、にもかかわらず昨夜我が娘の部屋にやって来て娘に戯れかかったのは一体どういうわけでしょうか?
これについてお伺うためにこうして熱心に祈祷をおこなっていたのです」
華光は呆れたように言いました。
「俺はただお前たち一家がどうしたのかと聞いたんだぞ、なんでそんな訳の分からないことを言うんだ」
そこで華光は黄百嬌に言いました。
「そのお前を惑わしたって奴は俺じゃないぞ、俺を責めるのはお門違いだ」
百嬌曰く、
「私にはよく分かりませんが、昨夜の彼は華光と名乗っておりました」
「しょうがないな、では聞くがそいつはいつやって来て、いつ出ていったんだ?」
「三更の頃にやってきて、鶏の鳴く頃帰っていきました。今夜も必ずやって来ると言っていました」
「そうか、じゃあお前は夜になったら隠れとけ。俺がお前の部屋でその妖怪を待ち伏せする。それでその妖怪を捕まえてお前たちに見せれば、白黒つけられるだろう」
黄長者はこれを聞いて大喜びしました。そして夜になるとさっそく華光は百嬌の寝室に入いたしました。そして落石大仙は、予想通りやって来て「賢妻や、部屋の扉を開けておくれ」と呼びかけてまいりました。
華光は百嬌の声色を真似て応え、扉を開けました。大仙は寝室に入ってくると、さっそく床にあがろうといたします。そこを華光に捉えられ、叫んだ所へ黄家の人々が駆けつけ、灯りをつけて見てみると、なんと落石大仙の本性は白蛇の化身でした。
黄家の家人は大いに驚き、こぞって白蛇を打ち殺そうとした。
白蛇は華光に助けを求めました。
華光は面倒くさそうに言いました。
「なんだってお前は俺に化けて、俺の名声に傷を付けるような真似をした? だが、今日から俺に帰順するなら助けてやろう」
白蛇は二つ返事で承諾いたしました。
黄長者一家は、皆叩頭して華光天王に感謝し、お香を焚き華光天王のご利益を称えました。
一方で華光は離婁山に戻ると、鉄扇公主と相談いたしました。
「俺は現世に行って、また白蛇の妖精を収得してきた。ところで、俺はまたお前と別れて母上を捜しに行こうと思うのだが」
鉄扇公主曰く、
「もしお義母さまが現世にいらっしゃるなら、きっとあなたが探し出せるはずですわ。もしかしたら亡くなられたのではなくて?」
「死んでいたならば、どこを探せばいいんだ?」
「人がもしも死んだら、東岳廟に行くべしと申しますわ。旦那様、東岳廟に行ってお義母さまがいらっしゃるかどうか調べにいかれては?」
これを聞くと、華光は公主に別れを告げ、東岳廟へと向かいました。




