第十九回 華光 鉄扇公主を娶る
初めまして!原海象と申します。
今回は 中国四大遊記の一冊である神魔小説『南遊記』の十九回目を編訳したものを投稿致しました。
なお、原作のくどい話やあまり馴染がない用語や表現はカットしております。
原作は明から清の時代に書かれたとされております。
また本書は別名は「五顕霊官大帝華光天王伝」といいます。
<南遊記>
第十九回 華光 鉄扇公主を娶る
さて鳳凰山の玉環聖母娘々には、一人の娘がおりました。
名を鉄扇公主と言いまして、年の頃なら十六、容貌は花月のよう、十本の指は白魚の如く、唇は紅く歯は輝くばかりに白いのでした。
また玉環聖母娘々にはもう一人息子がおり、名を山成と申しました。
母子三人が山中の洞府におりましたところ、突然従者が天界から使者を遣わしてきたとの知らせを受けました。
聖母親子が使者殿を出迎えて広間に招き入れましたが、鉄扇公主は逃げ出してしまいました。
お茶を出した辺りで、天界からの使者殿が今回の用件を伝えて言うには
「今天界では鬥宝会を開いております。私がこちらへ遣わされましたのは、この会のために聖母娘々から金宝塔をお借り受けする為なのです。少し遣わせていただけましたら、すぐに送り届けますので」
玉環聖母娘々曰く、
「金宝塔は使者殿にお渡しいたします。しかし会が終わりましたらばすぐにお返し下さい。
私も鳳凰山周辺でよく使うのです。この辺りは妖怪が多くて、もしこの金宝塔がなかったら、妖魔を降魔調伏することは出来ません。ですからこの金宝塔で妖怪たちを調伏しなくてはならないのです」
華光が化けた使者は、
「もちろんですとも。会が終わったら、すぐにこちらまで届けましょう」
そこで聖母娘々は山成に金宝塔を取り出させますと、使者殿に受け渡し彼を見送ったのでした。
しかし、この時広間の後ろに隠れていた鉄扇公主は使者の言葉にいささか狼狽えたようなところがあるのを聞き取り、母親に申し上げました。
「お母様、たった今来た天界の御使者のことですが、私の耳には彼の言葉は動揺しているように聞こえました。恐らく彼は本物の使者ではなく、妖怪が使者に化けた者に違いありません。山成に天界の様子を見に行かせた方が宜しいのではありませんのではないのでしょうか。どうかご注意下さいませ」
玉環聖母娘々も娘のこの言葉を聞き、きっとこの子の言うとおりに違いないと悟り
そこで早速山成に天界まで行かせたのでした。
南天宝得関の関外へ着くと、山成は関を守護している天兵に尋ねました。
「天界で鬥宝会が開かれていると聞いたのですが、本当ですか?」
天兵曰く、
「天界でそんな会をやるなんて、聞いたこと無いな」
また訊ねて、
「一人の使者が、金宝塔を持ってこの関を入っていきませんでしたか?」
「いや、誰も来なかったよ」
山成はこれを聞いて泣き喚きながら鳳凰山へ帰ると、母と姉にそれまでのことを一部始終話し、聖母たちも騙されたことを知るのでした。
母子は大いに泣きながら、
「しばらくして、もし本当に天界があの金宝塔を必要として求めてきたら、一体どうしたら宜しいのでしょうか?」
山成は妙案を思いつきました。
「母上悩んでいてもどうにもなりません。ここは僕が南海まで行って観音菩薩様に全てを明らかにしていただきます」
聖母は涙を拭きながら言いました。
「お前がそう言ってくれるなら、急いで行ってきておくれ」
山成は聖母と別れ、祥雲に乗って観音菩薩のいる南海へ行いたしました。
観音菩薩が葡萄岩の上に座っていたところ、突然一陣の祥雲が下りてまいりました。
菩薩が慧眼を以て一瞥いたしますと、果たしてそれは鳳凰山の山成でした。
彼は菩薩に近づくと、合掌しました。
観音菩薩は、
「あなたはどうして普陀山へ訪れたのですか?」
山成は合掌して言いました。
「私の母は金宝塔を持っておりました。しかしある日どこの妖怪かは存じませんが、天界からの使者に化けてきた奴がおりまして、私の母から金宝塔を騙し取って、どこへ行ったかも分かりません。
そこでどうか観音菩薩様にその妖怪を見つけ出していただければ、私ども母子これ以上の幸せはございません」
観音菩薩はそれを聞くと慧眼を見開き、山成に申しました。
「あなたの母上の金宝塔を騙し取ったのは他でもない、離婁山の華光です。今その金宝塔を練って一塊にし、三角金磚を作っています」
「奴はもう金磚を持っているはず。何だって我が家の宝貝を騙し取って金磚を作ったりするのでしょうか?」
「彼の金磚は哪吒太子の家臣、辟温使者に騙し取られてしまったのです。
そこで華光の眷属の千里眼が、今度はあなた達を騙せばよいと悪知恵を吹き込んだのです」
山成はこれを聞くと、観音菩薩様に合掌して鳳凰山へ戻りました。
聖母娘々がどうしたものかと悩んでいるところへ山成が戻り、華光が金宝塔を騙し取ったこと、そして既に金磚に練り直してしまったことなどを説明いたしました。
玉環聖母娘々は、
「もし華光の奴が騙し取ったのなら、取り返すことは至難の業だわ。一体どうしたらよいのでしょう?」
鉄扇公主は、
「不肖この私が、どうして華光ごときを恐れたりいたしましょう。私にはこの宝貝の鉄扇があります。もし奴と闘っても鉄扇で一扇ぎすれば、奴は遙か遠くまで飛ばされ、落下して仙骨も砕け散るでしょう。これによって我ら母子の恨みを晴らそうではありませんか」
玉環聖母娘々はこれを聞いて大喜びしました。そして鉄扇公主は早速鳳凰山に陣営をはり私兵に待機するよう言い付けました。鉄扇公主は鎧甲を身につけ、山成と共に離婁山へ押しかけました。
公主は頭には金花鳳凰冠をいただき、身には銀鱗の甲冑を纏い、右手には長槍、左に鉄扇を帯び、腰には尖刀を挿し、皮靴を履き、顔に白粉を塗り、唇には紅をさし、涼しい目元に、柳葉の眉という出で立ちでした。
そして白馬に打ち跨り、離婁山の前までやって来て声も高らかに呼ばわる姿は、天宮から舞い降りた嫦娥娘々とも現代に現れた西施とも言えるような、真に天下無双、人間に稀なる美しさでありました。
公主たち一行は華光のいる離婁山の洞府へ向けて金宝塔を返せと呼びかけました。
華光が洞内で金宝塔を練っていたところ、兵卒が玉環聖母娘々の娘が来ており、その娘が私兵を引き連れて金宝塔を取り返しに来たことを知らせにまいりました。
華光はこれを聞いてすぐに出陣しようといたしましたが、千里眼・順風耳の二人がそれを押し留めました。
「天王様はまだあの鉄扇公主のことをご存じ無いでしょう。鉄扇公主は大変危険です」
華光は千里眼・順風耳に尋ねました。
「何を知らないというのだ?」
「あの娘は鉄扇という宝貝を持っており、これの鉄扇で扇げば誰でも吹き飛ばされて落ちて仙骨を打ち砕かされるのです。天王様は行かれない方がよいでしょう」
「その鉄扇がどんなに厄介だとしても、行かないわけにはならないだろう」
「天王様が信じられないと仰有るのでしたら、どうか儂ら二家臣に先鋒に出陣させて下さい。そして天王様は後ろでこの様子を見て下さい」
華光はこれを許し二家臣に出陣させました。二家臣は鉄扇公主と相争いますが、ほんの数合と打ち合わない内に鉄扇で一扇ぎされ、遙か彼方まで吹き飛ばされてしまいました。
二家臣は三千里ほども吹き飛ばされると、慌てて空中で術を使い、雲に乗って離婁山へ戻って来ました。
さて、後ろで見ていた華光は、二家臣が鉄扇公主の扇に吹き飛ばされたのを見て内心焦るやら怒るやら、にわかに白蛇鎗を掴むと鉄扇公主めがけて打ちかかりました。
鉄扇公主も槍でこれを迎えます。戦うこと数合も打ち合わない内に、公主は一旦負けたように誘い出して、鉄扇を取り出して華光を一扇ぎいたしました。
たちまち華光も空中へ吹き飛ばされてしまいました。鉄扇公主は立て続けに三度も扇ぐと、私兵を収めてその場に陣を駐屯いたしました。
さて華光は空中に扇ぎ飛ばされて、内心大慌てで、急いで術をほどこすと雲に乗りながら呟きました。
「なんという女傑だ、それにあの宝貝だ! あいつの宝貝に扇がれてここまで来ちまったが、ここは一体どこだ?」
考え込んでいるところへ、突然前の方から大きな鐘の音が響いてきました。
すぐにここの土地を治める土地神を呼び出し華光は訊ねました。
「ここは一体どこで、あの鐘の音はなんだ?」
土地神は、華光に拝礼して言いました。
「ここは天王様の洞府からはるか北方でございます。鐘が鳴っているのは風毒洞です。風毒洞には一人の老仙がおり、その中で修行をしておりまして、そのために鐘の音が鳴り響いておるのです」
華光はこれを聞くと不意に腹が減っているのに気が付きました。そこで風毒洞で精進料理の一つも喰わせてもらい、その後で帰ることに決め、さっそく風毒洞へ向かいました。
洞中では老仙がちょうど坐禅を組んでいるところでしたが、突然華光がやってきたので、老仙は禅壇から降りて互いに挨拶を交わしました。
老仙が訊ねて、
「神仙はこちらまでいらしたのは一体どんなご用件ですかな?」
華光曰く、
「私は、離婁山の華光という者です。鳳凰山の玉環聖母娘々から金宝塔を騙し取ったのですが、思いがけないことに玉環聖母娘々には一人娘がおりまして、こいつがひどく恐ろしい娘で金宝塔を取り返しにやってきたのです。
私は金宝塔を返したくないのでその娘と戦いましたが、この娘は鉄扇という宝貝を持っておりまして、戦ってる最中に一扇ぎされ、ここまでやって来てしまいました。
もし私が急いで雲を呼ばなければ、もう少しで仙骨を折り墜落死してしまったでしょう。
今老仙が修行なさっているところへ巡り会えましたのも何かのご縁、どうか食べ物を恵んで下さい。食べ終わったらすぐにお暇いたしますので」
「おお、貴方様が天界の華光大元帥殿でしたか」
そう言うと、七粒の乾飯を取り出して華光に渡しました。
華光は七粒の乾飯しかもらえず内心不平不満をあらわにしました。
「何て憎たらしい爺だ! こんなに俺が腹を空かせてるのに、たった七粒の乾飯を喰えというのか?」
華光は腹を立ててしまって、乾飯を食べません。
老仙はこの様子を見て言いました。
「華光大元帥はどうやらその乾飯を召し上がられないようですな。華光大元帥、どうしても食べられないのですか?」
華光は老仙の言葉に微笑んで、とりあえずいくらか食べてみました。
立て続けに三、四粒口に入れると、途端に腹の中が一杯になってしまいました。
老仙は再び乾し飯を取り出そうといたしましたが、華光は多すぎると言って余った三粒を返しました。
老仙は笑って、
「たった今大元帥は少ないことが不満でいらっしゃったようなのに、なんだって三粒返したりするのですかな?」
華光は謝罪して言いました。
「老仙殿、誠に申し訳ない、私の目が節穴だった為にこれが真の宝貝であることが分からなかったのです。この宝貝は素晴らしいですな!」
老仙は再び笑いながら、指を折って占うと
「華光大元帥様、おめでとうございます。慶事が近いですぞ」
「私は今厄介事の最中ですのに、どんな慶事があるって言うのです?」
「その鉄扇公主は、華光大元帥と前世からのご縁がおありなのです」
「それは老仙の勘違いです。目下交戦中の仇敵と前世の縁があったって、どうしようもないじゃないですか」
老仙は笑って、
「それなら話は簡単です。後で華光大元帥がお帰りになる際に、私が鎮風丹という金丹を差し上げます」
「それをどうしたら良いのです?」
「元帥はこの金丹を飲み込み、その上で鉄扇公主と戦って下さい。これで鉄扇公主がいくら扇いでも、あなたの髪の毛一本動かすことは出来ますまい。
吹き飛ばされないことを確認しましたら、すぐに鉄扇公主をさらってしまえば、どうしてこのご縁をためらうことがございましょう?」
華光はこれを聞いて大喜びました。さっそく鎮風丹をもらって飲み込むと、老仙に別れを辞しました。そして雲に乗って離婁山へと帰り、家臣たちの元へ戻ったのでした。
次の日の朝、華光は鎧を纏って出陣いたしました。
鉄扇公主曰く、
「この死に損ないが、私の鉄扇に扇がれて落ちたと思ったら、なんで今日もまたやってきたの? 今日こそ絶対に私が天王を倒すわ」
華光は笑いながら答えました。
「俺はあの時は飛ばされた家臣を捜しに行っただけさ、なんでお前如きに俺が吹き飛ばされる? 黙りやがれ!」
「なんて奴! 私の鉄扇で飛ばされたというのに、こんな大嘘を付くなんて。今日もあんたを扇いであげるわ、そうしたらあんたはまた家臣を捜しに行くの?」
「俺が家臣を捜しに行ったって言ってんのに、なんだってお前は『自分が扇いだ』と言い張るのだ。おい、では今日は俺と賭をしようじゃないか」
「賭って、どんな?」
「もし公主が三回俺を扇いで、俺の髪の毛一本でも動かせたら、一緒に鳳凰山へ行って金宝塔を玉環聖母娘々に返し、俺はあんたの婿になろう。だがもし髪の毛一本動かせなければ俺はあんたをさらって俺の嫁になってもらう。もちろん金宝塔も返さないぞ」
「この無礼者、後でその言葉に後悔するんじゃないわよ」
「『駟も舌に及ばず(しもしたにおよばず)』って言うぜ。あんたこそ言葉は慎むべきだが大丈夫かい?」
鉄扇公主は思いました。
(この無礼者は、私と賭をすると言い出しても私が扇いだら、一扇ぎで遙か彼方まで飛んでいくに決まってるのに。それを何で三度も扇がせるのかしら?)
とにもかくにも、鉄扇公主は鉄扇を掴むと華光めがけて一扇ぎいたしました。
しかし華光の髪の毛一本動きませんでした。華光はもう一度扇ぐように呼びかけました。
鉄扇公主の驚いたことといったらありません。
「どうなってるの、ちっとも動かないなんて! とにかく、もう一回扇いでみるしかないわ」
今度は気力の全てを振り絞って扇ぎましたが、またもや華光は微動いたしませんでした。
鉄扇公主は慌てふためきました。
華光は二度まで扇がれても華光が動かないのを見て、声も高らかに言いました。
「早くもう一回扇げよ、俺はもう待ってるんだからな」
鉄扇公主はこの言葉に促され、何度か扇いでみましたが、いくら扇いでも華光は動きません。
そこで慌てて逃げ出そうといたしましたが、華光が素早く前に回って鉄扇公主を捕らえ、そのまま洞府へさらってしまいました。
一部始終を見ていた山成は姉上がさらわれたのを見て、慌てて鳳凰山へと逃げ帰り、母上に報告しました。




