面倒臭がりな俺は、いつもメンドクサイ後輩に絡まれる。
こんにちは!抹茶風レモンティーです!
覗いて頂きありがとうございます!楽しんで頂けたら幸いです!
「セーンパイ!一緒にお昼食べませんか!」
春は嫌いだ。暖かい風の声が、冷たい物を浮き彫りにする。
「あー!今日もセンパイは菓子パンですか?毎日のように同じパンを食べる人って実在してたんですね!幻だと思ってました!」
夏は嫌いだ。燦々と照る太陽は、日陰者の居場所を奪う。
「なんでセンパイはそんなに菓子パンばっかり食べてるんですか?もしかして、カワイイ男子アピールですかー?無理無理!センパイには向いてませんよ!」
秋は嫌いだ。一生懸命に餅をつく月兎が、辛い現実を突き付ける。
「そんな悲しいセンパイに朗報です!どうしても、とお願いするんなら、私のお弁当を分けてあげますよ!」
冬は…
「あー、もう!センパイ、聞いてるんですか!?この超絶美少女、白峰冬華とお話できるなんて、この上ない幸運なんですからね!もっと喜んでくださいよー!ってことで一緒にお昼を食べましょ!」
…最も嫌いだ。…騒がしい。
「面倒臭い」
「えー!またですかー?一体いつになったら面倒臭くなくなるんですかー?」
むしろこっちが聞きたい。お前はいつ、俺の前から消えるんだ。
この面倒臭い後輩が現れるようになったのは、1ヶ月前の今日。
暖かい風が駆け巡る、春の一幕だった。
*
普段はピクリとも音の出さない錆びた鉄の扉が、その日は珍しく、バタンと大きな音を立てた。…相変わらず、危険区域を隔てるという、本来の役割を放棄しているようではあるが。
「あれー?こんなところに先客がいるんですね!先輩ですかー?」
第一印象は、ずいぶんと独り言の大きい女だな、といったもの。
わざわざ屋上まで来るやつは少ないが、別にゼロという訳でもなかった。
その全てが、こちらを向いて何かを感じとるのだろう。そっと引き返すか、その場を隅の方で過ごして二度と姿を現さないか、のどちらかの行動をとることになるのだが。
別に、俺の方からは見向きもしないがな。
「あのー?聞こえてますかー?おーい!」
今回は少々、いや結構、過去の事例よりも騒がしいようだが、おそらく後者だろう。
「聞こえてたら手を上げて叫んでくださいーい!」
「………面倒臭い」
「なんだぁー!聞こえてるじゃないですかー!先輩…ですか?私、1年の白峰冬華って言います!先輩はお名前何て言うんですか?」
「面倒臭い」
「へぇー!面倒臭いさんって言うんですね。……って!そんな典型的な勘違い、するわけないじゃないですかー!」
不自然に大きな独り言だと思ったら、どうやらこちらに話しかけていたらしい。これには単純に驚いた。
「本当の名前は何て言うんですかー!教えてください!」
「面倒臭い」
「あー!もう!…じゃあ、勝手にセンパイって呼ばせてもらいますよ!良いですね、センパイ!」
そしてこの日から、このうるさい後輩は、毎日ここに来るようになった。
…まるで、遥か遠くの寂れた時計台の針が、ゆっくり動き出すように。
*
「それにしても今日は暑いですね。確か、今年最初の真夏日になるそうだとか!こんな暑さじゃ、元気だけが取り柄と言っても過言じゃない私ですら元気が出ませんよー!」
ほう、どうやらこの騒がしい後輩にも自己分析をするだけの知能は備わっているらしい。
「あっ!当たり前ですけど美少女も取り柄でしたね!他にもセンパイみたいなボッチとも喋ってあげる優しさも、センパイみたいな不良っぽい人と仲良くなれる胆力も取り柄ですね!当たり前過ぎて忘れてました!」
…前言撤回。きっと、こいつの頭はお花畑なんだろう。
いつから俺とお前が仲良くなったと言うんだ。
「それにしても、今日の古典の授業は退屈でした!危うく美少女がスヤスヤと寝ている姿を公開するところでしたよー!センパイ、なんか良い対策ないですか?」
「面倒臭い」
「あぁ、センパイってむしろ真っ先に寝てそうなタイプでしたね!人選を間違えました!」
失礼なヤツだ。そもそも、まともに学校通わせてもらえてるだけ、ありがたいと思え。
…その時、そんな考えを嘲笑うかのように、冷たい風が吹き抜けた。
「ちょっとー!センパイも何か話してくださいよー!私ばっかり話しててもつまんないじゃないですかー!」
「面倒臭い」
「また、それですかー?センパイもいい加減『面倒臭い』以外の事を喋ってくれても良いんじゃないですかー?私、センパイと出会ってからセンパイがそれ以外の言葉を口にしてるの、聞いたことないですよー!」
「面倒臭い」
「もー!そんなんだからセンパイはボッチなんですよ!私だって愛想尽かして帰っちゃいますよ!」
知るか、さっさと帰れ。
「あー!今、帰れとか思いましたねー!ひどいですよ、センパイ!」
……
「ふふふっ!センパイ、なんで考えていることがバレたか不思議に思っているようですね!まぁ、どうしてもって言うんなら!教えてあげないこともないですよ!!」
…そのドヤ顔やめろ。
「ほらー!センパイお願いしましょ?『冬華様、どうか教えてください』って言うんですよ!ほらほらー!」
「…」
「って!センパイ!無言で追い出そうとしないでくださいよー!あー、髪引っ張らないでください!痛いからー!調子乗ってすみませんでしたー!」
取り敢えず授業が始まる時間だったので、この態度のでかい後輩を丁重にお返しした。他意はない。決して。
「もー!また明日も来ますからねー!覚悟しておいてくださいよー!」
…あっそ。
*
「って、さっきは言ったんですけど、放課後も暇だったので、明日じゃなくて放課後に来ちゃいましたー!」
…らしい。
暖かい空気の中、多くの生徒が居眠りをしながら、午後の授業を過ごして迎えた放課後。
俺も俺で、ちょうど屋上で春の陽気を浴びながら昼寝をしようとしたまさにその時、ヤツはやって来た。
…はっきり言って迷惑である。すごく。
「センパイ!何、不貞腐れたような顔をしてるんですか!悩みごとがあるなら、この名カウンセラー、白峰冬華先生に相談してみてください!ちなみにリピート率は90%!」
「面倒臭い」
…そもそも全然解決できてないだろ。カウンセラーはリピートされちゃ駄目なんだよ。
「まぁ、そう言わずに。騙されたと思って相談してみませんか?きっとあなたの世界は生まれ変わって見えるでしょう」
「面倒臭い」
…今度は宗教勧誘かよ。
「今ならなんと7割引きで3万円!さらに、なななんと!今すぐお電話頂いた方限定で、この怪しい壺もお付けしちゃいます!是非、いかかでしょう!」
「面倒臭い」
…通販番組と詐欺を混ぜるな。てか、一番混ぜちゃいけない組み合わせだろ。怪しい壺をセットにするな。
「もー、センパイ!さっきからわがままなんですから!…というか!そんな事より突っ込んでくださいよ!この天才美少女、白峰冬華の貴重なボケなんですからー!」
「面倒臭い」
…むしろ存在がボケだろ。
「センパイ!今、私の存在がボケだって思いましたか!?ひどいですよ!心外です!訂正を希望します!」
さっきもだけど、何でコイツは思ってることに反応してくるんだか。
「ふふふっ!そんなに気になるなら仕方がありません!教えてあげましょう!」
…別に、そこまでは気にならないがな。
「なんと!センパイの心を読む事ができるのは!」
…今のは無視かよ。
「勘です!!!」
「…」
「って!痛いです!センパイ!無言で髪を引っ張らないでください!…ってか!この下りさっきもやった気がするんですけど!いったぁいぃ…!」
取り敢えず、昼寝の時間を作るために追い出すことにした。他意はない。決して。
「あ、そうだ!センパイ!明日の昼休みは委員会で忙しいので来れません!先にお昼食べてても良いですよ!」
…あっそ。やった。
*
そんな日々が続いて、気がついたら夏本番に差し掛かっていた。
この季節の支配者たる太陽が夜を燃やし尽くしたようで、随分と日中の時間が増えたみたいだ。
屋上のコンクリートはこの地から脅威を追い出そうと、今も猛威を振るっている。
「セーンーパーイー!あーつーいーですー!たーすーけーてーくーだーさいー!」
「面倒臭い」
そしてこんな暑さにも関わらず、このしつこい後輩は今日も屋上に来ていた。
今にも溶け出しそうな雰囲気を醸し出してはいるが。
「っていうか!センパイはなんで長袖、長ズボンなんですか!今日の最高気温、40度超えですよ!?」
そんな事言われても、この格好に深い理由はない。
たまに、一年中ずっと半袖、短パンの小学生なんかがいるが、それと同じだ。
ただ一年中、長袖、長ズボンを着用してるだけ。
「今日も私が来たときからずっと屋上にいたし、熱中症になっちゃいますよ!!……………センパイが倒れたら、私……」
…別に、熱中症になんてなる訳ない。
病気は頑張っている人間への、体からの気遣いだ。端から何にもない者には関係のない話だ。
「誰に暇潰しの相手をさせれば良いんですか!!!」
…………知るか、バカ。
「ちょうどいつも暇してそうで、罪悪感なく無駄話できる貴重な人なんですよ!センパイは!もっと体を労ってください!私のために!」
「面倒臭い」
「そもそも!普通の人間ならこんな真夏にそんな格好しようとは思いませんよ!センパイ、本当に人間ですか!?もういっそ、霊的な何かだと言われても信じますよ!?」
普通の人間…か。俺はそんな崇高なもんじゃない。
もっと醜くて、汚くて、泥臭く生にしがみついているナニカ。
「あー、もう!取り敢えず私の使ってる手持ち扇風機を貸してあげます!超絶美少女の手持ち扇風機ですからね!ありがたく使ってくださいよ!値段にしたらとんでもない価値がつくんですから!」
そう言って渡された手持ち扇風機は、見た目は普通、性能も普通。どこにでも売ってる手持ち扇風機だ。
中古であることを考慮したら、どれだけ高く見積もっても、せいぜい1000円の値がついたら上出来だろう。
…やけに温かい風を感じるのは、きっと気のせいだ。
…優しい音がするのも、気のせい。
「本当に体調は崩さないでくださいよ。結局、健康に勝るものなんて存在しないんですから」
…そうか。
きっとここで普通の人間ならお礼をするんだろうが、俺には何をするべきなのか分からない。
エサを欲しがる魚のように、忙しなく口をぱくぱくとさせるが、肝心な音が出てこない。
…情けない。俺はこんなところでも普通の人間じゃないのか。
まざまざと、自分を突き付けられてるみたいだ。―所詮、お前はそんな存在だ―って。
「まったく、センパイは大人ぶってますけど、変なところで子どもっぽいですよね」
…?
「そういうときは別に大層なものは必要ないんですよ。ただ、一言『ありがとう』で十分ですから」
そう言った後輩の表情は、いつにもまして綺麗だった。
…俺には眩しすぎるくらいだが、そのおかげで、さっきまでなんの意味も成さなかった口が、自然と言葉を紡いだ。
「…ありがとう」
「はい!どういたしましてです!センパイ!」
一つ、新しい感情を知った。
「いやー、それにしてもセンパイは私が後押ししてあげないとお礼も言えないんですか!よちよち、良い子でちゅねぇー!」
…今回だけは、見逃そう。
太陽は今日も、高く昇っていた。
*
再び時は流れて、稲穂の実る季節が訪れた。
深夜の屋上から見える月は、なかなかどうして、それほど嫌いじゃない。
月明かりの作る自身の影は、去年よりも随分と大きくなった気がする。
きっとこれは、気のせいじゃないだろう。
そんな時、こんな静かな夜に相応しくない、ケラケラとした笑い声が聞こえてきた。
「いやー、傑作だったわー!さっきのアイツの表情見たー?めっちゃ無様だったんだけどー!」
「それなー!清々したわ!アイツ、ずっとぶりっ子ぶってて嫌いだったんよねー!」
「でもさ、今行動に移して良かったの?アレの準備、まだ終わってないんでしょー?」
「平気へーき、後3ヶ月もすれば終わる予定だし、加工なんかもバッチリよ!」
「あー、楽しみだなー!あの調子乗ってる女が破滅していくのー!」
「「キャハハハー!」」
…ふーん。
取り敢えず、せっかく良かった気分が台無しだ。
俺は、明確に苛立ちが募っている自分の変化を自覚しつつ、人里離れた月兎たちの楽園を眺めるのだった。
「………セン…パイ…?」
そんな時、夜風に吹かれて飛んでいってしまいそうな、小さな声が聞こえた。
ここ半年、毎日会っているよく見知ったヤツの、まったく知らない声だ。
その声は、いつもの騒々しさからは想像もつかないくらい弱々しい、後輩の声だった。
「…っどうして、こんな夜中にここにいるんですか!」
「月を見てた」
「………そっ…ぁ……ぅ……っいえ、センパイは…そんなところで嘘をつけるほど、器用な人じゃ…ありませんでしたね…」
失礼な後輩だ。俺の事をなんだと思っているんだか。
「…」
「…」
辺りを静寂が包み込む。音さえも月の影に飲み込まれているみたいだ。
「……何にも聞いてこないんですね。この格好の事」
「面倒臭い」
この儚い気配を纏う後輩は、全身びしょ濡れだ。
水も滴る良い女なんて言葉もあるが、きっと、あれを作ったやつはイイ性格をしている。
水で濡れてるよりも元気な彼女の方が、ずっと良い女だろう。
「…センパイのそーゆーとこ、キライです…」
「別に、好かれようとか思ってない」
「そうですか…」
…痛々しい沈黙が流れる。
こんな場面で掛けれるような、気の利いた言葉を持っていない俺には、どうする事もできない。
無い物ねだりをする気はないが、今だけは…と思ってしまったのも事実だ。
人を慰める優しさでも、場を和ませる面白さでも、誰かの感情に寄り添うだけの人間らしさでも良いから。
まぁ結局、今までの過ごし方の結果なんだろう。
随分と厳しいしっぺ返しが来たなと思いつつも、俺は黙々と手を動かす事しかできなかった。
「…センパイ、何してるんですか?」
「都合良く鞄に入ってた道具でキャンプファイヤー」
「って…なんでですか…!」
いつもの騒がしい声も、どこか無理をしているようで、覇気がない。
「別に。ただ、月が綺麗だから」
「…っ」
何を驚いた表情してるんだか。
「良いからこっち来て。風邪引く」
「………ここ、学校ですよ。そんな事して良いんですか?」
「別に、知らん。さっさと来い」
そう促すと、後輩は右足を引き摺るようにゆっくり、ゆっくりと、こちらに近づいてきた。
その姿が普段の彼女からは想像もつかないくらい苦しそうで、自分でも驚く程の、どす黒いナニカが体の中を渦巻いた。
「センパイ…いつもコワイ顔が、さらに怖いですよ?」
「うるさい」
余計なお世話だ。
…でも…少しだけ、ほんの少しだけ、こんなしょうもないやり取りが、輝いて見える。
「温かいですね、センパイ」
「そっか」
それでも…炎で揺れる後輩は震えていた。
その姿が、寒そうで…悲しそうだったから。…辛そうだったから。
そう、誰に言っているのかも分からない言い訳を並べて、俺はそっと後ろから…この大切な後輩を…抱きしめた。
「…っセンパイ…?」
「気の利いた事は言えないけど、俺は味方だから…。いなくなるまで、最後まで味方だから…」
こんな形だけの言葉にどれだけの意味があるかは分からないけど、少しでもコイツの気が晴れてくれれば良いなと思った。
「…ぁ………ぅ……っ……セン…パぃ……」
そうして、悲しみか、安心か。どちらとも取れる淡い涙が、夜の学校に木霊した。
そして数十分後、俺の隣には泣き疲れたのか、無防備に寝てる誰かさんの姿があった。
アホっぽい寝顔を晒して、よだれを垂らしながら寝てるその様子は、さっきのしおらしさから一転して、普段のバカらしさそのものだ。
「…はぁ……セン…パぁイ……、ダメ…ですよぉ……。いくら私が…超絶美少女…だからって……、勝手に…そんなトコ……。はむはむ……」
…一応俺の名誉の為に言っておくが、別に変なところは一回も触っていない。
むしろ、この夢の世界に旅立った後輩が、絶賛俺の指を食している最中だ。
「はむはむ………セン…パイ……ずっと味方……なんですよ…ね…」
…………。
そしてあの夜から3ヶ月後、後輩は屋上に来なくなった。
肌寒い風が、煽るように肩を吹き抜けた。
*
俺の足は自然と後輩の教室に向かっていた。
先週は楽しそうに話していた後輩の元に、最近悩みごとが落ち着いたと言っていた後輩の元に、一秒でも早く向かいたかった。
勘違いだったら嬉しい。
教室についたら仲良くクラスメイトと話しているんなら、俺はちょっと後輩に茶化されて屋上に戻れば良い。
なんでも良いから、取り敢えず後輩に会っておきたかった。
そんな事を考えながら走っていると、妙な人だかりができているところに着いた。…後輩の、教室だった。
*
「ねぇ、冬華ちゃーん!いい加減認めなよー!そこら辺の金持ちのジジイとヤって、貢がせてんでしょー?」
「違うっ!私、そんな事してない!!」
「またまたー!こんな沢山、写真あんだからさー!言い逃れできないっしょー!」
「うわっ!この写真エッロ!完全に感じちゃってるじゃん!冬華ちゃんこんなジジイとデキるとか凄すぎー!」
「「キャハハハー!」」
……そこには、吐き気を催すほど低俗な、薄汚いゴミが二個あった。3ヶ月前にも聞いたアレの声だ。
…頭に血が上るのがはっきりと分かる。
なんなら人気の無いあの時、始末しておけば良かった。そんな突拍子もない後悔すら浮かんでくる。
どす黒いナニカが暴れそうになるのを堪えながら、俺はゴミには目もくれず、後輩の元に向かった。
「…………センパイ…?…どうして…ここに…」
後輩の声は震えていて、目には涙が浮かび始めていた。
あの夜とは明確に違うと、一瞬で分かった。
「…ぇ、あれっ…」
「…えっ、ニュースの……?」
俺は無言でコイツの腕を取って、教室を後にする。
こんな空間にいる価値なんてない。
どうせ確固とした自分すら持たずに、話題に飛び付いた馬鹿どもの巣窟だ。もっと大きな話題を提供したらすぐに釣れる。
「あれれー?冬華ちゃん、どこ行っちゃうのー?誰だか知んないけど、あたしら今お話してるとこなんだから、邪魔しないでくんないー?」
「そうそうー、愉しい最中なんだからさー…」
「喋んな」
「「…っ」」
地獄の底から響いたような恐ろしい声が出た。ゴミを怯ませるには十分な威力だ。
用は済んだから、ゴミが加工した元の写真とその証拠、それからゴミのプライバシー、裏アカ、パパ活、犯罪歴、全部丸裸にした餞別を残してすぐに去った。
3ヶ月もあったんだ。念のために準備しておいて良かった。
直接手を下さない代わりに、この後の話題性、全部持ってって、社会的に滅んでくれ。道連れだ。
取り残された処刑場から、ゴミの断末魔が聞こえてきた。
「……と待…てって!あたし、こんな事してないって!全部コイツの計画だから!」
「はぁ!?アンタが言い出したことでしょ!?ウチのせいにすんなよ!!」
理由は知らないし想像もしないけど、他人の人生を嘘でめちゃくちゃにしようとしたんだ。
自分の今後が同じようにめちゃくちゃにされても、文句は言えないよな。
*
そうして、俺たちは始まりの屋上に戻ってきた。
ここに来るまでの道でだいぶ頭も冷えた。あんな風に怒りを感じるなんて、本当に…らしくない。
この震えている後輩の事になると、どうにも調子が狂う。
…そういえば、コイツと出会ってからもう一年が経とうとしてるのか。
時間なんて気にした事はなかったけど、思いの外、感慨深いものがあるな。
「…セ……ンパ………っ!?」
どうやら何か話そうとしたみたいだけど、悪いが口を塞がせて貰った。
「何も話さなくて良い。俺は味方。それにアイツらはお前をいじめてる暇なんてなくなるから。もう安心して良い…」
「……あぁ……ぅぅ……セン…パ……ぃ………」
あー、せっかくの制服が涙と鼻水でびしょびしょだよ。…結構手に入れるの大変だったのに。
まぁ、良いか。コイツにもお世話になったな。
思い返せば、短かったな。この一年。
…でも、これまでの何年もが霞んで見えるくらい楽しかった。
俺自身も…まぁ、随分と変わっただろう。
昔の俺だったらこんな風に過去を思い返すなんてしなかったはずだ。
そしてそれを変えたのは、きっと…この案外涙もろい後輩なんだろう。
それを理解した時、俺の口は、最後のわがままを告げた。
「…なぁ、好きだ」
「…っセ…」
そんな時、遠くから空気の読めない、いや、読めてるか。パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
あのゴミを捕まえに来るにしては、随分と大がかりな物取り劇だ。
あー、いつかこの時が来るとは思ってたけど、いざ直面すると覚悟が揺らぐな。
「ごめんな、冬華。忘れてくれ。それと、ちょっと暫く用事ができた」
「……っ!まっ……………!私も…………」
…後ろは振り向かなかった。きっと、ダメだから。
*
「昨日のニュースです。今年の春に両親を惨殺した容疑で逮捕され、その後忽然と姿を消した少年が、とある市内の学校で、再び逮捕されました。少年は容疑を認め、『罪は全て償うつもりだ』という意思を見せています。幼少期から両親に虐待を受けていた少年は、春の生気のなかった様子から一転して、非常に警察に協力的な姿勢を…」
*
「ん?おい、新入り!何書いてんだ?」
「あっ、先輩!お疲れ様です!ちょっと時間に余裕ができたので手紙を…」
「あぁ?もしかして彼女か?おっかねぇなりして、お前も隅に置けねえなぁ」
「いえ、ただのメンドクサイ後輩に向けて…ですよ」
『後輩へ
ありがとう
センパイより』