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解放する力 1

 急激な体力の減少によって気を失ってしまった幸太郎がゆっくりと目を覚ます。

 ぼやけた視線の先にあるのは真っ白な天井、首を少し傾ければスポーツドリンクが大量に並んでいる。


「……知らない、天井」


 気疲れからくるダメージは想像以上のもので、起き上がろうとしても起き上がれない。

 体から力が抜けきっているようだ。


「うわぁ……体だるっ、体痛っ」


 正中線を貫くような痛み。四肢に力が入らない気怠さ。風邪を引いたときの七倍くらいは辛い。


「やっぱり…………全然回復してくれなかったかぁ」


 しずなからの身体的なダメージ、気疲れによる精神的なダメージ、この二つが合わさって幸太郎の体は通常時に比べてかなり最悪の状態である。

 目を覚ましてから自分の体が普通ではなくなっていることに薄々気が付いてはいたが、丈夫になればなったで辛さは倍以上。ただ耐えられるようになっただけ、ただ最大値が増えただけである。今まで一般的な中学生だった幸太郎にはこの辛さがより一層突き刺さった。


「って、考えても意味ないか。とりあえず起きるか」


 置いてあるスポーツドリンクを取りキャップを開けて一気に飲み干す。

 これだけのことで体に水分が行き届いていくような気分になるほど疲弊していた体を起こすと、テーブルが見えた。

 その上には一枚の紙が置いてある。


幸太郎へ

 起きたらそのまま外に出て、右を向くと学園があるから入ってきて。

 どうしても今日中に入学試験はしないといけないから、疲れた体に鞭打って来な。

 あと制御とか一切考えずに能力を解放する準備をしときな。


「花さんからか……」


 時計はない……けど窓の外を見ればまだ明るい。夕方になる前という感覚。

 一応テーブルにある紙を適当に折りたたんでポケットに入れ、少し暗い玄関を出る。

 どうやらここは一軒家のようで外に出るまでに少しだけ石畳の上を歩く。


「あれか」


 確かに外を出て右を見れば、大きな建物が見える。

 外見からはおよそ理解は出来ないが、あれが都会の学校なのだろう。


「要塞だろ……あれ」


 そう呟いて幸太郎は、その建物に向かい始める。

 その背中に見える「白久喜」の表札など見ず、ただ真っすぐと住宅街を走った。





 全く人の気配を感じない住宅街を走り抜け、汗が額からたらりと落ちてくる。そのくらいまで体を温めてからやはりと思うことがあった。

 足が速くなっている。走ってもほとんど疲れていない。筋肉が温まることによって増々身体能力が上がっているとすら感じるほど、人間離れを感じていた。

 少し高く飛ぼうと思えば、五階建てアパートくらいなら余裕で屋上に辿り着けそうだ。

 少し力を出せばこのコンクリートなどシールを剥がすかの如く捲りあげることができるだろう。

 この……体に異常が定着していく感覚がどうも自分自身を調子に乗らせてしまう。


「……到着」


 近づけば近づくほどに巨大さと重厚感を感じ、およそ建物から感じることのない謎の戦闘力まで感じる。


「ここどこなんだろ……」


 花の伝言によると入っていいのだろう。

 校門と言うにはあまりにも厳つい門を飛び越える(・・・・・)

 意外にも飛ぶ瞬間も着地した瞬間もこれと言って違和感はない。普通に飛んで普通に着地したような感触だ。


「いつでも能力を解放できるように、って書いてあったけど……自分でもどうなるか全然分からないんだよなぁ」


 今でも鮮明に思い出す〈歪魔獣(アビス)〉の表情(・・)

 どこから来たのか、何故やって来たのか、どうして人を襲うのか、その理由については全く明らかにされていないが一つだけ分かることがあった。それは人を殺すことを楽しんでいるということ。

 あの時……あの白く輝き閃光に全てが貫かれていった。

 環境も、建物も、人もだ。


 ただ、心に決めたことがちゃんとある。


「あいつらにやり返す……他なんてどうでもいい、ただ妹の分はやり返す」


 これを復讐と例えるには、少し黒さが足りないかもしれない。

 でもそう思っているのはあくまでも個人的な主観。本能ではあいつらを殺したくて仕方がないような殺意があったのかもしれない。


 だからこそ――――この能力は開花した。


 瞼をゆっくり閉じる。

 脳裏に浮かぶ言葉はない。

 ただただ真っすぐ進んで、相手をぶちのめすための力。あの〈歪魔獣(アビス)〉と呼ばれる化け物にやり返すために欲し、考え、適応した力。

 纏わりつくように蠢く黒いオーラは体の全神経を通り、細胞すらも変化させていく。

 元々珍しいほどに漆黒な髪は少しだけ伸び肩に毛先が少しだけかかり、浮き出ていた血管は黒く染まり、感覚が研ぎ澄まされていく。


 ゆっくりと瞼を開くと、映るものは全てスローモーションかのように捉えることができる。


「解放してみたは良いけど、これからどうしよう……」


 意外と簡単に能力を解放できてしまったことに呆けていると、遠くから誰かの視線を感じる。

 それも遥か遠く、空の上―—————


「ん……?」


 更に加速して、幸太郎の遥か頭上を通り過ぎる謎の物体。

 

「なんだあれ……飛行機……ではないような――――」


「幸太郎!!」


 もしかしたら飛行機に乗っている人たちがこの建物を眺めている視線を感じ取ったのかと考えていると、前方から花の声が聞こえた。


「お、花さん」


「お、じゃねぇわ!なんかやべぇのが来たと思ったらお前かよ!」


「そんなにヤバい感じでした?」


「お前なぁ…………いや、これは話してなかった私が悪いわ。でも何も校門から能力解放してみることはないだろ、着いたならアタシに連絡入れろよ。こんな風に迎えに来てやったのに」


「いやぁ、試してみたくなりまして」


 本当に能力があったことによる高揚感。確かに理解はしていたが、実際に能力を解放してみると少しだけ変な感じがした。

 今までは何の能力も持たない非能力者と思っていた自分が、今では能力者となっている。

 ただ、あの時と違うのは〝これから〟のことを考えながら生活しなくてもいいところ。明日の生活、明日の食事、明日のバイト、明日の学校、そんなことを考えながら生活していた自分とはもうお別れを済ませた。

 一気に心が軽くなったような気分だ。今までは色々と考え過ぎていたのかもしれないが。


「……まぁいいや。ほれ、ついてこい。会場はこっちだ」


 花の指先の向こうには、中学の時の体育館とは比べ物にならないほどの施設があった。


「あっ、能力は解除しとけ。ここは登録されていない生体反応に対してセキュリティがむっちゃ厳しいからな」


 能力の解除?


「……は、はい」


「ん?どうした?」


「ど、どうやって解除すればいいですか?」


 そんなこと、分かるはずもなく…………


「……よし、そのままついてこい」

 

「はい」


 そのあとも少しだけグチグチと能力に関することを言われながらも、すぐそこにある施設まで歩いていく幸太郎であった。

 ドーム型の建物、一般的に言えば競技場のようなもの。そんな建物の中に入ると部屋が細分化されており、各部屋はガラス張りになっており同い年くらいの男女たちが能力を使用して教師と思わしき人物たちと訓練していた。

 普段なら見ることすらなかったであろう光景と、完全防音の中で激しい戦闘を繰り広げられているだけ光景を目の前に幸太郎は徐々に緊張を露わにしていった。


「なんだ緊張してんのか?」


「……まぁ、馴染みがないですから。改めて見るとやっぱり凄いですね」


「いや、今のお前の方がよっぽどだぞ?」


 解放した状態になっている姿(・・・・・・)

 それから放たれる圧力は、数々の能力者を見てきた花にとっても尋常ではない存在感を放っていた。


「まぁ、その説明は追々されるだろうよ」


 そんなこんな花が立ち止まる。


「ここだ」


「試験会場ですか?」


 細分化されていた部屋の一番奥まで来たところで足を止めた花が首で示した先……。他の部屋とは違ってガラス張りになっていない。


「そっ、んでアタシは入れない。ここから先はお前一人で行ってこい」


「……分かりました。頑張ってきます」


「おう!今のお前なら大丈夫だ、派手にいけ!」


 扉を開くと、その先には一人の男性が立っていた。

 優しそうな表情……と表せばいいのだろうか、ニコニコと口角を上げ瞼を細めている。


「ようやっと来たか……〈覚醒者〉」

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