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開花した力 4

 あの時、彼の口から発せられた言葉は誰にも聞こえていないだろう。

 ただ何十年、何百年、何千年とあの言葉を脳内でリフレインされれば、口の形だけで耳に届く。


「彼女はもう既に聖女ではない」

「魔に落ちた者」

「人類史上……最も災厄の力を手に入れた者」

「これより■■■■・■■■を永久指名手配とし、討伐名を人類の敵(ヘキサティア)とする」


 どれだけ離れていても、どれだけ忘れようとしていても、頭から離れることのない言葉。

 まさか、別の世界に来てまでも耳にするとは思ってもいなかった。

 私にとっての最悪の記憶であり、最悪の体験。決して忘れることはないであろう消しても転生しても消えることのない人生の名。

 それを、目の前で床に伏せる一人の男は口にした。


「さぁ、言葉を話せるくらいには体調を治癒しました」


 絶対に理由を聞かなければならない。

 最悪の場合、身体の機能を破壊してでも問い(ただ)す。


「……うっ」


「答えて下さい。どうしてあの名を知っていたのかを……」


「ゆ、夢で……見た」


 その突拍子もない言葉が耳に届いた時、瞬時に骨を最大限まで劣化させ彼の首元にそっと触れる。


「…………ッ!!?」


 そっと首に手をそえられただけで、声にならないほど鋭い痛みが襲った。


「……怒りに身を任せてしまうところでした。いま、私の力であなたの骨を劣化させています。私が触れているだけで骨は砕け、私が触れているだけであなたの骨は再生する。信じられないほどの痛みでしょう?この痛みから解放されたと思うなら本当のことを言いなさい、それまでこの痛みと安らぎが永遠に続きますよ」


 骨がまるで麩菓子のように砕け、気を失ってしまうのではないかと思うほどの激痛が襲えば、その激痛すらも「聖女」の回復能力によって一瞬で治癒される。


「……ッはぁ!……はぁ!」


 体が痺れるような痛みからの解放、そして痛みを少し感じてから眠りたくなるような安らぎの癒し。

 それは彼女が「聖女」であるが故に出来る癒しの力があってこそ。常人では耐えられないような痛みを、常人でも耐えられるような痛みに緩和しその往復が人間の脳を破壊する。

 それをたった往復しただけでも、一般人の幸太郎は既に限界を迎えていると言っていい、命の限界ではなく精神の限界がだ。


――――だが、白久喜(しろくき)幸太郎こうたろうは口を開けばこう言うのだ。


「夢……」


「まだ言いますか……」


 耳の奥から骨が粉砕していく音が聞こえ、涙が自然と溢れる激痛が襲う。

 でも、幸太郎の口から力なく吐き出される言葉は変わらない。


「ゆ……め」


「あなたが見ていたと言われる夢ですか?そんな嘘を――――」


 朝日間(あさひま)しずなは「聖女」として生きる運命にある。

 人を救い、環境を救い、神を救う。それは〝悪〟でも変わらない。生きとし生ける存在全てを救済する、そういう運命の下で生きている。

 だからこそ真実と虚実を見抜くための力を与えられた。それが正義だと知った上で、それが悪だと知った上で、「聖女」という存在は自愛を与えなければならないからだ。

 彼女が見ようとして真実を見れば、誰も抗うことはできない。

 しずなの金の瞳の色が薄っすらと白に変わり始める。


「本当に……嘘は言っていないようですね」


 力は嘘をつかない。

 幸太郎が言う「夢」で見たことはどんなものか分からないが、「夢」で見たことがあるというのは本当のことなのだろう。

 そう割り切って、首元を掴んでいた手を離すと同時に幸太郎の体を支配していた全ての力を解放した。


「あの悪夢で……似たような人を見たことがあった」


「悪夢……ですか。確かに悪夢を見ていたことで酷い顔だったと蜜さんが言っていましたね」


「中学三年になってから毎晩夢で見てた」


 その言葉から幸太郎は語り始めた。

 四人の女性、彼女らの人生、その全てではないけれど自分は空から見ているような気分だったと。


「君があまりにも似ていたから……思わず口に出しちゃったんだ。気を悪くしたなら謝る、ごめん」


 身体が回復してきた幸太郎はゆっくりと起き上がると、一度目を合わせて頭を下げた。

 

「別に謝る必要はありません。私の方が悪いんですから」


「…………君があの悪夢に出てきた「聖女」だと頭の片隅にでもあったら、俺は言っちゃいけないことを言ったんだ。絶対。でも口が自然と開いてた。あまりにもデリカシーがなさすぎる」


 もう既に遅いようだ。と思った。

 幸太郎はその悪夢に出てきた「聖女」を、私だと思っている。

 絶対に知られてはいけないことなのに、私が理性を保てないばかりに全てを知られてしまった。

 ここまでしておいて、今更言い訳は見苦しいだろう。それこそ正しくない行いである。


「————あなたには、ちゃんと伝えないといけませんね」


 過去、そう例えるのは違うかもしれない。

 ただ、敢えて例えるのなら過去が良い。


「私の本当の名は――――■■■■・■■■」


 彼女が名前を話した瞬間に、耳の奥が破裂したと錯覚するほどの痛みと甲高い耳鳴りがした。

 まるで世界が彼女の名前を呼ぶことを拒否しているかのように、彼女の口元から発せられた言葉は何重ものフィルターがかかっている。


「失礼しました。そうでした……あちらの世界の名をこの世界では言えません。でも、あなたは私の本当の名を知っているんですよね?」


「知ってる……俺は君が生まれて、勇者たちと出会い、魔王を倒し、人間たちに迫害され、指名手配になったのも知ってる」


 例えるなら映画のよう。

 ハッピーエンドではないのが途中から分かり、様々な鬱展開がある映画を延々と見ているような感覚。

 それが四人分あるのだから精神的にはたまらなく酷い。慣れるなんてことはなく、まるでその場所にいるかのような臨場感すらも感じるあの夢を一年間も見続けてきた。夢は記憶に残らない、そう一般的には言われているが悪夢は違うようだ。

 現実と対比するように、言っても誰にも信じて貰えないようなものが記憶に残り続ける。


「なら私たちは最後どうなりましたか?」


「四人で話し合って、何だか凄い魔法陣の中に消えていった」


「合ってます。やはりあなたは全ての光景を見ているようですね」


 もう一度、互いに椅子に座りなおして対面する。

 冷えてしまった茶に手の平をかざすと、ティーカップからは湯気が立つ。それを再度幸太郎の前に置いた。


「この世界には私の他に三人、この世界に転生しています。それも誰かに乗り移ったとかではなく、私たちという存在がこの世で生まれて来たということです」


「転生……」


「本来ならば私たちのことは忘れて普通に過ごして欲しいです。あなたが誰にも言わない保証はないし、私はあなたのことを信用も信頼もしていません。あなたも知っている通り、私は人間を信じてみようという気持ちはありません。あるのは「守る」「救う」「癒す」という気持ちだけ……本来ならこの場であなたを拘束し無理矢理にでも記憶を消すべきだ思います」


 また、身体が震えるような空気が「聖女」から充満した。


「それが正解なはずですが……どうしてか、あなたは神から愛されています。それも信じられないほど」


「神様から?」


「徳を積んだか、それとも神に出会ったことがあるのか……それは分かりませんが、もしも私がいなければあなたが聖女(・・)と呼ばれていたかもしれません。それほど愛されています。だから私はあなたに本当の意味で危害を加えることは出来ないでしょう。たとえ本気で殺そうとすれば、あなたは守られる……つまり、私はあなたを野放しにしておくことしか選択肢はないということです」


「何か他に選択肢はない……?」


「あります。でもそれは最終手段」


 彼女にとって、幸太郎という存在は自分の人生を狂わせる可能性のある最後のピースだ。

 もしも幸太郎がいなかったのなら、もっと平和に暮らし四人で集まることだって出来たかもしれない。


「うーん……それなら俺が黙っていればいいんじゃ?」


「……はい?それを信じろとでも?」


 明らかな嫌悪感と苛立ちを見せたしずな。

 だが、その表情を見てもなお幸太郎は続ける。


「あの時に記憶を消せなかったということは、もう俺のこの記憶を消すのは不可能なんだろ?」


 確かに、しずなは何度か記憶を忘却()そうとした。

 あの激痛に紛れるように、幸太郎の意識ごと記憶に手をかけた。だが結果、出来なかった。

 その理由は分からない。まるで古傷のように、記憶の跡が残り続けているのだ。


「この世界に朝日間さん達の記憶持つ部外者の俺。朝日間さん達にとっては俺の存在自体が嫌な感じで、それこそ今日出会わなかったら良かった。でも出会ったから後戻りはできない、だからこそ約束しましょう、俺は朝日間さん達に一切関わらない。俺のことなんて最初から知らなかった、話すことも出会うこともなかった、何も知らなかった、今日が終わったらいつも通りの日常を過ごしましょう」


「そんなこと出来ません。既に出会ったしまった運命……それを一度きりで済ませることなど神様にも不可能なことです」


 神という存在を知っている。

 運命という存在を知っている。

 もう、どうにもならない世界の流れというものを知っているからこそ知っている。

 知らなかった存在を知ってしまった、出会うはずのなかった存在に出会ってしまった、たったそれだけで自分の運命というのは変わっていく。それこそ神にも触れられない世界の力によって。


「いや、やる。今日この瞬間で、朝日間さんと出会ったのは最初で最後……金輪際会うことはあっても話すことはない、俺も朝日間さんも互いに不干渉で過ごそう。どうせ、俺の場合は東京の学校に進学することになってるし普通に出会うことはなさそうだけど」


 今回は治療してくれたお礼を伝えに来ただけで、これから東京の学校へ進学することになっている。

 東北地方に住んでいるしずなに会うことの方が難しいかもしれない。


「よし、話は終わり。花さんと蜜さんを呼びましょう?結構待たせているような気がしますし」


 話を終わらせて、外へと顔を出し少し離れてくれていた花と蜜呼び戻す。

 その姿を見つめるしずなの白金(・・)と輝いた瞳。

 神から授かった「聖女」という力は彼を否定しない、その力によって真実を可視化している自分のことだって信じられる。ただ過去に与えられたトラウマに近い記憶が「信じるな」と言っている。

 人間というものは真実を簡単に嘘にする。

『ありがとうございます!聖女様!』

『囲めぇ!!〈聖女〉は戦う能力ではない、一気に畳みかけ首を獲る!!』

 あの時の護衛騎士も、

『お前たちのおかげだ。本当に……ありがとう』

『あれらは我々人間にとって非常に危険だ。直ちに討伐部隊を編成しろ!!』

 あの時の国王も、


 全員が嘘をついた。

 全てが嘘になったあの時に、私はもう信じないと決めた。


「私はあなた(人間)を信用しません」


 心の言葉を口に出していた。

 どんなにこの力が真実を表していたとしても、理性のある存在は簡単に裏切る。だからこそ、直感という感覚に最後の最後には頼る。

 だからこそ、幸太郎を否定している心の言葉が口から自然と吐き出されたのだろう。

 だが、幸太郎の反応は意外にも淡々としたものだった。


「……別にそれでいいよ。俺は勝手に守らせてもらう」


 花と蜜がこちらに向かってきているのを見ながら、冷たく感じるような声音で返事を返す。


「俺にとって大事なのは朝日間さんに信じてもらうことじゃないから」


 俺のやるべきことは、そんなことじゃない。

 

この力(・・・)を使って……仇を討つ。それだけだから」


 そう呟くように言った幸太郎の体からは、黒い魔力が揺らめいた。


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