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開花した力 2

 すっと目が覚めた。

 異常に軽く感じる瞼を何回も瞬きさせると、少しの間瞼を開き続ける。

 聞こえてくる血流の音、かけられていた布団を擦る音、病室の扉の外からの足音。


「……戻ってこれた」


 体を起こそうと、身体に力を籠める。

 全身の骨が音を鳴らしながら稼働する感覚を感じた後、ベットから立ち上がり外を見ながら体を伸ばす。


「んぅ……うぁ……、久しぶりによく寝た気がするな」


 外の景色はいつもと変わりはない。ただいつもとは違うような気がする。どこか新鮮な気持ちを感じるのは、久しぶりによく眠れたからなのだろう。

 気持ちよさが全然違うからか、それともこの病室が三階にあるからなのかは分からないが、感覚で言えば三分くらい外を眺めていると背後の扉に手がかかる(・・・・・)音が耳に入った。


「どうぞー」


「はい?」


 ガラッと勢い良く扉が開かれると、そこから不思議そうな表情で立っている二人の男女がいた。

 男の方は大きなスーツケースを二つ持ち、女性は加えていた爪楊枝を口元からポロリと落とす。


「お?あれ?おぉ、起きてるじゃん」


「お、起きてるな…………って、起きてる!?」


 二人ともスーツ姿なのがアンバランスに見えてしまうような雰囲気がある人柄であることは分かった。

 女の方は、上から見ればちゃんとしているが下まで見ていくと履いているのがサンダル。表に見えるスーツのポケットからはラーメン屋のお食事券が数枚見える。

 男の方は、メガネをかけているが度が入っておらず、細かいところを見ていくとピアスに指輪など装飾品を沢山着飾っている。身なりは整っているいるが真面目なのか、不真面目なのか、どっちとも判断できないような人に感じた。


「申し遅れました、僕らは蝶番(ちょうつがい)と言います。僕が蜜、こっちが妹の花です」


「よろしくぅ」


「え……っと、よろしくお願いします?」


「さて、幸太郎くんが起きた。説明開始だ」


「アタシにやらせな」


 「改めて失礼」と呟いて、病室の廊下に立っていた花が入ってくると今まで幸太郎が眠っていたベットに胡坐でくつろぎ始め、その後ろに続くように花の口元から落ちた爪楊枝を拾い上げながら「失礼致します」と蜜が入ってきた。


「んじゃ、改めてよろしく頼む。幸太郎」


「はい。よろしくお願いします」


「……意外と平気そうか?色んなことがあったんだろ、お前」


「色んなことは……ありましたけど、平気ですよ。正直言うと急過ぎて半分混乱しているだけかもしれないですけどね」


「へぇ、なら説明始めてもいいか?アタシは一気に話すからな、説明し終わったら移動開始。その間に説明されたことを何回でも蜜に聞け。いいな?」


「分かり……ました」


「よし、それじゃ説明するぞ」


 そう言って、おもむろにポケットに手を入れるとそこからはくしゃくしゃになったラーメン屋のお食事券が二枚と自分の顔写真が貼り付けてある学生証のようなカードが取り出された。


「これはお前の学生証。今日はここから東京の方まで行くことになってるけど、そこにある学校の生徒証明書だ」


「……この、ラーメン屋のお食事券は……?」


「それはアタシたちが昼に食ったラーメン屋のやつ。まぁただのゴミだな」


 ゴミをベットの上にばら撒くと、それと交換するように蜜が片方の黒いスーツケースをベットの上に置いた。

 ベットの弾み方を見るに意外と重そうである。


「こいつの中身は、お前の私物だ。つっても、ほとんど何も持ってなかったからアタシたちのリーダーが用意した」


 チャックを開けると何やら生活必需品と、国からの書類が沢山入っている。


「これは侵略被災者の免除と補償と手当のやつだ。既にこれは完了しているから、ここにある通帳の中を見て中身を確認しとけ。国からとリーダーからの金が入ってる。ちなみにこの金を下ろす時は指紋認証だからな。勝手に左右の人差し指からとっておいたから忘れるなよ」


「あの、リーダーってのは?」


「リーダーはリーダーだろ?」


「花。それじゃ分からないって」


「はぁ?この国でアタシらのリーダー知らねぇやついんの?」


「幸太郎くん。君はこの国がどうやって守られているか知っているか?」


「詳しくは知らないですけど……警察と国防隊が守っているくらいしか」


「十分だ。それなら二つの組織のトップはニュースとかで見たことあるか?」


「あぁ……うちにテレビなんてなかったので」


「それなら最初から説明した方がいいな、僕らは二人とも国防隊に所属しているんだ」


 国防隊———————警察とは違い〈侵略現象〉に特化した国の戦闘部隊。

 人を制圧するよりも、人では対処しきれない事象に特化している集団。こう言えば聞こえは良いが、言い方を変えれば人に向けて能力を使用できないほど強力な能力を持つ者たちの集まりである。


「〈侵略現象〉と呼ばれている災害を対処する以外にも、外敵要因から国を守ったり、海外との交流を深めるのだって僕らの仕事だ。それで、その国防隊の長であるのが、僕らのリーダーだよ」


「なんでそんな凄い人が?」


「……君たちを助けるために向かったのは、僕らのリーダーなんだ。たまたま近くに出張で出向いていてね。でも結果助けられたのは一人もいない。既に駆け付けた時には事が終わっていたって呟いていたよ」


「…………そう、なんですね」


「君の幸せに貢献できるならって、住む場所とお金を用意してたんだ。この病院だってリーダーが手配してくれたものでさ、君手助けするために全力だった。……だから」


 最後の言葉を吐き出すころは、呟くような声音だった。

 何を思って苦しそうな表情をしているのかは見当もつかない。

 ただ、もしもこの状況を与えてくれている人に伝えないといけないことがあるのならば、伝えなければならないことがある。


「助けてくれた人に直接ありがとうって言えないのは残念だけど、それは俺がその人と会った時にちゃんと言うよ。でも、先にちょっとだけ感謝を伝えてくれるとありがたいです」


 笑顔でそう言い切った白久喜幸太郎の優しさに、蜜は大きく目を見開いた。

 彼の事前情報は聞いていた。

 目に隈が残るほどの不眠に悩まされながら、唯一の家族である妹のために朝と夜にアルバイトをして生活費を稼ぐ苦労人。

 〈歪魔獣〉の侵略によって、その唯一の家族である妹を失い……彼だけが生き残った。

 学校での態度もあまり良くなかったと聞いたが、今目の前に立っている彼にはそんな印象は一切抱くことはない。むしろ、聖人のような雰囲気を醸し出しているようにさえ思えてしまう。

 それは、花も同様に見えた。


「それじゃ、最後の説明に入るぞ。幸太郎」


 またポケットに手を入れると、次は何を出すのかと思えば()一つない一枚のA4サイズの用紙を取り出した。


「え、え?」


「なんだ?能力を見るのは初めてか?」


「初めてです……それが能力なんですね」


「そっ、アタシの能力。まぁ、青いたぬきの能力みたいなもんだ」


「青い……たぬき?」


「…………マジで何も知らないのか?逆に心配になってくるぞ、幸太郎」


 そう言いながら、ボールペンと朱肉も取り出す。


「まぁ、これから色んなことを知っていくだろう。取り敢えずはコレに拇印とサイン書きな」


「わかりました」


 内容はあまり良くわからないものの、取り敢えずは言われた通りにした。

 赤いボールペンで薄く囲ってある場所に名前を記入し、既に許可というところは丸で囲んであるため朱肉を親指につけて紙にあてる。


「それは入学書類の一部だ。書いてある内容をまとめると、アタシらの保護下について学園の入学を許可するって簡単なもの。既にアタシらの準備は整ってるし、後は幸太郎の拇印だけだったわけ」


「僕ら……と言っても国防隊の庇護下と言った方が正確かな。僕らは君の親代わり、責任を取るのは任せてよ。まぁ、君はこれといった問題はなさそうだから大丈夫だと思うけどね。……よし!これから君の自宅がある東京に言って学園の編入手続きをして、国防隊に戻ってリーダーに挨拶しに行こう」


 「おー」と手を上げながら花が散らかしたベット上を片付け、幸太郎がサインした紙は綺麗にファイリングする。

 

「ま、待ってください!親代わりって……」


 そんな簡単に決めていいことではないだろう。

 そもそも自分は非能力者という肩書である。そんな自分の親代わりで、学園に入学など色々進みすぎている。

 

「気持ちの整理はまたにしろ。これはもう決定事項だからな」


「そうそう。あっ!」


「どうした?」


「そういえば、幸太郎くんを治療してくれた聖女ちゃんのところにお礼行かないと!」


「菓子折りは?」


「もちろん持ってるよ」


「なら最初の保護者ミッション開始だな」


 何から何までやってもらっているのは分かるものの、話にはついていけずに置いてけぼりな幸太郎はただ視界を揺らしていた。混乱しているのか、喜んでいるのか、楽しみなのか、既に自分の感情がどこへ向かっているのかも理解していない様子なので結局のところ混乱しているのだろう。


「ほら、服だ。幸太郎」


 何をすればいいのかと混乱しているところに、花から衣服を渡される。

 黒いワイシャツに胸元にロゴが書いてあるシャツ、それから真っ白なスキニーパンツ。


「風呂に入って、これに着替えな。ちなみにこれはアタシのセンスね」


「僕が選ぶって言ったんだけど……ダメ出しされちゃって」


「だって柄悪いんだもん。しょうがねぇだろ?ほれ、早く済ませてこい。準備終わったらすぐに出発するよ」


 言われるがままに風呂へ入る。個室に風呂まで完備されているなんて本当に贅沢な場所に入院させてもらったのだと思いつつも少しぬるめのシャワーを浴びて準備した。


「ちなみに聖女ってのはどういう意味なんでしょう?そのままの意味で捉えてていいんですか?」


 風呂に入り、髪をドライヤーで乾かして、花から貰った服に着替えたあと素朴な疑問を問いかけた。


「そのままってのは?」


「絵本とか、物語に出てくるやつとか……あとは歴史の授業で習ったんですけど、そういう感じの存在です」


「あぁ……だいたいそんな感じだな。能力名は公表されてないけど、あの子の力はそれに近しい能力、または歴史上の人物と全く同じような能力って感じ。どんな怪我でもどんな病でも治すことが出来る力を持った女の子だよ」


「ほ、本当に凄い力じゃないですか!そんな人とも知り合いなんですね……」


「僕らも何回か協力してもらったからね。本当に感謝しているよ」


 歴史上では、あまり語られることのない聖女という存在。

 ほとんどが勇者や剣聖の英雄譚で綴られる物語が多いなか、聖女や賢者が語られることは少ない。


「てか、俺はそんな凄い人に治療してもらったんですか!?」


「そうだよ」


「うわぁ……なんて感謝を伝えたらいいか」


「……まっ!会ってみれば分かるだろ」


「それじゃ行こうか。聖女ちゃんのもとに」


 向かう場所は、東北の小さな教会。

 名もなく、決して有名なものではない。

 岩手県の海沿いにある風と波の音が囁くように聞こえる小さな建物、それは聖堂や教会と例えるに相応しいものではないのかもしれない。

 ただ、その場所に〈聖女〉がいるのならば、そこはどんな場所よりも神々しいものになるのだ。


「…………〝予感〟ですか。久しぶりの感覚です、何か良いことでもあるのでしょうか」


 少女は一人、水平線と空が重なる景色を眺めながら呟いた。

 黄金に光る十字の輝きが瞳の中に映り、瞬きをすればそれは消える。


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