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開花した力 1

地道に書いてました。

話は進んでいるはず……

 4179年————日本 東北地方の一つが焦土と化した…………

 上空に見えるのはひび割れた空、夕日に照らされた赤い空に亀裂が走り、まるでガラスが割れたようにパラパラと空の破片が地上に降り注いだ。


その名を〈侵略現象〉、そう人々は呼んだ。


 誰しもが力を持って生まれ、その力によって動かされている世界。

 それでも平和に生活で出来る透明な世界に一滴、何色かも分からない色が溶け込む。平和という環境に小さく……そして大きな歪みを与える、それが〈侵略現象〉と呼ばれるものだ。

「多くの人が死んだ」

「多くの人が犠牲になった」

「多くの人が戦った」

 そのような言葉が何週間も周りで聞こえる。

 その場にいなかった人ですらも、まるでそこにいたかのように話せるのはそういう能力を持った人らのおかげだろう。

 ただ、やはり現場と聞きかじった内容ではまるで出来事が違う。

 それを世間に知らしめたのは〈侵略現象〉が起きた後の凄惨な状況を中継してしまったからだろう。


「昨日十六時過ぎ、東北地方にて〈侵略現象〉が起こりました」


 場所は海沿いにある普通高校。全生徒合わせて200人ほどの非戦闘能力者たちが通う、東北地方の唯一の普通高校。

 学校での授業が終了し誰しもが下校している最中、東日本が暗雲に覆われる。

 避難警報が鳴り響き、誰もが避難場所に避難した。

 だが、不幸なことにその避難場所に〈歪魔獣アビス〉が降臨したのだ。

 そこに集まった人、総勢二百人ほどが死亡。

 〈超越期〉と呼ばれる所以になった〈異界からの侵略〉の発生————戦闘能力を持った教員、侵略防衛隊がその場に駆け付けた時には既にことを終えていた。


「生存者は一人、そのほか約二百名ほどが死亡しました。生き残ったのはこの学校に通う一人の男子生徒で、怪我はありませんが意識不明とのことです」


 たった一人の生き残り、普通の高校で〈侵略現象〉に巻き込まれたにも関わらずだ。

 力が地位を、力が富を、力こそが生存を、そんな世界で無能力者であるたった一人の少年が生き残ったことを喜んだ人間はそう多くなかった。

 表立っての声は安否の声だ。だがSNSや本当の世界は違う。

「本当に無能力者なのか?」

「いやいや、それはないだろ。普通の能力者でも死んでもおかしくない」

「もしかしたら男が〈侵略現象〉を呼び寄せたりして」

「おい御伽噺はよせ、大昔でもあるまいし」

「それじゃ敵キャラじゃねぇか」

 病院の外にはマスコミが沢山徘徊し、ニュースではない情報番組では彼を題材に言いたい放題である。


「くだらない」


 その言葉でどれだけの人たちが口を閉ざすだろうか。

 そこから冷えるような、脳から口への伝達を凍えさせるような一言を一人の男性が呟いた。

 目の前には瞼を閉じ、まるで死んでいるかのようにも見える一人の少年が眠っている。

 誰にでも見えるわけではない彼の周りを旋回する精霊も、心苦しそうに少年が眠っている姿を見つめている。


「彼が目覚めた時に世界がどうなっているのか心配だよ」


 携帯端末をしまい、もう一度少年を見つめる。


「君のことは調べさせてもらっているよ。幸太郎」


 現場に駆け付けた時には全てが終わっていた。

 解決ではない、崩壊と呼べるそれが完了されていたのだ。

 校舎があったであろう場所は塵すらも残っておらず、校庭の土は半分は抉れていただろうか。思い出すだけでおぞましい光景だ。

 普通に生きている人らのもとへ普通ではない現象が起こる。その感覚を味わったことはないが、考えられないような恐怖を感じたことだろう。


「幸太郎、君は今どんなことを思っている?」


 精霊と契約している彼には未来が見える。それは確実とは言えない不確定な未来ではあるものの、幾度となく彼自身も含め周りを助けてきた。

 ただ、誰の未来でも見えるわけではない。

 能力によって体内から発生する魔力を感知することによって未来を見ているのだ。故に目の前で眠っている幸太郎の未来は彼には見えない。

 もしも、何を感じ取っているとしたら契約している精霊が少年に思うことがあるのだろう。先程からどうしてか落ち着きない様子だ。


「どうしたんだい?」


『この子の状態は酷い、これからどうなるかは分からないけどね』


 含みのある言い方だが、これが精霊というものだ。

 世界を長く見守り続け様々な歴史を知っている精霊という存在だからこそ、人間では知りえないようなことを知っている。


「これからどうなるか分からない……ね。君がそう言えるのなら彼は邪道には走らないように聞こえるけど?」


『王道に行くか、邪道に行くか。それはこの子が力を自覚した時に試練として降りかかることよ」


「力……というのは能力ということかい?」


『そうよ。この子は最初から非能力者なんかじゃない、ただ他とは違って試すことが出来なかっただけ。それこそ今回みたいな出来事が起きない限りね。この眠りについている間に本能に教えられているんじゃないかしら?』


「へぇ……なんだか面白い存在のようだね」


『精霊である私からしたら珍しくもないけど……この先、どうなるかね』


「まぁ、生活に困ることはないだろうね。〈侵略現象〉の被害者として国から保証が出るはずだし、僕からも援助を出すつもりだから」


『助けられなかったからかしら?』


「うん、それもあるけど……一番は彼が良い未来に辿り着けるように、だよ」


 そう言って彼は眠りについている少年のもとを発つ。

 真っ白な容姿、契約者と一部の者にしか見ることが出来ない精霊という存在を傍に真夜中の病院から立ち去った。

 




 それは遥か昔の話。

 勇者たちが魔族を滅ぼし尽くすよりも、もっと前の話。

 現代における「能力」というものが発現した話である。

 皆の祖先は不思議に思っていた。

 毎日、走っていると早くなっているような気がする。

 毎日、戦っていると強くなっているような気がする。

 毎日、体に怪我を負うと回復が早くなっているような気がする。

 毎日、体に攻撃を受けると徐々に痛みが少なくなっているような気がする。

 日々、成長が止まらないのは進化の過程での話。だがこれらの出来事を成長という言葉で全て片付けてしまってもいいのだろうか?


 答えは否である。


 もしかしたら、毎日火を起こしていれば。

 もしかしたら、毎日高いところから飛んでいれば。

 もしかしたら、毎日動物と話していれば。

 もしかしたら、毎日植物の生長に携わっていれば。

 やはり、人間の可能性と成長というのは果てしないものであった。これを続けていなければ生活することの出来ない環境、これらを続けていなければ明日がない状況、これらを続けていれば|もしかしたら〈・・・・・・〉という好奇心。その全てがかみあった瞬間に人間としての限界値が自ずと幅を広げ、その中に言葉に表すことの出来ない進化を感じることが出来るのだ。

 後の人々は、この事象のことを〈開花〉と名付けた。

 〈開花〉と呼ばれる力は瞬く間に、ありとあらゆる事象の引き金となった。

 その中でも一番大きかったのは人間が進化し過ぎてしまうということにあった。

 力を欲すれば手に入るものではない。だがある一定の条件さえクリアしていれば〈開花〉する。


『そうやって、お前は私たちの力を手に入れたというわけだ』


「…………はぁ」


『この〈開花〉と呼ばれる現象が起きることは滅多にない。それは既に人々が〈開花〉した後の状態にあるからだ』


「……あ、あのぉ」


『お前は運が悪い。正直言ってしまうと本当に悪い。もう人生終了してもいいくらいには悪い』


「……ちょっと」


『だがしかし! お前は人生最大の運を使える人間だった、いや基から備わっていたというべきか』


「……いいですか?」


『なんださっきからやかましい!』


「いや……誰ですか?」


『…………まぁ、今はそれは置いておけ。事がお前に追いつけば分かることだ。今はお前が自分自身の状態を把握する時間。わざわざ私がこの場にいるのだから傾聴しろ、雑念を取り除き私の声にだけ耳を貸せ』


 暗闇の中。

 景色と呼べるものはなく、ただ心地よい何かが体をふわりと浮かせているような感覚だけが体を支配しているような感じがする。

 気持ちがいい。到底、何を成し遂げても感じることが出来ない全能感とはまた違った快感が脳をリラックスさせている。

 全部がどうでも良くなってしまいそうな感覚とこの心地よさに身を任せていたくなるような感じ。


「まぁ、耳だけなら」


 だが、不思議と眠くはない。

 瞼を閉じることを体が拒んでいるように、首から上の意識は起きている。


『お前は今、生死の境に漂う魂に等しい存在だ。警報が鳴り響き、目の前で()が死に、絶望と死によって生み出された心地良さに身を任せている状態。生きている人間にとっては良くない状態にあるわけだ。いつでも死ぬことができる状態でもあり、いつでも生きることができる状態でもあるというわけだが、何故だがお前からは何も感じない。死ぬ意思も生きる意思も、何も感じない。この状態は非常に魂に悪影響を与えている』


例えば、喉から手が出るほど欲していたものが目の前にあっても拾わないような。

例えば、人を殺そうとは思っていないのに目の前にいる人に包丁を突き刺すような。

例えば、飛び降りたら必ず死に至る高さから死ぬわけがないと信じて躊躇なく飛び降りてしまいそうな。


『そんな、支離滅裂で矛盾している感覚だ。現にお前からは死んでもいいけど生きてもいい、なんて生意気なことをこの生死の境で考えているように感じている』


「確かに」


『現実は辛い。もう何も残っていない。帰る場所もなく、生活していける環境があるかも分からない。逆に、生き返れたら何か良いことが起こるかもしれない。現実は案外優しいもので、誰かが助けてくれて、帰る場所があって、生活していける環境あるかもしれない。そんな曖昧な思い如きで――――』


 その時、浮遊しているかのようにも感じていた心地良さが急激に収まるのを感じた。

 いや、心地良さが反転しまるで落下するように体中に血液が流れ重くなっていくような感じだった。


『お前は生きるべきだ。この場所にお前の優しく輝く聖の光は毒となる』


 見ているようで、見ていなかった周りの景色。

 暗闇のせいか、人の肌が青白く見える……それも幾千という単位で暗闇の中にびっしりと敷き詰められているように。

 当然、知らない顔だ。

 どこかで見たことのあるようにも感じるし、やはり見たことはないようにも感じる。


()えろ。お前の居場所はここではない』


 おぞましくもあり、恐怖もした。

 数えきれない程の肉体が暗闇の中に敷き詰められている光景。

 たが、目を反らすことは出来なかった。死ぬということはどういうことなのか、ここが天国なのか地獄なのかも分かりはしない。


「…………やっぱり、誰か聞いてもいいですかね」


『それは事がお前に追いつけば分かると言っただろう。今はただここから去ることだけ考えろ』


 去ると言ってもどうすればいい?

 先は見えない、それこそ隣を見ても上を見上げても空間はある。

 だが、


「出口ないって」


『我儘を言って出口が出てくると思っているのか?念じろ、欲しろ、生にしがみつけ』


――――生にしがみつく。


 現実に帰っても身寄りはない。

 現実に帰っても友達と呼べる人はいない。

 現実に帰っても生きていけるか分からない。

 そんな状況でも、生にしがみつけというのか?


「それこそ、地獄と同じだろ」


 この場所にいるのは良い。

 何も考えることはない、ただ緩やかに死に向かっていく感覚がある。

 生きているということを忘れさせてくれるような、生きていることでやらなければならない使命感のようなものに駆られることもない。


あの時とは違う。


 変な夢を見て毎夜毎晩眠れない日々とは。

 自分がどう幸せになれるかと頑張る日々とは。

 唯一の肉親でもある妹をどうやって守るかと考える日々は。

 なんで自分だけ力がないのかと、姿の見えない孤独感に責め立てられるような日々は。


「ここはそんなことはないんだよ……考えることをやめて眠りにつくことが出来る。もういいだろ、俺はここで死んだ方が楽なんだよ」


『ここに馴染むな。考えろ。まだやり残したことはないのか?』


「やり残したこと……」


 一つだけ。

 ようやく一つだけ、鮮明に思い出すことが出来た。

 妹を抱きしめていた肌の温もり、腹を貫かれる感じたことのない熱量、守ることのできなかった虚無感。

 あの瞬間の映像が鮮明に脳裏で再生される。


「一回くらい、あいつらにやり返したい」


 すると、様々なものが記憶として蘇り始めた。

 新聞配達をして、夜までバイトしては寂しそうな妹と共に眠りについたこと。

 余裕が出来た時は互いのプレゼントとしてケーキを食べたこと。

 嫌な夢を見て眠れない日々を過ごしている時も、心配そうな表情をした妹は必ず一緒にいてくれた。


「あぁ……やっぱり一回やり返さないと気が済まなくなってきた」


 恥ずかしながら、どうして頑張ろうと決めたのかも思い出してしまった。

 何も覚えていないが辛くて苦しい夢を見終わった状態のことも思い出した。

 思い出せば、思い出すほど……辛くて厳しい現実に帰りたくなってきた。


『ほぉ……まだまだ余力があるな』


「……復讐なんてものじゃないけど、やっぱり帰りたい。一回やり返せたらスッキリするかもしれないし」


『いい生命力だ。そうだ、お前にはまだまだやることが残っている。人としての力を開花するということは、これからの人々に力を繋げる必要がある』


「どんな力を開花させたのかは分からないけど」


『問題ない。開花というのは自身が望む力を与えてくれる』


「俺が望んだ力……」


『そうだ。お前は何を望んだ?』


「あの時…………あの状況を、妹を助けられる力を欲しいと思った」


『ならばそれがお前の力だろう。自分の力を疑うな、自分の信じろ、また同じ状況に巡り合った時にその力で誰かを助けてやるといい。さぁ、もう時間だ。お前の体がこの空間と相反する存在になり始めた』


 改めて、周りを見渡すと場所が変わっていた。

 あの地獄にも似た空間はいつの間にか、宇宙空間のような暗闇の中にいくつもの光が漂う空間になっていたのだ。

 もともと姿形が見えなかったこの声の正体もより遠くなっていく。

 

『さぁ、もう行け。私もここまでだ』


「……色々助かった、ありがとう」


『感謝などいらん、私は不届きものを現世に返しただけに過ぎない』


「俺にとっては助けれたんだ、感謝くらい言わせてくれよ」


『それは現世に戻ってから幾らでも言うといい。では、また時間が経てば出会うことだろう……さらばだ』


「あぁ、またな」


 ふわりと体が風に煽られるような感覚がすると同時に、瞳を閉じた。

 ひんやりとしていた皮膚に血が流れ、固まっていた体は骨と筋力の稼働によりミシミシと音を鳴らす。

 閉じていた瞼すらも重たく感じる体が悲鳴をあげているのだろう。ただどこまでも自由のきかない体に口から息が漏れた瞬間、


「ナースコールを」


「はいよ」


(誰だ……?)


 聞き覚えのない男女の声がナースコールを呼んでくれたようだ。

 だが、意識だけが目を覚ましている。暗闇の中で色んな人達が動き回っていることだけは、足音などで察知することが出来た。ただ意識が目覚めると同時に、意識が眠りにつくような矛盾を感じ、いざ自覚してみると身体が尋常ではない疲労を感じているようなほどピクリとも動かない。


(まぁ……いいか……)


 そこから先は、あまり覚えていない。

 それから順調に体が覚醒していき、完全に目が覚めたのは二日後の夕方だった。

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