あの少女らの序章
それは遠い昔の記憶にも見える。
ただ前に立つ魔族と呼ばれる化け物たちを斬り伏せ、殴り貫き、綴る言葉で消滅させる。
光を浴びれば体が癒やされ無限に戦えるようにさえ感じた。
そんな日々が毎日、毎日、毎日、おかしくなるほどに続けば……その戦いはいつの間にか終わっていた。
〈魔神戦争〉――――
あの戦いがそのような言われ方をしているのを知ったのは、この世界に転生してきてからだ。
転生と言っても一から生まれ変わったわけではない。
この四人の少女らが、まるで最初からこの世界線にいたかのように世界を改変しただけだ。
ただ、四人からは新しく改変する世界に条件があった。
「条件は4つある」
そう言った賢者の言葉に他の三人が小さく首を動かして肯定した。
「この力に近しい存在がある世界線」
「私の知らない知識がある世界線」
「私たちが楽しく生きられる世界線」
「…………私は」
最後に言い淀んだのは、体を震わせながら俯いたまま勇者であった。
これまでの戦い一番最初から一番最後まで戦い抜いた、言ってしまえばこの世界で魔族と呼ばれる存在を滅ぼした存在。
年齢で言えば十三歳から十五歳まで、たった二年間ではあるがありとあらゆる因果によって戦いを強いられた。
時には魔族と戦った、時には人間とも戦った、時には仲間とも戦った。
そんな少女が見出す答えは、それほど簡単なものではない。
「私は……――――運命の人に出会える世界線に行きたいよ」
その言葉を聞いたときに、他の三人は唖然とした。
でも、
「私はまだ幸せになってない。皆だってそうでしょう? この世界での勇者としての役割は魔族を滅ぼして終わった、でもその後に待っていたのは悲惨なものだったんだ」
別に裕福で自由な生活を望んでいたわけではない。
普通の暮らしをしてみたかった。
運命の人と出会って、普通の……自分の両親のようなありのままの人生を送ってみたかった。
「諦め切れてなくて、ここまで希望が続いてしまって……ごめんなさい」
少しの空白が空いたと思えば、唖然と勇者の言葉を聞いていた三人は自然と笑ってしまっていた。
「最後まで諦めきれなかったんだな……流石はアタシを最後まで諦めなかった奴なだけある」
そう言ったのは剣聖と呼ばれた少女だった。
他の二人も剣聖の言葉に大きく頷いた。
「謝る必要なんてありません。聖女である私ですら、そんな当たり前のことを諦めてしまっていた……私は貴女を尊敬しますよ」
「私はどうでもいいよ…………どうせ勇者なんだからやれるってなったらやるんでしょ」
言葉は対照的でも、賢者と呼ばれた少女は口角が上がり目元が少し潤んでいた。
「なんだよ、こういう時くらいは素直になれよな」
勇者以外の他の三人は既に希望という言葉はなかった。
団結できている理由はただ一つ、勇者という存在がまだ生きようとしているということだけ。
この世でどれだけ強くなろうと、この世でどれだけ賢くなろうと、この世で聖女と呼ばれようと、もう彼女らには何も残ってはいない。
でも、勇者が最後まで希望を捨てていないのならそれに従おう。その思いに共感しよう。
「それじゃ――――行こうか」
全員が笑顔になったのはいつ以来だっただろうか。
「別の世界に行ったら、また皆で集まろうな」
「なんだか、探さなくとも勝手に出会える気がしますね」
「まぁ……どうせね」
こうして彼女たちは、新しい運命の上で生きることを決意した――――
◆
そこでは新しい運命が、そこでは新しい生活が待っていると思っていた。
久しく味わっていない普通の暮らしができるだろうと、何事もない平凡な世界に生まれることになるだろうと思っていた。
あの一瞬まで絶望していた自分が勇者の言葉で希望を見出してしまった。
「早く逃げろッ!!」
「でも貴方は――――」
「いいから逃げるんだ!!」
それは今までのアタシの記憶ではない。これからのアタシの記憶だ。
男性の叫び声、女性の鼓動、耳を塞ぎたくなる轟音、息苦しい熱風、どれも記憶は鮮明だが映像は見えない。
「ごめんね……私がいないとあの人はダメだから」
その最後の言葉は今でも覚えている。
その優しい声を聴くと、ゆっくりと瞼が開かれる。
「――――朝か」
あの事件によって二人は死んだ。逆に二人以外の死体は見つからなかったそうだ。
残ったものといえば、金、家、この健康で丈夫な体。
あとは――――
「形見だけ」
カーテンを開けて外を見れば、まだまだ日は昇っていない。
少しだけ肌寒い空気と微かに星が見える景色が、自分が独りであることを強調しているようにも感じる。
「剣でも振るか……」
服を着替えて、外に出るとやはり寒い。
ただこの寒さが、あの夢を見た後だと心地良く思えてくる。
この右腕と頬についた火傷を冷やしてくれているかのようで、気持ちが良くなる。
「さぁ、まだ諦めずに生きますか」
剣を握ると懐かしい感覚と体に溶け込んでしまうような感覚がした。
一回振って、もう一回振って、更にもう一回振って…………その剣は空へと向く。
ありがとう。そう――――希望など見出すものではないと再確認した世界のアタシに感謝した。
必ず、四人で集まろう。
きっと勇者がまた見つけてくれる。
◆
その生活では新しい知識と経験が待っていると大きな期待を持っていた。
自分の知らないことに関して興味を持ち徹底的に調べ尽くすのが趣味のようなものだった過去。おかげでなのか、古代文字や原初の力までも理解できるほどへとなってしまった。
これが「賢者」と呼ばれる所以なのか、それとも「賢者」である所以なのかは分からない。ただ「賢者」である前からそういう人間であることは間違いないだろう。
そんな自分と向き合って、受け入れてくれた勇者に希望を託してしまった。
「気味が悪い」
「何を考えてるか分からない」
「不思議な子」
「静かな人」
「天才だ」
「綺麗だ」
体が成長すれば精神も成長していることの証明でもしているのだろうか?
周りにいた人間たちは、手の平を返すように育てば育つほど私のこと賞賛していった。
やはり他人など信用するべきではない。
過去の記憶がある自分にとって信用に値する人間は三人しかいない。
きっとこれからも変わることはないのだろう、そう思っていた。
「〈賢者〉ねぇー。ごめん、お父さんには凄いことってくらいしか分かんないや」
「そうねぇ……私もお父さんも感覚でやってきたから分からないわ。そんなことよりもケーキがあるから食べましょ? お母さんおやつが食べたいわ」
私は……いや、私たちはこの世で誰よりも先に物心をもつのが早かっただろう。
言葉を話せるようになるまでには、もう既にあったと言っていい。
そんあ二人が私にくれる言葉はいつだって決まっていた。
「「好きなように生きなさい」」
他の人は分からないし、どうでもいいものだ。
自分が生きたいように、やりたいように生きていけばいい。そうすれば気が付いた時には自分に合う人間が近くに立っているものだ。
そんな言葉に涙しそうになったことは今でも覚えている。
その言葉を胸刻み、人生をまたやり直そうとしたある日のことだった。
「君がこの世に生まれた〈賢者〉だね」
帰宅途中、それこそ家が目の前にあるような場所で知らない男性に声をかけられた。
「…………」
黒い服装――――この世界ではスーツと呼ばれるもの着た一般人、に似せた何か。
私の中で心がざわついたきがした。
「うーん……こんな小さい子に説明しても分からないかもしれないけど、私はとある場所で働いていてね。能力に関して調査とアンケートをとっているんだ」
淡々と話し始めた男が見せてきた一枚の写真は、前の世界で見たことがあるような光景だった。
森林がめくれ上がり、大地が割れ、ありとあらゆるものが崩壊している光景。
「これを見てどう思ったかな?」
「…………別に」
「そうだよね。〈賢者〉ともなるとそんな反応だよね」
「何が言いたい?」
「いやいや、別に何もないよ。ありがとうね」
最後まで掴めない男性はにこりと笑って横を通り過ぎていった。
気味が悪い。その一言に尽きる。
「ただいま」
今すぐにでも忘れたくて、逃げるように家に入った。
温かく迎えてくれる母がいて、仕事から帰ってきてもニコニコしている父がいる。
そんな人間の温かさを教えてくれた二人がいる。
「おかえりなさい」
もしも、私に幸福を与えてくれた人らに何かあったなら―――—私は…………
そんなことを考えながら母が用意していたホットココアを手に取った。
◆
この生まれは必然なのか、もしくは運命なのかと考えるほどだった。
他者の幸福こそが全て。
皆の笑顔が力へと変わり、皆の笑い声が神への供物となる。
この思いが芽生えたのはいつからだっただろうか。生まれは戦争孤児、育ちは教会、そんな人生を歩んでいたからこそ得たことなのだろうか。否、彼女の考えは最初から「それが人間の幸せである」と考えていた。
人間の感情というのは病と同じで伝染していくものだ。そう確信できたのは勇者のおかげ。
「あの子がいたらこの地域は平和だな」
そう誰もが言った。
「あの子がいたら変な話、死ぬ気がしない」
そう誰もが言った。
「あの能力は物語の登場人物そのものだよな」
そう誰かもが言った。
「まぁ、少し表情筋はないが……でも可愛いから良し!」
そう誰かもが言った。
聞こえてくる声に悲鳴はなく、聞こえている声に悲しみはなく、聞いた言葉に愛がある。
まるで、昔と同じような人生を歩んでいる—————それが〝聖女〟という力の存在である。
ただ、私にとっての平和は訪れていない。
私にとっての愛はなく、私にとっての喜びなどはない。
あるのは他人の幸福と喜びのみ。
自室の窓ガラスに映る自分の姿をみる。
この世界に来てからの私、あまりにも前の世界と容姿が類似している私。
きっと、他の三人も前と変わらない姿をしていることだろう。
「必ず、会いに行きますから。待っていて下さいね……私の希望たち」
どんな手段をとったとしても、私は必ず見つけてみせます。
どんな手段をとっても、私は必ず見つけてもらいます。
私の愛と喜びは、貴女たちと共に過ごすことですから。
窓ガラスに映った自分は少しだけ笑っているような気がした。
◆
私がこの世界に来て、始めて思ったことは「幸せ」ということだった。
なぜなら、私が無事にこの世界で生れたということは他の三人だって同じだから。
ただ一つ思うことがあるとするならば、私の立場が少し面倒な立ち位置にいるということだけ。
前の世界でいうところの貴族、そう捉えて間違いはないだろう。財閥とまで言われるほどの家に生まれ、しかもそこの長女とならば生活していくこと自体が既に面倒である。
習い事、勉強、まさに文武両道の道を歩む。
「結果で示せ」
「結果を出せ」
「結果が全て」
「優秀ではないお前に、存在価値はない」
これが両親から送られる言葉。
前の世界とは違い、家族に愛情は感じない。
他にも兄妹がいるが、やっぱり家族の愛情は感じない。
仲が悪い訳ではない。全員が競争する相手だからこそ、まるでライバルのような関係性となっている。
私が生まれた家は冷めきっている。そこに温かさはなく、情はない。強者である父と母に逆らえない戦闘奴隷のような子らいるだけ。
ただそれでも私は、やっぱり嬉しかった。
今の世界の私には前とは違う形の自由がある。
みんなを見つけられるだけの力がある。
三人とも養えるような富がある。
また会えるという確証のない確信さえ生まれてくるほどの全能感さえある。
全ては結果で分からせる。結果さえ示すことが出来れば、私は自由だ。
〈超越期〉と呼ばれるこの時代で、〈歪魔獣〉と呼ばれる化け物が生まれるこの世界で、結果を出す。
それはつまり————|前世の私〈最強〉になればいいだけのこと。
何をもってして結果と言うのか。
何をして結果と言われるのか。
何があれば結果と呼べるのか。
そんなことはどうでもいいことだ。もう一度世界を救ってしまえば、全てが解決する。
言い訳や屁理屈すらも出てこないような絶対的な結果を出してしまえば、全てを肯定してれる。
「だから……」
全盛の力を持ってして、この世を平和にしてみせる。
勇者と呼ばれる者として、この世界を救ってみせる。
強い輝きに呼応するように、皆の輝きが増していく。
きっと散らばっていても分かるだろう。
どうせこの世界でも戦う以外に選択肢はないのだから、どうせ私たちは強い光を放つ。
「待ってて、皆。私を見つけさせてみせるから」
嫌なくらいに澄み渡る青空を眺めながら、小さく呟いた。