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その少年の序章

 今から約二千年前――――魔神戦争が終わりを迎えた。

 人類と魔族との戦いに終止符を打ったのは四人の勇者(・・)たち。

 聖剣と呼ばれるその身に世界の魔力を埋め込まれた武器を操り、絶技とも呼べる剣技を振るい数多の魔族を薙ぎ倒した〈剣聖〉と呼ばれた者。原初の魔力と呼ばれた(ことわり)を覆す魔力を操り、時間や空間を掌握したとまで言われた〈賢者〉と呼ばれた者。神の使い、神の子、女神、多くの人々に癒しを与えた〈聖女〉と呼ばれた者。そして世界中の精霊に愛され、人の身でありながら神に近しい存在へと昇華した〈勇者〉と呼ばれた者。

 この四人の存在と精霊族や獣人族の力によって、長きに渡る戦いは終わりを告げた。

 それから世界は徐々に平和になって行き、現在ではそれらは変化していった。

 冒険者ギルドと呼ばれた傭兵が集う場所はハローワークという能力者たちに能力を使用する許可を与え仕事を斡旋する職業派遣場所となり、王国騎士団(ロイヤル)と呼ばれた国を守る騎士が集う場所は能力を使用し外敵から国を守る自衛隊と呼ばれる場所となり、貴族と呼ばれる身分の高い者たちは政治家となり国を回し、平民と呼ばれる身分の者たちは会社員やハローワーカーになり普通に暮らしている。

 それが〈超越期〉と呼ばれる、新しい歴史の当たり前である。


「こうやって、世界は回っているわけです。皆さんが持って生まれた力も、生きるために使いましょうね」


 生まれてから耳に胼胝(たこ)ができるほど聞いてきた言葉を中学の卒業式に言われ、我関せずと窓に視線を移した少年が一人――ーー


「こら、聞いてるんですか白久喜(しろくき)くん」


「……ちゃんと聞いてます」


 ぶっきらぼうに返事を返すと、教師の視線も少し厳しくなった。

 たが彼にとって教師の厳しい視線なんかよりも強く日差しが当たる窓際の席になってしまった自分の運命と、この強い日差しを当ててくる燦々と輝く太陽のほうがよっぽど嫌だった。


「まさか……また寝不足ですか? 全く、もうすぐ高校生になっていうのにだらしない!」


「別に好きで寝不足じゃないですよ……自分だってちゃんと寝たいんですから」


 少しだけ機嫌が悪いのか色々と言葉を返し、朝のホームルームから学校が終わるその時までクラスの全員とは会話はない。

 そんな扱いに困る少年の名は――――白久喜(しろくき)幸太郎。

 今となっては数少ない非戦闘能力者たちが集う国立中学校に通う一人であり、非戦闘能力者以前に能力の詳細すらも一切不明な非能力者(アブノーマル)の可能性すら疑われている問題児。

 友達と呼ばれる存在もおらず、教師が気にかけてくれるわけでもなく、ただ窓際の一番後ろの席に追いやられた一人の少年は今日もまた数分の説教を受けたあと、何事もなかったかのように学校が終わる……という日常を三年間も続けていた。

 中学最後の日だというのに、最後の説教のせいでなのか名残惜しいとすらも思わないまま帰路につき、約千回ほど見た通学路、三年間で所々変わった景色、どこから聞こえる毎日変化する生活音。こうして振り返ってみると何も楽しいことがなかったと感じる日々に嫌気がさした。


「ふぅ……」


 この三年間、ずっと似たような夢を見ていた。

 真っ暗な場所だったか、明るい場所だったかは分からない。人数も分からないし何を話してたのかも分からない。ただ声が女性だったことは覚えている。

 そして、目を覚ますと信じられないくらいの汗の量。体は重く、体の芯から震えが止まらなくなるほど寒い。まるで海の中で何時間も閉じ込められていたかのような怠けさが襲いかかってきたが病院に行って検査をしてもらっても、どうやら風邪ではないらしい。

 おかげで中学校生活は最後まで説教はされるは、ここ二週間くらい体の調子は過去最高に悪いはで非常に災難な日常だ。


「来週の体験入学までには治ってるといいんだけど……」


 来年の春からは戦いにすらも参加しない生活能力者及び一般人向けの高等学校に入学することになっている。既に心身ともに調子が良いとは言えないが、来週の体験入学には絶対に行かなければならない理由があった。

 それは、人生最後の能力検査があるからだ。

 必ず、全員が生まれながらに力を持つ世界。

 

「その時に完全に俺の人生が決まるのか…………」


 能力者と呼ばれる者たちは〈超越期〉と呼ばれる前の歴史にも存在する、日本で代表例を挙げるとするならば織田信長や豊臣秀吉、それこそ皆が使っている野口英世がそれに相当するだろう。

 今までの偉人の能力は解明されてはいないが、おそらくその時代の認識や環境を作り変えてしまうほどの力を持っていたと言われている。

 力のある者が、力のある者を制御する時代。国が自衛隊やら警察を制御し、この力溢れる世界を整えている。

 そんな常識に何度嫌気がさしただろうか……おかげテレビや周りの情報を遮断してしまった。

 何も剣が自在に操れるようになる力が欲しいわけじゃない、魔法によって様々なことができるようになりたいわけでもない、瀕死の傷でも治ってしまうような万能な力が欲しいわけでもない。

 ただ、自分も力を持っていると安心していたいだけなのに。


「少しだけ急ぐか……」


 少しだけ肌寒い春を呼ぶ風が吹いた。

 当たり前の日常、当たり前の結果、知っていた未来。

 それらを吹き飛ばせるようにと、少しだけ祈りながら少しだけ早足になりながらも自宅に向かった――――はずだった。


「……ッ!」


 ふと視界に映る世界が黒く染まり始めた。

 赤く陽をさしていた夕暮れを覆うように空に黒雲が立ち込め、いつしか赤く輝く太陽が奥に薄く見えるほど空は黒く染まる。

 この現象を知っている――――


「〈侵食現象〉だ……」


 今でも記憶に新しい大事件――――〈侵食襲来〉。

 そう言われた大事件は、異界からやってきた歪魔獣(アビス)と呼ばれる存在が日本の一部を崩壊させたという事件の名前である。

 地震、火事、水害、様々な天災があるが〈侵食襲来〉は天災の類に入るようなものではない。何十年に一回、何百年に一回と呼ばれるような大災害だ。

 誰の意志によって起こされたものでもない、誰かが願って起こしたものではない、だか〈超越期〉と呼ばれる時代ではそれ(・・)はありえないとは決して言えない。故に大災害。


「なんで今なんだよッ」


 早足だった速度はいつしか走りに変わっていた。

 白久喜(しろくき)幸太郎には守らなければならないものがあるのだ。

 それは宝物とは言い難い……むしろこの世界に白久喜(しろくき)幸太郎という人物を縛り付けている存在と言っても過言ではない。

 ただ、それを見捨てることはできない。

 決して、見捨てる事はできないのだ……


 息を切らし、避難場所に指定されている自分の中学校まで戻ってきた。

 周りには阿鼻叫喚を上げている同級生やそれを慰めている親たちがいるが、そんなことは眼中にない。

 

「はぁ……はぁ…、いた!」


 この薄暗い世界でも際立つような漆黒の髪を後ろで束ねた少女が不安な表情で辺りを見渡している姿を見ると幸太郎は声を上げた。

 睡眠不足によるストレスで髪が白くなり始めている自分とは正反対の髪を持つ少女は、こちらを見ると涙目になりながらも走って寄ってくる。


「お兄ちゃんっ!」


 所々に切り傷のようなものがあるその小さな体が胴体に巻き付くようにはりつくと、背中をゆっくりと擦る。


「あぁ、良かった。お前は保護されてると思ったよ、一葉(かずは)


 少しずつ力を込めて抱きしめると、少しは安心したのか泣き止んだ。


俺の後悔は――――今、この瞬間だ。

過去に行けるのならば、どんな後悔があろうとこの時間に戻ってくるだろう。


 互いに家族に出会えたという安心から少しだけ気を緩ませた。

 ただ、〈侵食襲来〉の現象はまだ始まってすらもいないのだ…………


「空を見ろッ!!!!」


 そんな言葉を誰かが叫ぶと、その場にいる全員が空を見上げたことだろう。

 空間が裂け、何者かすらも分からない異形な形をした魔力の塊が姿を現した――――

 真っ白な姿をした人間のような姿をした異形。その姿は目と鼻がなく酷く恐ろしい造形であったが、翼が生えており、まるで天使のような造形をした存在が曇天の真ん中で輝いていた。

 その姿に全員が呆然としていただろう。


その瞬間――――その化け物の中から散らばるように光線が降り注いだ。


 断末魔。血飛沫。白い閃光に貫かれて死に往く人々の声無き阿鼻叫喚が視界に映る情報から読み取れる。

 それほどまでに走馬灯というものは己の死を遅延する。

 まるで時が止まったかのような、死ぬ直前に人は限界を超えて自らの死という運命を、少しでも遅くしようとする。


「一葉――――」


 その言葉を発した時には、抱きしめていた妹ごと閃光は自分の体を貫いていた。

 一瞬にして絶命に至る一撃は無慈悲にも、その場にいる人間全てに死をもたらした。

 その表情のない天使はどこか楽しげに空を旋回し、血溜まりを作った校庭に着地した。

 大人から子供まで髪を掴み体を持ち上げ、一体ずつ死んでいることを確認しては、翼を口のように変形させて喰らっていく。

 何十人と喰らっていき、最後になって周りとは少し離れていた二人の死体を見つけ浮遊して近づいていく。


髪を掴み首が軋む音を楽しむように二人の死体を持ち上げる。

胴体に穴が空き、夕暮れも過ぎた夜になりかけの空をその穴から覗き見る。

まずは一人、既に繋がっているかも怪しい小さな体をした少女を死後硬直によって固く抱きしめられた腕から引き抜き喰らう。

骨が砕ける音、血と肉を噛む不快極まる音……ゴリゴリ、ぬちゃぬちゃ、と音を立てながら体に吸収し終える。

次は、この男だ。そう思って手を伸ばす。


その瞬間――――少年の体から黒く禍々しい魔力と共に黒い閃光が解き放たれた。




 その日、とある地域が跡形もなく消し飛んだ。

 救助隊、自衛隊、騎士たちが駆けつけた時には中学校と言われている建物はなく、たった一人の少年が更地の上で眠っていただけだった。

あまりにも遅い投稿でした。

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