リアリストとロマンチスト
初投稿です。よろしくお願いします。
「マーシャ!僕と逃げよう!」
ノックもせずに部屋に入って来た男は、息を切らせてそう叫ぶ。
「…アデル、せめてノックぐらいしてくれない?」
マーシャと呼ばれた女性は、困ったような呆れたような顔で男を見やる。
「どうしてマーシャがアイツと結婚しなきゃならないんだ!あんな20歳以上も年の離れたオッサンと!マーシャ!君を愛してるんだ!今すぐここから逃げ出して僕と結婚してくれ!」
アデルと呼ばれた男は切羽詰まった顔でマーシャに詰め寄り、その手を取ろうとする。
…人の話を聞かない男のようだ…もしくはテンパって思考が空回りしているだけなのかもしれない…
「…何を突然…今更そんなこと言われたところで手遅れよ。もうすぐ式が始まるの。見てわからない?」
はぁ、とため息をつき、両手を広げて自分の姿を見せるマーシャ。
純白ウエディングドレスが窓から差し込む光に反射してキラキラと眩しい。
そう、ここは花嫁の控室。新郎でさえ入ることが禁止されているこの部屋に、この男はノックも無く入ってきたのである。
「う…だって、なかなか君に会うチャンスがなくて…それに、どうせなら式の時に駆け落ちする方がドラマチックだし!」
(何を言っているんだろう、こいつは…恋愛小説の読みすぎ?いやいや、それにしてもこれはないだろう…
ドラマチックって…そのためだけに今日来たの?)
「…マーシャ、ここから逃げて、誰も二人のことを知らない場所で二人で生きていこう。愛さえあれば何もいらない…」
ドン引きしているマーシャの心などお構いなしにそう続け、その場に跪くと、マーシャの手にそっと口づけようとする。
「…アデル…本気なの?」
震える声でアデルに問いかけるマーシャ。
「あぁ、勿論さ。ずっと君のことが好きだった…地位も財産も家族も何もいらない、君さえいればいい!」
マーシャの問いかけを肯定ととったのか、アデルがうっとりと微笑み、囁く。
「…はぁ…まさかここまで頭がお花畑だったとは…」
アデルの返答に、ため息をつき頭を抱えるマーシャ。
「?マーシャ?」
予想外のマーシャの行動に、アデルは不思議そうに首を傾げる。
「あのね、アデル、私が今ここでいなくなったらどうなるかわかってる?
残された家族がどんな目に合うか、なんて言われるか…
あなたのご両親もよ。『式直前に花嫁を攫った男』の家族というレッテルを貼られるのよ?これから一生肩身の狭い思いをしなくてはいけないでしょうね。
あなたの妹も、あなたのせいで良縁は結べなくなるわね。」
「パパもママもわかってくれるさ!」
優しく、噛んで含めるように言って聞かせるも、全く効き目がない。
常識的に説得しても効き目がないようだ。
となると本音を言わせてもらおう。
そう心に決めたマーシャは、軽く深呼吸をし、アデルを見つめると一気にまくしたてる。
「あのね、アデル、愛さえあれば何もいらない、なんて世迷言、今どき誰も言わないわよ。お金がなければ家を借りる事も食事することもできないわ。私達は毎日食事して睡眠をとらないと死んでしまうの。愛じゃお腹は膨れない。そもそもそんな荒んだ状況になってしまえば愛だの何だの言ってられない。愛情なんて曖昧で不確かなもの。明日にはなくなってるかもしれないのよ。そんな不確かな感情に惑わされるほど私は子供じゃないの。」
一気にそこまで言うと、アデルの目をじっと見つめる。
「マーシャ…?」
アデルはきょとんとしてマーシャを見ている。
何を言っているのかわからない、とでも言いたそうな表情だ。
「お金のない結婚より、愛のない結婚のほうがまだマシ。そもそも…」
さて、ここから先が重要だ。
マーシャは一旦言葉を切るとアデルの頬を両手で挟み、顔をそらせないよう固定する。
今から自分が言うことをしっかり分からせるために…
「私は、あなたの事、なんとも思ってないの。あなたは、隣に住む、同い年の男の子。それ以上の感情は持ってないの。ごめんなさい。
それに、この結婚は私が望んだことだから、逃げるなんてありえないの。逃げるのならあなた一人でどうぞお好きなところへ行ってください。」
一言一言区切り、殊更ゆっくりと、頭がお花畑のアデルにもわかるように、ストレートな言葉で告げる。
「ていうか、式直前の神聖な花嫁の控室に無断で入ってくるとか、ありえない。
分かったらさっさと出ていって。護衛を呼ぶわよ」
冷たく言い放つマーシャの言葉に暫く固まっていたアデルだが、やがてのろのろと立ち上がり、部屋を出ていく。
「…愛もお金も、両方あってこそ、よ…」
閉じられたドアに、マーシャの呟きが吸い込まれていったー
女性よりも男性のほうがロマンチストだよなぁ…と思い書いた話です。
マーシャちゃんのストライクゾーンはオジサマ。決してお金のためとかではなく正真正銘恋愛結婚だったりします。