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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

線香花火が落ちる時

作者: 雨桐ころも

「誰もいなくてよかったね」



 そう笑いながらこっちへ向かってくる沙織の手には水がたっぷり入ったバケツが握られていた。



「本当にね」



 頷きながらシュッとマッチを擦り、蝋燭へ灯す。蝋をそっと地面に垂らし、そこに蝋燭を乗せて恐る恐る手を離すと、見事蝋燭は自立した。「おおー」と歓声を上げながら、先ほどコンビニで買ってきたジュースやお菓子を並べた沙織は、楽しそうに花火を取り出した。



「ねえ、どれからやる?あえて線香花火からやっちゃう?」


「ええっ、無難にススキ花火からやりましょうお姉さん」


「それもそうですわね」



 お互い変な口調にくつくつと笑いながら適当なススキ花火を手に取り、蝋燭にかざす。すると、しゅうううっと乾いた音を立てて緑色の火花が噴き出した。


「すごい綺麗」


「ね、綺麗・・・」



 話すのも忘れて花火に魅入ってしまう。手持ち花火ってこんなに綺麗なものなのだと改めて知った。やがて光は小さくなり、辺りが真っ暗になるのと同時に無音になった。バケツに燃え殻を投げ入れると、ジュッといい音が聞こえた。



「ねえ、お互いに写真撮り合おうよ」


「私はいいや、撮ってあげるよ」


「えーいっつもそうじゃん」



 ぶつくさ言いながらも、沙織が選んだのはピンク色の可愛らしい花火で、「やっぱりな」と思った。こちらを見ながら楽しそうに笑ってみせる彼女はとても綺麗で、夢中でシャッターを切った。やがて花火が消えると、沙織は嬉しそうに駆け寄ってきた。



「どう、綺麗に取れた?」


「うん、これとかすごいよくない?」


「本当だ!さすが佳奈」



 にっこりと笑う沙織に思わず見惚れていると、一本の花火が手渡された。



「ほらほら、あと三十本ぐらいあるからいっぱい楽しもう」


「そうだね」



 渡された花火に火を灯すと、緑色の火花が噴き出した。それは赤、黄、白へと色を変えていく。あまりにも綺麗で、じっと見つめていると横から軽快なシャッター音が響いた。顔を上げると沙織がやべっと声を上げる。



「私は撮らなくていいって」


「でも、ほら見てすごくいい写真だよ。アイコンとかに良くない?佳奈、去年私とディズニー行った時に撮ったプリクラから一回も変えてないじゃん」


「あれが気に入っているからいいの、沙織がアイコン変えすぎなだけでしょ」


「はいはい、それはわるうござんした」



 唇を尖らせながらおかしな口調で謝ってきた沙織に思わず吹き出すと、沙織もつられてゲラゲラと笑い出した。



 くだらないことで笑って、小さなことで喜べる。そんな沙織と一緒にいる時間が心の底から大好きだ。その反面、もっと一緒にいたい、もっといろんなことをしたい、もっと、もっと・・・と、いつの間にか心の奥底で望むようになってしまった。そして、この感情が友情ではないと気付いてしまったのは、去年一緒にディズニーシーに行った時だった。


 入園してすぐに向かったのは、豪華客船の上で、開園直後ということでほぼ人はいなかった。そこで沙織がベンチにスマホを置いて記念写真を撮ろうと提案してきた。言われるがままスマホの前に立つと、こちらへ向き直った沙織の手には小さな箱が握られていた。



「三日早いけど、お誕生日おめでとう、佳奈」



 パカッと開かれた箱の中には花をあしらった可愛らしいゴールドの指輪がキラキラと光っていた。そういえば今日は私の誕生日の三日前だったということを思い出す。



「ほ、本当に・・・?」



 嬉しさのあまり喉の奥がぎゅっとしまってうまく話せない。どう言えばこの感謝の気持ちをうまく伝えられるのだろうかと考えていると、沙織がそっと私の右手をとって人差し指に指輪をはめた。そしてあることに気づく。



「え、待って沙織の指輪・・・」


「そう、なんと私とお揃いでーす!」



 いたずらが成功した子供のように無邪気に笑う沙織の右手の人差し指には同じデザインのシルバーの指輪がはめられていた。



「まって、もう、最高すぎる。本当にありがとう、嬉しい」


「どういたしまして・・・って泣いてる?」



 あまりの嬉しさと、驚きと、感謝とがごちゃ混ぜになって気付いたら涙が溢れていた。小さく震える私を沙織はそっと抱き寄せる。



「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ、いい一年になるといいね」



 耳元で囁かれた言葉に、ぎゅっと抱きしめ返しながら強く頷いた。その日は人生最良の日といっても過言ではないくらいに、楽しくて、幸せだった。


 後日、「送り忘れてた」というメッセージに添付されて送られてきたのは、ベンチの上のスマホが撮影していたサプライズの一部始終だった。見返してみると、あまりの恥ずかしさに爆発しそうだったが、それと同時に「好きだな」と思った。沙織と過ごす時間も、沙織のことも。この時、初めて沙織に対して抱いている感情の名前を自覚した。

 

 自覚はしたものの、それを言い出そうとは思えなかった。その頃、沙織は彼氏と別れたばかりだったし、もし、気持ち悪いと拒絶されたら?拒絶されなかったとしても困らせてしまうのでは?この関係を終わらせたくない、と無理にこの感情に蓋をしてきた。


 それから一年。色々な所へ行ったなあ、二人で遊ぶときは自然とお揃いの指輪をつけるのが習慣になったっけ、と花火を楽しそうに見つめる沙織を見ながら思い出す。



「ねえ、沙織、好きだよ」



 その言葉は自然と口から溢れていた。サッと全身の体温が下がっていくのがわかった。変に思われるかもしれない、どうしよう。誤魔化さなきゃ。頭ではわかっているのに次の言葉が出てこない。フリーズしていると、沙織が花火から顔をあげてにっこり笑った。



「私も佳奈のこと好きだよ」



 ドクンと心臓が大きな音を立てる。沙織も、私のことが好き?もう頭はパンク寸前だった。すると新しい花火に火をつけた沙織が嬉しそうに言った。



「だって、私たち親友じゃん!」


「あっ、うん、そうだよね」



 ああ、そうだよね。嘘偽りのない沙織の真っ直ぐな目が、言葉が、笑顔が、私を親友として好きだと伝えてくる。落胆しそうになるのをグッと堪える。沙織と親友でいる限り、これからも沙織と一緒にいられる。今までとなんら変わらないじゃないか。そう言い聞かせて私も新しい花火を手に取った。


 そして時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかススキ花火は遊び尽くし、線香花火もあと二本になっていた。残念そうな顔をした沙織がパッとこちらを向いた。



「ねえ、先に火が消えちゃった方が罰ゲームとしてアイス奢りっていうのはどう?」


「いいよ、やろうか」



 二人同時に線香花火をつける。パチパチと小さな火花が散ってやがてただの赤い塊になる。勝負は拮抗し、風でも吹いたら引き分けになりそうだなと思った時だった。



「あのさ、本当は誰にも言うつもりなかったんだけど、佳奈だから言うね」


「ん、何?」


「私、彼女ができたの」


「えっ」



 ボトリ。私の線香花火がジュッと音を立てて冷たい石の上へと落ちていった。



「彼氏じゃなくて、彼女?」


「そう。ほら、今私のアイコンに一緒に写ってる子」



 バケツに燃え殻を捨ててからスマホを開く。沙織のアイコンを確認すると、沙織の横で楽しそうに笑うショートカットの女の子がそこには写っていた。沙織は友達が多い。それに、誰かと遊びに行くたびにアイコンを変えているので、「初めて見る子だな」とは思っていたが全く意識していなかった。いつの間に終わったのか、気づけば沙織がすぐ隣に立って私のスマホを覗き込んだ。



「元々幼馴染だったんだけど、二ヶ月前くらいにたまたま街で再会してお茶して連絡先交換したの。そこから定期的に会うようになったんだけど、すごく楽しくて、優しくて、いいなあかっこいいなって思っていたら昨日告白されたの。断る理由もなかったし、好きだなって思ったからオッケーしちゃった」


「そう、なんだ」



 スマホから顔を上げて沙織をみると、ぎゅっと胸が苦しくなった。初めてみる顔だった。ああ、愛しいって顔してる。沙織のそんな顔を見ていたくなくて、そっとスマホをしまう。



「誰にも言ってなかったけど、私、パンセクシャルなの」


「パン・・・?」


「好きになったら女性も男性も関係なく恋愛対象になるっていうこと。親にも言ってなかったんだけど、佳奈なら私のことを否定したりしないって思ったし、親友として知っておいてもらいたかったの。このこと、二人だけの秘密にしてくれるよね?」



 もうすぐ倒れそうなくらい小さくなった蝋燭だけが私たちを照らしている。こわばった沙織の表情を見て、このことを打ち明けるのにどれだけ勇気を出したか、私のことをいかに信頼してくれているのかがひしひしと伝わってきた。大きく頷くと、「よかった」と小さく安堵の声を漏らした彼女はそっと左手の小指を差し出してきた。



「ね、ゆびきりげんまんしよう」


「いいよ」



 仄暗い川辺に二人の歌声が響く。「ゆびきった」と小指を離すと、沙織は満足そうに笑った。なんだかその顔をまともに見られなくて、私はそっと俯いた。



「じゃ、じゃあ私はジュースとお菓子のゴミをコンビニに捨てに行くついでに罰ゲームのアイス買ってくるね」


「敗者だもんねーレモン味のアイスでよろしく」


「うん、レジャーシートとかあとはよろしくね」



 オッケーという返事を聞き終わる前に、沙織に背を向け、私はゴミをまとめてコンビニへと歩き出した。


 一人になった途端、じわじわと目頭が熱くなり、とうとう涙がこぼれ出した。彼氏ができたという報告だったら、素直に「おめでとう」と祝福できていたのだろう。だけど、沙織が恋人に選んだのは私とおんなじ女の子だった。もし、沙織への気持ちを怖がらずに打ち明けていたら?もし、もし、と今となってもう遅すぎる後悔が頭の中にどんどん浮かんでくる。


 怖がって気持ちを伝えなかった情けなさと、悔しさが心の中をかき乱していく。アイコンに写った二人の笑顔がさらに私の胸をぎゅっと押しつぶした。止まらない涙を乱暴に拭ってコンビニのゴミ箱に叩きつけるようにゴミを捨ててから入店する。


 キンキンに冷えた店内が熱くなった心も体を徐々に冷やしていった。レモン味のアイスとソーダ味のアイスを手に取ってレジに行くと、私のボロボロの顔に一瞬ギョッとした店員さんだったが、何か言ってくることはなかった。


 冷えたアイスをそっと瞼にのせる。冷たくて気持ちいい。やっと少しずつ落ち着いてきた心に、ふうっと息を吐くと前から沙織が歩いてくるのが見えた。



「片付け終わっちゃったから来ちゃった・・・ってどうしたの、その目」


「目にゴミ入っちゃって、ゴシゴシ擦っちゃった」


「もう、いつも目は擦っちゃだめって言ってるのに」



 私の手からアイスを受け取った沙織は、美味しそうにアイスを頬張った。夜風に乗ってほんのりレモンの香りがする。私も食べようと包装紙を開けると、中からドロドロになったアイスが顔を出した。



「え、なんで佳奈のアイスそんなに溶けてるの?」



 ゲラゲラ笑う沙織を横目に、溶けかけたアイスを頬張ると、それは口の中で崩壊した。なんとか口に入れきったものの、キーンと頭は悲鳴をあげ、木の棒を伝って溶けたアイスは右手を濡らした。



「味の方はいかがですかな、佳奈さん」


「頬張り過ぎて味なんかわからなかったですわ、沙織さん」



 だよねと笑う沙織につられて私も笑った。蒸し暑い夜道をゆっくりと歩きながら「花火楽しかったね」と話しているうちにいつの間にか家の近くまできていて、沙織とはここでお別れだった。


「じゃあ、また遊ぼうね」



 今まで気がつかなかったが、街灯の下で右手を振る沙織の人差し指に、指輪はついていなかった。



「・・・ねえ、沙織」


「んー?」


「彼女さんに申し訳ないから、会う頻度ちょっと減らそうか」


「ええっ大丈夫だよ、私の彼女、ちゃんと理解してくれるから」


「ううん、私が嫌なの」



 真っ直ぐ沙織の目を見つめる。最初は困っていた沙織だったが、私の目を見た彼女はそっと頷いた。



「佳奈がそういうなら、そうしようか」


「うん。彼女と、お幸せにね」


「ありがと」


「じゃあ、またね」


「うん、また」



 沙織に背を向けて歩き出す。家に着いて、少し黒ずんだ指輪を外す。すると、右手がアイスのせいでベタベタになっていることに気がついた。手を洗うのも面倒でそのままシャワーを浴びた。汗も涙も、アイスでベタベタな手も全部洗い流してパジャマに着替えると、沙織からメッセージが届いていた。



「今日はありがとう、楽しかった。これ、隠し撮りした写真」



 そこには花火を見つめながら楽しそうに笑う私が、一人写っていた。「ありがとう」と返し、私も撮った写真を送ると可愛いクマのスタンプが送られてきたので既読だけつけた。



 その日、私は一年ぶりにアイコンを変えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても切なかったです。ありがとうございました。
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