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一つのメルヘン

作者: 瑞原

   『一つのメルヘン』




     秋の夜は、はるかの彼方に、


     小石ばかりの、河原があって、


     それに陽は、さらさらと


     さらさらと射しているのでありました。




 猫が近寄ってきた。と思ったら、私には一瞥もくれず、河原へ向かって行った。


 なぁんだ、つまんないの。私は落胆して猫を見送る。


 私は眠っていた。


 ―――はずだった。


 「ちょ、お兄ちゃん、朝から何を―――」


 朝だからだろ、と兄は私の上に乗ったまま、降りようとしなかった。


 一粒の汗が、ぽた。動きはしなやか。私は目を閉じる。


 「はぁー」


 溜息も出るさ。気付いたらこんな状況。


 まぁいつものことだからいっか。妥協も大事だよね、うん。


 さっきまでみていた夢。きらきらとしていたあの河原。


 せっかくいい風景だったのになー、とぼーっとしていたら、兄の動きが止まった。


 「起きろ。朝だぞ」


 「知ってるよ」


 兄はそのまま浴室へ向かう。私はそのまま布団にくるまる。


 なんの変哲もない。日常茶飯。


 「なーんでこうなっちゃうかな」


 思わず声に出してしまうほど。思い詰めてはいた。


 自分の力だけでは変えられないこの日常に、嫌気がさしているのは、事実だ。




     陽といっても、まるで硅石か何かのようで、


     非常な個体の粉末のようで、


     さればこそ、さらさらと


     かすかな音を立ててもいるのでした。




 「あ、あの猫」


 私に見向きもせず、河原へ一直線だった猫を見つけた。もちろん河原で。


 別に猫目当てで来たんじゃないよ? 私も水が欲しかったから来ただけなんだからねッ!


 手で少しすくって水を飲み、流れを眺めていると、いつの間にか猫はいなくなっていた。


 「起きろ。朝だぞ」


 「―――知ってるよ」


 起こされた。この前の夢が、続いてた。


 「最近俺以外の人としてるだろ」


 朝食の時間に言うか? そういうこと。


 「別に関係ないでしょお兄ちゃんには」


 「ある。大いに関係ある」


 「何でよ」


 「俺がいなくなったらどうする気だよお前」


 「え? そんなの―――」


 そんなの考えたこともなかった。だっているのが当たり前。てゆか話題それてよかった。


 「いなく、なっちゃうの?」


 「別に関係ないだろお前には」


 「ある。大いに関係ある」


 だがこの日常に刺激が欲しいのは確かである。


 もし兄がいなくなっても、それなりにやっていけるような気がする。


 でもなぁ。まだ私は高校生だし。


 「で、誰としてんだよ」


 「うわ話戻ったー」


 「怒らないから、言ってみ?」


 あ、この笑顔やばい。絶対言わない方がいい。


 「し、知らないっ」


 「じゃぁこうするしかないな」


 ちょうど私がマグカップをテーブルに置いたとき。兄は私を倒した。


 また始まるのか。耐えればいいんだ。慣れている。




     さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、


     淡い、それでいてくっきりとした


     影を落としているのでした。




 「あっ」


 その影がきれいで。河原に映える陽よりもきれいで。


 息をのみ、羽を休める蝶を見つめる。黒い縁、淡い蒼。


 洗練されたその動きは可憐だが、どうして、しなやかな兄の動きを連想させる。


 あぁ、私もついに病んできたかなー。


 「起きろ。朝だぞ」


 「―――知ってるよ」


 いつの間にか兄は私の上で汗をかいていた。夢と現実ってつながってるんだ。


 「今日で終わりだ。実の兄のところへ帰れ」


 そう言って兄はそのまま浴室へ向かう。私はそのまま布団にくるまる。


 え、帰れって? 今日で、終わり?


 疑問を抱えたまま、兄の後にシャワーを浴び、朝食の席に着く。


 「帰るってどこに?」


 「自分の家だろ。もう3年も帰ってないと、忘れたか?」


 「ううん、覚えてるけど―――」


 そっか。そんな契約とかなんとか言ってたっけな。


 「え、でもお兄ちゃんはどうするの?」


 「もうその呼び方いいよ、前みたいに―――『秋先輩』って言って」


 目の前の『兄』、秋先輩は、そう言いつつもちょっと寂しそうな顔をした。




     やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、


     今迄流れてもいなかった川床に、水は


     さらさらと、さらさらと流れているのでありました……。




 「お兄ちゃん、ただいま」


 家の前で待っていた。スーツ姿の兄が、帰ってきた。


 「おかえり」


 3年ぶりに会ったのに、何ともない様子。ちょっとがっかり。


 「お兄ちゃんに見せるのは初めてだっけ。どう? 似合ってるかな、この制服」


 私も普通にする。本当は今すぐにでもぎゅってしたいけど。我慢。


 「似合ってるよ」


 兄が家の鍵を開ける。続いて私もなかに入る。


 「あのね―――契約が切れたの」


 「うん」


 「だから、帰ってきたの」


 「うん」


 「だから、また、一緒に、暮らしてもいい?」


 「いいよ」


 「ほんとに?」


 「だからいいよって」


 拒まれなかったのが嬉しくて、思わず抱きつくが、案の定それは嫌だったらしい。


 私は倒れる。慣れている。私はまた立ち上がる。慣れている。


 「お兄ちゃん、好きだよ」


 「僕は嫌いだよ」


 「うん。知ってる」


 慣れている。それでいい。変わってない。


 かつての自室は、几帳面な性格の兄が掃除してくれていたらしく、片付いていた。


 私はバッグから写真を数枚取り出し、丸い卓袱台に並べていく。


 笑顔を貼り付けた秋先輩と、赤い絨毯と、女の子が写っている。


 「さて、今度は私の番だね」


 これからのことを想像し、大いに笑った。




Fin.



引用:中原中也『一つのメルヘン』


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