3話 犯人は多分ハゲ
次回配信回とか言いながら始まらない配信。
スミマセンでしたぁ!!
階段で何回か青白い手に足を掴まれ、思いっきり踏み返してようやく4階にたどり着いた私は私の部屋―――405号室―――の前に立っていた。
「おや、おはようございます、ミアさん」
丁度二つ隣の部屋のドアが開き、陽気そうな青年が顔を出した。
「おはようございます、勇介さん。
昨日は随分と酒を飲んでたと思いますけど、元気そうですね」
彼は山下勇介。
このマンションの近くにある大学に一昨年入学し、つい最近家賃が安いここに引っ越してきたのだ。
さて、私が元気そうな様子の彼を見て驚いたのには理由がある。
昨日はこのマンションの住人たちで集まって共用の集会場で宴会を開いたのだ。
彼は一杯飲んだだけで前後もわからなくなるレベルで酒に弱いのに、昨日は五杯近く飲んでいた。
自重という言葉を彼は覚えた方が良い。
さすがにこれは不味いと思った私はそろそろ彼を退席させた方が良いと主張したものの、他の住民たちは悪乗りを始めたのだ。
まあこのホラーマンションに長く住んでい居る住民は(私以外)皆どこか頭のねじが外れている連中なので、良識というものを安易に求めてはいけなかった。
そして始まった阿鼻叫喚の地獄。
結果、彼は思いっきり吐くわ、ゲロの上に倒れるわ、それを私が看病する羽目になるわで散々な結果だった。
まあそのおかげで酒を飲みすぎることもなく、私の配信活動に支障が出ないという点では喜ぶべきか。
「よく怪談話とかで恐ろしい体験をしたときに酔いが一気にさめる描写があるじゃないですか。
そういう意味ではこのマンションって酔い覚ましに一番効果的だと僕は思うんですよね」
そうにへらと笑いながら、勇介は頭をさする。
定期的に死人まで出るホラーマンションだが、長く住民は大なり小なり心霊現象に対する耐性があったりする。
というか、このマンションの幽霊たちをまともに相手していない。
昨日だって私の後ろにいつもへばりついているびしょ濡れ女は別として、腰胸首の三か所でそれぞれ90度づつ体がねじ曲がった幽霊が会場に乱入してきたが一同無視orむしろ笑いの種に変えていたほどだ。
つい三か月前、そのねじ曲がり幽霊に精神をやられて退居していった女子大生がいたのにだ。
「まだ入居して半年なのに大分ここに慣れましたね」
「僕の家にもそういうのはたくさんいましたからね」
彼は、私の肩越しに『死ネ...死ネ』と呪詛を吐き続けるびしょ濡れ女を指さしつつ言う。
「じゃあ、こいつの消し方もわかりませんか?
ここに入居して以来四六時中ストーキングされて、街中じゃあ”見える人”に『うわぁ...』って目で見られるのがつらいんですよ」
しかもこのびしょ濡れ女、ホラーマンション付近なら”見えない人”でも見えるらしく始めて喫茶店に行った時なんかすごく居心地が悪かった。
まあそれでも大人しい方で、入居したばかりのころは寝ているときに首を絞められたり、部屋の窓から突き落とそうとしたりしてきたものだ。
確か私が殺せないと理解した後、今のような呪詛吐きマシーンにジョブチェンジしてきたんだっけ。
まあ何にせよ『死ネ...死ネ』五月蠅い。
その言葉をそっくりそのままお返ししてやろうか?
あ、もう死んでたか。
「僕は怪異現象には慣れていますけれど、その対処法は全く知らないので何とも言えないですよ」
「こちらこそ無茶ぶりみたいなことしてごめんね」
申し訳なさそうに頭を下げて見せる彼にこちらも気にしないでいいと声をかける。
その後も廊下で雑談を繰り広げたが最後に彼は面白い一言を残していった。
「あ、そうだ。
大家さんから聞いたんですけど、ここのマンションに来週新しい入居者が来るらしいですよ」
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部屋に入った私は、先ほどの言葉を頭の中で何度も反芻した。
いやだって普通の感性をした人がこのマンションに来るわけないし。
ネットで検索すればいくらでもうちのマンションに関する噂が書き込まれているし。
大島〇る見てる?
多分他でも見たことがない絵面が見れるよ。
普通はオカルト方面は抜きにしても、その地域についてある程度のリサーチはするものじゃあないのかな。
などとまだ見ぬ入居者について考えながら普段から配信用に使っている部屋の前に立つと、足元からぬちゃっという音と一緒に粘着質なものを踏んだ感覚が伝わってきた。
「うへぇ...掃除めんどくさ...」
足元を見ると、髪の毛のようなものがドアの隙間からはみ出ていた。
その髪の毛はなぜか少しぬめり気があって、試しに手で触ってみると透明な液体が糸を引いた。
これフローリングの床だったからまだ良かったけれど、畳だったら間違いなくキレてたところだった。
まあ掃除という手間の分だけ下手人に天罰が下りることを望むことにしよう。
ドアを開けると、部屋の中は予想通り悲惨な有様になっていた。
部屋一面に髪の毛と謎のぬめり気のある液体で一杯になっていた。
いやどこからそんな毛量を用意してきたんだと思わず声に出して突っ込んでしまったが、誰も返事をしない。
私の頭の中での下手人像が禿げたおっさんに変わっていくことを自覚しつつ、部屋の被害状況を確認する。
幸い、被害にあったのは床だけで、配信に必要な機材の数々はすべて机の上に置いていたためか被害を免れていた。
配信まで2時間半の間にこの惨状を何とか修復しないといけないのかと思うと、憂鬱になるのだった。
因みに延長コードは全滅していた模様。