2話マスター「毎度店の床が濡れて掃除するはめになるんだけれどどうにかして」
ブクマが付いたことに驚き。
見切り発車だったけれど、何とか二話書きました
「おはようございます」
喫茶店のドアベルがチリンと音を鳴らし、私の来訪をマスターに告げる。
部屋を後にした私はマンションの近くにある喫茶店にいた。
ここは毎朝私が朝食を摂りに来ている喫茶店だ。
...ごめん、嘘ついた。
三食ここの喫茶店で食べてます。
だって仕方ないじゃん。
ある日は包丁を持つと無意識のうちに自分を刺そうとしては手から包丁が叩き落され、また別の日には顔が二つある男の異形の幽霊に包丁を奪い取られて投げつけられる。
ぶっちゃけ料理ができない。
実質外で食べるか、弁当を買ってきてレンチンするかの二択。
結果、私は毎日この喫茶店『遊星』に通い食事をするのだ。
閑話休題。
ここの喫茶店は昔からこの地にあるらしく、今のマスターで3代目とのことだ。
建物自体はつい最近耐震性に不安があるとか言って建て直したばかりなので、内装は意外と奇麗だったりする。
私を含め、常連の人達は『大分印象が変わった』と言うほどだ。
今の喫茶店は日の光が十分に差し込んでくる開放感あふれる爽やか系なのに対し、昔は隠れ家的な怪しい雰囲気漂うノスタルジックな喫茶店だった。
個人的には以前の方が好きだったが、この喫茶店はマスターのものなのだから特に異論はない。
「おや、ミアちゃんか。
いらっしゃい、今日もいつもので良いかい?」
今年で60になり最近白髪としわが目立つようになってきたマスターは、優しげに笑いながら私に問いかける。
「うん、ありがとう」
いつも座るカウンター席の端に陣取りながら今日のスケジュールを頭に思い浮かべる。
今は土曜日の朝9時。
ゲーム配信自体は午後1時から。
一応開始前に機材のチェックをしておきたいし、昼ご飯は家で食べた方が良いだろう。
...いやまあ食べなくても生きていけるんだけど。
一か月飲まず食わずの断食をしたことがあるけれど、結局死ねなかったし。
何なら体が弱る気配さえなかったし。
でもいくら食べなくても生きていけるからって、食事を摂るのは少し楽しい。
いくら自殺願望を抱いた人だからってやっぱり美味しいものは美味しいって感じるし、そこにほんの少しの安らぎだって得ることが出来る。
うん、だからこれは余計な出費ではない。
「はい、いつものモーニングセットだよ」
卵がしっかりとしみ込んだフレンチトースト、ハムやコーン、キャベツなどを盛り合わせた簡単なサラダにマスター独自のブレンドコーヒー。
この喫茶店でのモーニングセットと言えばこれだ。
どれも食材から調理法までマスターが拘っているらしく、本当に美味しい。
というか、この喫茶店で出される料理はどれも美味しいし安い。
その割にはこの店はあまり客足が多いほうではない。
個人的に決めたこの近辺の七不思議のひとつだ。
なおホラーマンションに関連する内容は一つたりとも混ざっていない模様。
あ、そうそう危うく私の昼ごはん問題を忘れるところだった。
「マスター、今日のお昼は部屋で食べるから持ち帰り用にもう一食分頂戴」
マスターは何も言わずに頷いて見せ、持ち帰り用の容器を用意して料理を始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ごちそうさまでした。
今日も美味しかったよ、マスター」
「どういたしまして」
マスターは嬉しそうに笑いながら、私に『はいこれお昼ご飯の分ね』とビニール袋を手渡しする。
「本当にありがとうございます。
家で料理するのは大変ですから...」
会計を済ませながら、お互いにとりとめのない話をする。
15年前の私では考えもつかないような普通な日々。
そんな日々を今私は過ごしている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【マスター視点】
「さようなら」
そう手を振りながら店から出て言った女性はこの店に来る常連たちの中では有名だった。
「マスター、あれが噂の子?」
つい最近私の店に通うようになった男から、緊張と興奮の混ざった声で質問される。
「そうだねぇ」
なぜ彼女が有名なのか。
勿論彼女の異国風の容姿や、その見た目に反して意外と高い実年齢や...まあ圧倒的に容姿にまつわる要素が多いけれどそれはまだ些細なことだ。
彼女が有名な最大の理由。
それはいつもこの店に入店するときに、びしょ濡れの女性の霊を後ろに従えているからだ。
最初に彼女と会ったときはとても驚いた。
まだ高校生くらいに見える彼女の後ろで、びしょ濡れの女性が紫がかった口から『死ネ死ネ』とずっと連呼していた。
それに対して彼女は無言で蹴りを入れたのだ!
その異様な光景に警察を呼ぶべきかどうかを悩んだが、すぐにあることに気が付いた。
当時、私の店は隠れ家的な雰囲気を出すためにあまり明るい照明は店内では使っていなかった。
それでも人が通れば影はできるし、それはカウンター越しでもよくわかる。
それにも関わらず、びしょ濡れの女には影がなかったのだ。
それは既にその女がこの世のものではないことを示していて震えあがりそうになった。
しかしだ、一方の憑りつかれている側だった彼女は明確にその例を認識しているにもかかわらず、まったく気にしていなかった。
勇気を出して訊けば、最近ホラーマンションに引っ越して以来ずっと付き纏われて鬱陶しい、何度言っても離れないからもう無視することに決めたと言うではないか。
もっと気にするべきだろうとその場にいた全員が思ったが口にはしなかった。
彼女が店を後にした時は常連たちは皆口を揃えてそう遠くないうちに死ぬだろうと憐れんだ。
ホラーマンションはその付近に住むものならだれもが知っている心霊スポットだ。
何人か定住している人はいるものの、多くは入居してからそう遠くないうちに退去している。
そんな場所に暮らし、明らかに害意のあるモノに憑りつかれてしまった彼女は近いうちに死んでしまうだろう。
薄情なようだが私たちにはどうしようもないことだ。
彼女のことはすぐに忘れてしまった方が良いと誰もがそう思っていた。
しかし予想に反して彼女は半月経っても来て、一年たってもピンピンしていた。
そのころにはもう既に彼女とよく話すようになり、すっかり常連の一人としていついていたのだ。
彼女が常連の一人となるころには既にびしょ濡れ女に対してもある程度慣れては来ていたが、当時の喫茶店の内装だと恐ろしさが強調されてしまう。
丁度建物の耐震性にも不安があったことだし、これ幸いにと喫茶店をリフォームしてみた。
今では日の光を浴びる幽霊何ていう摩訶不思議な光景がよく見られるようになり、意外と皆楽しんでいるようだ。
ただ最近あることが気になり始めている。
彼女はよく三食をここで食べているのだが、彼女は働いているんだろうか?
そう、喫茶店の窓から見えるホラーマンションを見ながら少し彼女の将来について不安になるのだった。
次話投稿明後日になるかも
(やっべなんも考えてねえよ...どうしよう
せや、もう次回一気に配信回にしたれ)