8別れと決意
「あれ、ここどこだ?」
後ろを振り返ると、さっきまでの空気感はどこにも無かった。
ラノイは歩きながら息を整える。
この国の地理も分からぬまま走ったこともあり、今いる場所がどこかはわからない。が、周りには商店や民家はいくつかあるから、迷う心配はなさそうだ。
「それにしても……」
ラノイはふとさっきの出来事を思い出した。
目の前に立っていた男が、突然膝から出血し、崩れ落ちる。
この奇妙な起承転結が、なぜかさっきから引っかかる。
あの場にいた誰かが攻撃したのではという考えが頭に浮かぶ。
確かにそれもなくは無いが、あの時は皆見ていただけだったし、それにもしこれが本当ならなぜラノイが割って入る前にその攻撃をしなかったのかが疑問だ。
だとすると、次の可能性はラノイの復元魔法である。確かにあの時、「復元」と唱えた。それはラノイ自身もはっきりと記憶している。
しかし、そうなると別の疑問が湧き上がる。
あの時、何を復元させたのだろうか。
傷を復元したと言うのなら、傷は治るはずだ。となるとあの出血と矛盾してくる。
やっぱり、誰かが魔法をつかったのか。
それとも、未だ知らない復元の効果なのか。
考えれば考えるほどに、ラノイの頭は混乱を極める。
終わりの見えない脳内推理にうんざりして、ラノイはひとまず考えることを辞めた。
そして気持ちを切り替え、近くの店に宿屋への行き方を聞きに行った。
夜、ラノイはチョウカの部屋を訪ねた。
「……ってことがあったんですけど」
ラノイは事の顛末をチョウカに話した。
「んー、可能性としてあるなら君の付加が発動したかなぁ」
「……付加?」
聴き慣れない名前にラノイは戸惑った。
「うん、付加。簡単に言えば魔法を補助する魔法かな。魔法を取得すると同時に付くんだ。人によって種類も発動の仕方もバラバラ」
「は、はあ」
「おそらく、その膝から流血したのもラノイ君の反転の付加だと思うよ。」
「あー、そうですか……ってえ? 今さらっと僕の付加言いませんでした?」
「うん。前鑑定した時分かってたけど、君何も言ってこないから、聞かれたら言おうと思って」
「いやいや言ってくださいよ!」
ラノイは思わず突っ込んでしまう。
「あ、そうだ」
突然、チョウカは思い出したように言い出した。
「どうしたんですか?」
「僕たち、もう少ししたらこの国を出ようと思うんだ」
「もう少しって、いつですか?」
「明日かな」
「明日ぁ⁉︎」
あまりにも突飛な展開に、うまく言葉が出てこない。
「本来の予定より遅れているし、ほぼ準備は終わったからね」
「あ、そうなんですか」
「どうだい、一緒に来るかい?」
「え……」
ラノイはすぐに返事が出来なかった。
短い旅ながらも多くのことを教えてくれたチョウカ達には感謝しかない。そして今も、チョウカはこうして共に旅をしないかと提案してくれている。
ここまで親身にされたことはない。無いからこそ、自分なんかで良いのかと余計に思ってしまう。
揺れる心が、無意識に喉を締め付ける。
「明日の朝、僕らは宿屋の前に待機してるよ。もしオッケーならそこに来てくれ」
「……わかりました」
ぎこちなく返事をすると、ラノイは部屋を後にした。
次の日。朝靄が立ち込める中、チョウカ達は宿屋の前にいた。
「来るんですかね」
昨夜の話を聞いたリルは、疑わしそうな顔で立っている。
「そればっかりは僕にも……お、話をすれば」
言われた通り、ラノイはチョウカたちの前に来た。
「一緒に行くかい?」
「そのことなんですが」
ラノイは、ゆっくりと喋り始めた。
「誘われた時はほんとに嬉しかったし、ありがたいと思いました。でも、このままじゃまた足手纏いになるんじゃないかって、結局何も変われないんじゃないかって思ったんです。だからまず自分の力だけでやってみようと思ったんです。すいません」
「そうか。それなら仕方ないよ。君の人生、選ぶのは君だからね。じゃあ僕たちはもう行くよ。またどこかで」
「はい、またいつか」
そういうと、チョウカ達は荷馬車に乗り門へ向かって行った。
静かな朝に、荷馬車の音が響き渡った。
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