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関係を持ってメリットのない人間の、メリット

作者: 久賀 広一

若いころ(近ごろ急に老成してきた気がするので、しばらく前)なら、なかなか立ち直れなかったんですけどね……


昨日の昼、しばらく会わないでいた、酷い人間と出会いました。


「……あっ、兄ちゃん」


コンビニの駐車場に車を停めて、店に入ろうとした時。

声をかけてきたのは、自分と同じ40代前半か、少し上くらいの男性。


「ここらで○○道って言ったら、どこになるんや?」


どうやらその人は、僕が住んでいる県には初めて来たらしく、運送関係の仕事で、その挙げ句に荷物を配送するバイクをこけさせたとかで、足がない様子。


「一番近い高速のインターまで行きたいんや。どれくらいかかるやろう?」


その人も田舎の出身らしかったが、僕の現住所もなかなか凄まじい場所である。


「荷物は運び終えたけど、バイクは事故処理で持っていかれた……スマホは故障して、タクシーを使うお金はない……最寄りのインターまで、会社の人が迎えに来るんですか。二つ隣の町になりますから、ここから歩いてだと、だいたい三時間くらいですかね(相手の心を折らないよう、いくぶん短めに伝えて)」


なんのかんのと上手くいかないやり取りがあった挙げ句、そういう話になった。


そして、「そのインターに行く途中の、一番近いコンビニは?」と聞かれて、ここから30~40分くらいの歩きですね、と伝えると、相手はキレた。


僕は自分の感覚が普通、といつも考えてしまうタイプだから、ふだん1日2万歩(じゃく)歩くので、事故にあった非常時という状況も含めて、数時間くらいの徒歩は当たり前と思ってしまう。


そのノリで話すと、

「兵庫の人間はアテしてなかったけど、ホンマにあかんな!(関西弁ではなかったかもしれないが、よく聞き取れなかった)」


そのまま、店前からコンビニの中に入ってしまった。


……まあ、これだけだと普通の話に聞こえないこともないが、割にひどい話である。


何とか、僕が相手の混乱していたり、矛盾する話の中から情報を拾い集め、向こうの状況とこちらの地理についてアドバイスしたつもりだったが、僕だけではなく、兵庫県民すべてが否定されてしまった。


再度向こうの話から推察するに、それまで声をかけた数人にすげない対応をされたからのようだが、そもそも彼の話の始め方とその説明が、かなり無茶苦茶なのである。


「俺は困ってる。お前助けろ」


という感じで迫ってくるのだ。


どうやら、人情の厚い雪国(これも勝手なイメージだが)で育ったような口ぶりだったが、自分のくにのルールを、よそでそのまま通用させる、というのがかなりルール違反なのだ。


僕の地元は兵庫だが、同じ関西弁でも”きつい””攻撃的すぎる”と言われることがある播州ばんしゅう地方(播州弁)の人間であり、それでも公共の場に意見を発表するときは、自然と標準語ーーと本人は思っているーーに近くなっている。


郷に入っては郷に従え、というのはある意味真実であり、そこに根付いた集団を無視して自分ルールを通そうとすれば、待っているのは拒絶だけである。

……例外は創造分野で、製品でも環境でも芸術でも、「新しい価値」があれば受け入れられることもあるわけだが……


とにかく、そのコンビニ前で出会った男性は、一見ひどいように感じられた。


僕が買い物を終えて外に出た段階で、他に声をかけた人間に警察を呼ばれていたから、客観的にもひどかったのだと思う。


それなりに人情が感じられる話もしていたから、何も通報しなくても……と思ったが、まあ受け取り方は人それぞれだろう。


自分としてもそれなりに用事があったから、「国道沿いのコンビニまでなら送りますよ」と声をかけ直したのだが、それも警察の介入でうやむやになってしまった。


冒頭に書いたように、今より若い頃ーーさらに未熟な頃なら”いったい何だったんだアイツは!”ということになっていたと思う。


乱暴な口調から、イラッときて、それがあとを引いて……


しかし、そこそこの年月を生きる、というのは悪くないこともあるのだ。


降ってわいたような内容だけど、これ、今度友人と飲むとき話したら、ウケるだろうなあ、と一人(えつ)に入ってしまった。


変わっている人間、普通には説明できない人間というのは、一見理解され難い部分があるのだけど、なぜか「分かる! そういう奴いる!!」と瞬時に盛り上がるネタになりやすいのである。


たとえば無難に、「あの~実はこういう状況で、ここに行きたいんですけど……」とうまく説明され、「ああ、それなら駅までこうですね」という話だと、何のネタにもならない。


SNS関連にも上げようがないので(”なろう”と調べもの以外ネットにはほぼ関わらないので、言えた義理ではないが)その場限りの出来事になってしまうのだが、「付き合っていたくない。メリットもない」酷い人間ほど、話題になって盛り上がるという、そこそこの背反メリットが生じてしまうのである。


禍福はあざなえる縄の如し、とは言うけれど、あまりに理不尽な事態は別にして、”ちょっとした異常なこと”、は相応の利益も同時にもたらしてくれるのかな、と思えた出来事でした。


『交通事故に遭った時は、宝くじがよく当たる』という逸話があるように、世の中はやはり、それなりにうまくできているのかもしれませんね。


「……」



ーーのちに、用事をすませてからまたコンビニに寄ってみたが、さすがに数時間経っており、もう男性はいなくなっていた。


……今なら、往復一時間ほどだから、インターまで送ってやれるんだけど……

さすがに、警察ともめた場所に長く留まっていることもないのかもしれない。


帰り道、いくぶん寂しさを感じながら、車を走らせることになった。


僕としては、あちらの対応があんまりだと思っていたのだが、やはり、支離滅裂な話を勝手に繋ぎ合わせて色々対応したこちらにも、何か非礼があったのかもしれない。


国道に出れば別のトラック運送業者に乗せてもらう案もあったし、そこらを探してみたのだが、もう男性を見つけることはできなかった。


会社の同僚が近くまで迎えに来てくれたのかどうかは知らないが、そうでなければ、彼は高速道路までの道筋を、一人トボトボと歩いていったのだろうか。

……もしくは、失意の中、最寄り駅までの30分を。


一期一会とは言うけれど、なかなかうまくいかないもんだな、と彼の後ろ姿を想像し、ちょっとしんみりしてしまった。











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