アリサ3
「当分の間はパーティーには出なくて良いからゆっくりしていなさい。暇なら王立図書館なら行ってもかまわないよ」
そう言ってお父様は私に灰銀の首飾りを渡してくれた。
これは貴族の身分証明書のような機能があり、王宮にも出入りが出来る。
高位貴族は複数持っているらしいが、家みたいな下っ端男爵家には一つしか配布されていない。
とにかくお父様がいなくても王立図書館に入れると言うことだ。
ひゃっほー!
私は手の空いていた従業員のエマを伴って早速王立図書館へと向かう。
至福の時だった・・・
過去形である。
王立図書館は王宮の中ではあるが外壁沿いに有る。
本は貴重な為、貴族か一時利用の申請をして許可を受けた者でなければ利用出来ない。
だが今日はお父様が貸してくれた灰銀の首飾りがあるから申請しなくても入ることが出来る。
お貴族様バンザイ!
私は三階のお気に入りのスペースへと向かい、確保したキャレルにまだ読んだことの無い恋愛小説を三冊積み上げた。
今日はそろそろ帰らないかとか、お腹がすかないかいと言ってくるお父様もいないので夕方まで読書三昧だ。
こっそり昼食代わりの高カロリーマイトとリポGも持ち込んでいる。
連れてきたエマも私の後ろにある従者用の椅子に座って本を読んでいた。
しかし彼女の読んでいる”馬鹿でも分かる歩兵戦術論”って面白いのかしら?
そして日が傾き始めそろそろ帰ろうと下へ降りる階段に向かっている途中、一階から図書館にふさわしくないざわめきが聞こえてきた。
私とエマは一階のホールをのぞき込む。
この図書館は五階建てで中央は吹き抜けになっていた。
「あらあらオルドリーネ、貴女が本に興味があったなんて初めて知りましたわ。画集なら四階にございましてよ」
「其方が画集の場所を知っているとはな、美になど興味が無いのだと思っていたので驚いたぞ」
忘れもしないこの声とこの名前、”難しい文字は読めないでしょうから絵なら四階よ”と言った令嬢は体当たりしてきた青年の関係者だ。
それと”遠回しに美しくない”と言い返した男に守られているオルドリーネと呼ばれた女性はあのとき多数の美男集団にいた女性だ。
関わりたくないな。
そうは思うのだが激しい口撃が飛び交っているのはこの図書館唯一の出入り口である。
帰るならそこを通らないわけには行かない。
なんと悪らつな。
しかしここは王宮内の図書館だ。
司書がこの場を収めてくれるはずである。
「司書長、これ以上の騒ぎはこまります」
「うるさいぞ!オルドリーネのことを愚弄されて黙っていられるか!!」
あ、美女を後ろに庇いながら積極的に騒ぎを大きくしているあの人がここの一番偉い人だ・・・
困ったことになった。
このままでは妹との癒やしの晩餐に遅れてしまう。
後ろの方をこっそり通れば大丈夫だろう。
私は拳を握って歩きだそうとした。
「なりませんお嬢様、この戦力差で今あちらへ向かうのは死に行くようなものです。今は機を待つべきかと」
エマが私の肩を掴んで首を左右に振る。
振り返った私をエマの鋭い視線が貫く。
「分かったわ。しばらく様子を見ましょう」
私たちは下の騒ぎが収まるまで、安全な三階で待つ・・・つもりだった。
「そこのおまえ!そうおまえだ!!」
今は遠くに旅立たれたお母様が”あまたの困難がその身に降りかかるかもしれませんが、決して諦めてはいけませんよ”と言っていた意味が少しだけ分かったような気がする。
振り返った私が見たのは見目は良いどこぞのご子息様だった。
エマが前に出ようとするが着ている服を見れば高位貴族だと分かる。
それにこの声
「良いの控えていなさい」
エマはなにか言いたそうだったが私の言葉に従ってくれた。
相手はとても失礼な態度でとても友好的とはいえないが、高位貴族であり後ろには帯剣してはいないが屈強な男がいる。
「ブルシュバーン男爵家が長女アリサと申します」
私は表情を殺して頭を下げる。
「そんなことは分かっている。さっさと礼を言え、そうすれば許してやる」
雲上人の考えは我ら下々の者には理解できないことがある。
「申し訳ございませんが、お言葉の意味を理解できておりません」
私は頭を下げたまま答えを返す。
「同じ男爵家の令嬢でもオルドリーネと違って理解力がたりぬようだな。なぜ父上はこのような女に謝ってこいなどと・・・」
彼の言葉で大体の事情は分かった。
この男は下で騒いでいるオルドリーネ嬢を囲んでいた美男の一人で、あの事件の時に私の転倒を妨げた後、地面に放り投げて天界への道を開きかけた男だ。
こいつが両者が対峙する中心へ私を放り投げなければ男たちに踏まれて死にかける事もなかったのだ。
そのことでこの男の父親は私に謝ってくるようにと叱ったのだろう。
で・・・だから何?
何にお礼を述べて許しを請わねばならないの?
「あれを返してもらう為には・・・ああ面倒だ。おい、こいつを少しかわいがってやれ。そうすれば少しは素直になるだろう」
言葉を発しない私に業を煮やしたのか男は後ろの従者にとんでもないことを命令した。
その瞬間私の体が後ろに引かれる。
「逃げますよお嬢様!」
私は手を引かれるまま走り出した。
一拍遅れて男たちが私を追いかけてくる。
エマは椅子などを倒して男たちの進路を妨害する。
そして二階への階段を下りたところで私を柱の陰に押し込んだ。
「私に何かあったら故郷の弟のことをお願いします」
そう言ってエマは走り出した。
男たちは私に気付かずにエマが逃げた方へと走って行く。
私は無力だ。
それに追われているのは私だからエマだけなら逃げられるはず。
私は自分にそんな言い訳をしつつ柱の陰に隠れていた。
それからどれくらいの時が過ぎただろうか。
「お嬢様・・・」
そこには頬に血を付けたエマが苦しそうな表情で立っていた。
よく見ればその拳も赤く濡れている。
「良かったエマ、無事だったのね」
私はエマに抱きついた。
「お、お嬢様、汚れてしまいます」
エマはあたふたしているがそんなことはどうでもよい。
「大丈夫、大丈夫よ。もし駄目だったら二人でお母様の元へ参りましょう」
どうやったのかは分からないが、おそらくエマは二人を亡き者にしたのだろう。
私の為にここまでしてくれた相手を見捨てることなど出来ない。
私は死を覚悟した。
「ところで二人の死体は何処に隠したの?」
「・・・・・」