アリサ1
「あらアリサ、そのドレスはミレーヌ商会の物ではなくて」
「分かるんだエミリア、誕生日のプレゼントにお父様に買っていただいたの・・・まあそのせいで今年はこれ一着しか買ってもらえなかったけどね」
「・・・」
「だ、大丈夫よ。わたくし体型は変わってないし刺繍と繕い物は得意だから、お古をリメイクしたりニコイチしたりでなんとかなるわ」
「相変わらず方言がひどいわね。あとそれあまり言わない方が良いわよ」
「わ、分かってるわよ。こんなあけすけなこと言うのはエミリアにだけよ」
「はあっ・・・アリサここがガーデンパーティーの会場だって分かってます?周りは地獄耳の亡者でいっぱいよ」
「・・・気をつけるわ」
私が頷くとエミリアはにこりと笑って会場の人混みに消えていった。
さて、これからどうしようか?
先ほどまではお父様に連れられて挨拶回りをしていたが婚約につながるような年の方はおらず、同伴者も同様だった。
会場内には同年代の見目麗しいご子息様たちがいるのだが、着ている服を見ると私から話しかけるのは難しい感じの人たちだ。
女性の服装規定はないに等しいが、男性には家格や国内での発言力などで不文律の決まりがある。
エミリアの紹介で入り込めたけれど婚約者捜しには向いていないわね。
まあお父様は挨拶回りの途中で別室に消えていったから、特産品の象牙細工などの売り込みには成功したみたいなので決して無駄ではないのだけれど・・・
私が会場内の美男美女を鑑賞しつつ歩いていると、視界の端にとんでもない物が映った。
馬鹿な!チョコレートケーキだと・・・
私は立ち止まりゴクリとつばを飲む。
チョコレートは南蛮渡来の高級品
それを生地に何層も挟み込み、表面総てをコーティングしているとはなんと贅沢な。
我が家でも少しくらいならチョコレートを買えないわけではないが王都か貿易港のナガサでしか売っておらず、領地にいる時は輸送費などの関係で手に入れることが出来なかった。
チョコレートケーキを運ぶ使用人を目で追いかける。
どうやら高位貴族たちが談笑するテーブル席ではなく、フリーのお菓子コーナーに運ばれるようだ。
さっき確認したときにはなかったはずだ。
見落としたとでも言うのか。
私は進路を急速反転してかろうじて優雅に見える速度で使用人の後を追いかけた。
そして談笑中の美女と多数の美男の脇を通り抜けようとしたその時、右側から妙な気配を感じて振り向いた。
ドン!!
私は鬼の形相で突っ込んできた青年の体当たりを受けバランスを崩す。
痛い!!!!!
どれだけ勢いがついていたのか青年の突進は私の腹部に強烈な打撃を与え、その手に持っていたグラスから大量のワインが降り注ぐ。
私と青年がもつれるように倒れる瞬間
「おっと、大丈夫かい」
反対側にいた美男の一人が私の肩を抱きしめるようにしっかりと支えてくれた。
「@う#%ぐ!!」
「大丈夫かいレディー?それと君、レディーから離れて謝罪してはどうかね」
支えてくれた男はおそらくにこりと私に微笑み、それから相手に注意してくれたのだと思う。
物語などでは女性が倒れそうになったとき颯爽と現れてそれを助け、大丈夫かいと笑いかけてくれる相手にときめいたりしたものだが、今の私にそんなことを気にしている余裕はない。
体当たりの衝撃は倒れることによってかなりの部分が受け流されるはずだったのに、背後の男ががっしりと私を支えた為、総ての力が余すところなく腹部に襲いかかった。
未だに私の視界は真っ暗の中に星が舞っており、込み上がってきた酸っぱいものが口を塞いでいる。
そんな私の状態を放置して、事態はさらなる急展開を迎えた。
「あらあらシュキエル様、婚約者のミーファ様を放置してオルドリーネに言い寄っていたかと思えば、今度はその方がお気に召したのですか?」
声だけで誰なのかは分からないが、声の方向からするとこの女性は私を支えている男とは反対方向にいるのが分かった。
このタイミングで出てきたのだから、ぶつかってきた青年と無関係ではないだろう。
「これは倒れてきたレディーを助けただけだ。私のオルドリーネに対する真摯な心は揺らぐことなどない!」
「*#%&!!」
私を支えてくれていた手の感覚が消失し、浮遊感に続いて全身を強い衝撃が襲った。
「婚約を解消するでもなく他の女に言い寄る殿方の心がなんですって?」
「・・・それは父上が強情なだけで私には関係ない」
ああ、擦り傷に芝が当たってチクチクするよ。
「ふん、そもそもそこの顔だけの売女に真摯な心とやらが必要なのかしら」
「貴様!侯爵家の令嬢だから我慢していたが、聖女のようなオルドリーネを侮辱するとは許せん!」
その通りだと言いながら幾人もの足音が近づいてくる。
「@&%*#!!」
痛い苦しい蹴らないで、誰か助けて!
私の意識は闇に閉ざされた・・・