4話
竹箒を肩にかついだ赤白の巫女は鬱陶しげな表情で一点を睨んでいた。その視線の先には、庭の隅で丸くなっている鴉天狗がいる。博麗霊夢が日課である庭の掃除を終わりにしようとした10数分前、涙目になりながら霊夢に飛び込んできたのだったが、呆気なく回避された射命丸文は地を滑るようにして現在の位置に至った。
「見つからない程度で泣かないで。凄くウザイから」
「冷たいじゃないですかぁ...。もうちょっと何か優しさをください...」
「そんなに何か欲しいんじゃ、そこにまとめた落ち葉でも持って帰れば?」
「じゃあ、焼き芋でも作りますか...」
冗談のつもりでかき集めた落ち葉を指さした霊夢は予想外の射命丸の行動に息を飲んだ。いつもなら小生意気な一言で一蹴して終わる筈の会話だったのだが、何があったか落ち葉に火をつけ何処に持っていたのかはさっぱり不明だが、さつま芋をその中に放り込んでいる。
「え...と、どうしたの文?」
「何でもないですよえへへー...。霊夢さんが最近優しいことぐらいですねぇ...」
「どうなってんのよこいつは...」
普段の射命丸文は楽観的で自己評価が高く、布団に入った時に耳元を飛ぶ蚊並のストレスを与える様な人物である。霊夢の視界に映る、つい守りたくなるようなか弱い乙女のような存在では無いのだ。つい昨日たまたま射命丸と遭遇した際に霊夢が教えた人間が見つからないだけで、こうも人が変わってしまうほど心も弱くはない、むしろ図太いとまで言える筈だ。
「焚き火あったかいですねー」
「まだ冬じゃないわよ...?」
「あややややぁ...」
「あーもう。ダメだこいつ」
焚き火にあたる射命丸から離れ、霊夢は縁側に腰をかけた。呆れたような視線で眺めて、ふとあることに疑問を抱いた。自称、ではあるが彼女はこの幻想郷最速を名乗っている。魔理沙やルーミアと並んで歩いているのを人里で見かけてすぐに射命丸に教えたはずなのに、彼女の速さで見つからないのは少し奇妙ではないか、と。幻想郷最速かどうかは実際の所は不明だが、それでも彼女のスピードは群を抜いて早いことは確かだ。例え霊夢が射命丸と会い、話している時間に人里を抜けたとしても、人里周辺を洗えばいとも容易く見つかる筈。
「霊夢さんお芋焼けましたよ~」
「あ、うん。ありがと」
「おいしいですね~」
「あれ?霊夢珍しい客人がいるじゃないか」
「...待ってたわ、魔理沙」
何で、と言わんばかりに素っ頓狂な顔を浮かべた魔理沙が上空から箒にまたがった姿を現した。いまいちしっくりこない幸せそうな表情で焼き芋を食べる射命丸を指さしている。
「あんたと昨日一緒にいた男を探しに行っただけど見つからなかったんだって」
「...あぁ、あいつな。あいつなら昨日最後に見たのは紅魔館の図書館だぜ?目が覚めた頃にはいなかったけどな」
「不思議な話ね。ただの人間が紅魔館の図書館に入れるなんて」
「レミリアの気まぐれかと思ったんだが、当の本人はフランとぐっすり寝てたらしくて全く事の顛末を知らなかったらしいしな」
「レミリアがフランと寝てたの...?」
「咲夜に聞いた話だから現物は見てないが、あの表情を見る限りいい寝顔だったんじゃないか?」
次々と舞い込む非日常的な現象に、流石の霊夢も頭の上に疑問符を浮かべている。仲が良さそうには思えない姉妹の添い寝。そして、空が飛べるわけでも、魔理沙のような移動手段が無いにもかかわらずあっという間に紅魔館についてしまった自称最速のスピードを誇る射命丸が見落とす人間。姉妹に関しては異変を通して関係が変わったのならそれはそれは、で済む話なのだが男に関してはさっぱり訳が分からない。考え込んで数分、
「もうやっぱり何が何だか分からないわ」
とボヤき、若干冷めた焼き芋にかぶりついた。
***
その頃、話の種にされたことを露知らないフランドール・スカーレットは自慢の姉と並んで咲夜が焼いたお手製のケーキを食べていた。
一体彼女がレミリアと肩を並べて食事をするなど何年、何十年、何百年ぶりだろうか、とパチュリーは苦笑いを浮かべた。
「ここでケーキ食べてて図書館大丈夫なの?」
「ええ。昨日の客人のおかげで魔理沙を捕まえられたから、魔理沙に片付けは全部やらせたわ」
「なら良かった。てっきり今頃小悪魔が走り回ってるものかと」
「それは何時もの事よレミィ。でも今は私の事より妹様とのおやつの時間、楽しんだらどうかしら?」
「そうよお姉様。こんなに美味しいケーキ咲夜が作ってくれたんだから」
「フフ、そうね」
しかし珍しい事もあるものだ、とレミリアの親友であるパチュリーさえ舌を巻いた。親友でさえ何処かの巫女と同じ結論に至るほど稀有な光景であるが故に、姉妹の裏で鼻血を放出する咲夜さえいなければ、と冷めた紅茶を更に冷ますように溜息をついた。レミリアの悲願であった狂気の制御は件の異変で屋敷内を歩き回れるほどまで落ち着いていたが、ここまでで来ると流石に異変なのかもしれない、という不安がよぎった。
が、今はこの静かで確かな幸せをゆっくり味わうべきだろう。ゆっくりと瞼を下ろしたパチュリーはカップの中身を一息に飲み込んだ。