第3話
翌朝、ルクーツを出発してから北に数時間ほど歩くと、すぐに周囲の景色は白に染まった。目的地のラデルは酷い時は雪で他の町との交流が断絶されるほど積雪量が多く、その道中も例外ではない。
そして、雪が降るということは、それだけ寒いということでもある。
「さ、さっみい……」
だからこそ俺達は前日にルクーツで防寒着を用意していたのだが、何故かそれを着ずにいつも通りの格好で闊歩していた赤髪の男がいた。そう、勿論ヨシュである。
いくら色合い的に頭は暖かそうなヨシュでも、流石に雪が積もるほどの寒気には耐えきれなかったらしく、ある地点で慌ててコートを着だしたが、今更着てもなかなか暖まらないだろう。
「だから、厚着しろって言われただろ……なんで買ったのに着てねぇんだよ、お前は」
「……雪を舐めてた」
「舐め過ぎだろ、飴じゃねぇんだぞ」
「なんか、ハルさんの突っ込みは独特だね……」
寒さに震える男を眺めて苦笑を浮かべる人間と、呆れかえる人間に二分された一同は、それぞれ道の確認をしたり、魔法で暖を取ったりと各々動きながらも足を止めることはなかった。町に辿り着く前に夜になったら危険だということは、誰もが理解していたからだ。
俺も正直脚が寒かったが、動いていたほうがまだマシなため、元気に歩き回っていた。でも、そろそろ暖かい所に行きたいというのが本音である。
「あ、ここわかるよ。ラデルはこっち!」
「……流石に地元の人間は違いますね。ロアちゃんがいなければ、迷子になるところでした」
「見渡す限り真っ白だもんね~ こんなの、目印でもなきゃ全然わかんないわよ」
ロアが見つけたのは、無人の廃屋。中で休むには心許ないほど朽ちてはいるが、周辺の人間の間では目印として重宝しているらしい(もっといい目印を用意しろ、とは言わないお約束である)。
「雪ってこんなに積もるんだね。ボクの村だとちらつく程度だから、積もってるところを見るのは初めてだよ」
「雪が積もるのは、ラデルとルクーツぐらいだからな。俺も直に見るのは初めてだ」
「ブランタも積もらないから、私もこの辺でしか見たことないわね」
「へぇ、ここでしか見れないんだね。じゃあ、ちゃんと見ておこう」
町が近いからか、そんな呑気な会話を繰り広げながら先頭を行くニール達を眺めながら、今後嫌でも見ることになる事が分かっている俺は、この景色への感動なんて感じる余裕もないまま身を震わせて歩を進めた。
◆◆◆
「ここがラデルだよ」
「案内ありがとう、ロア」
先導するロアの後をついて辿り着いたその地は、雪に包まれながらも活気のある大きな町だった。こんな寒いのに外で談笑している人間も多く見られ、この程度の寒さには慣れていると言わんばかりの様子には思わず感嘆が漏れる程である。
「雪で閉ざされることもあるって言う割には、結構立派な町なのね。クランドぐらい賑やかじゃない」
「閉ざされるからこそ、他の町には頼れんからな。独自の工業や産業が発達してるんだろう」
「うん、ごはんもおいしいんだよ!」
クランド出身のフィーだからこそ、王都に匹敵する規模の町には驚いたんだろう。今まで通ってきた町は、ポルトビとかいう例外中の例外以外は全てクランド以下の規模であり、そもそも比較にならない場所ばかりだったのだ。ゲーム画面で見た時は町の大きさと通行人の数程度の子細な差異しか感じられなかったが、こうして直に見ると首都圏と田舎町ぐらいの差があることが分かる。
「それは大事ね。ご飯が美味しくないと、ニールがすごい顔するし」
「そ、そんな変な顔したことないよ……」
大食漢というほどではないが、他と比較してもよく食べるニールはからかいのネタにしやすいらしい。とはいえ、フィーがここまで露骨にからかうのはアルジュの村で一泊した後からだから、フィーなりに気を紛らわせようと気を遣っているのかもしれない。恥ずかしそうに首を振っているニールが、それを理解しているかは分からないが。
「はいはい。とりあえず、宿を取ったら聞き込みをしましょう」
そんな微笑ましいやり取りを眺め、俺達は一度宿に向かった。