第1話
港のある町の中では最北に位置する地・ルクーツ。
ここには港があるが、あくまで移動手段や運送用の船のためのものであり、町が生業としているのは林業の方である。そのためか、町の建築物は他の地と比べても圧倒的に木造が多い。
「のどかねぇ……」
「ここから更に北が、ラデル……あの山のあたりか?」
ヨシュが指差した方角の空は雲に覆われ、白く染まった山が見える。あれが、スティプルドンの言っていたラデルの山ということだろう。ちなみに、ラデルはその山の麓にある大きな町だ。
「ここから一日程度で着くって話だったけど、どうする?」
「準備も必要だからな……一晩泊まってから行こう」
「じゃあ、久々に行くわよハル!」
「ええ……俺じゃなくてもいいだろ……」
ウルム以降、フィーの買い物の付き合いはできるだけ避けて通ってきていたが、今回は妙にしつこく、彼女は俺の腕を掴んで離す様子がない。
「諦めなさい、ハル。防寒着を買わなきゃいけないでしょう」
「あ、そっか。雪が降るぐらい寒いんだっけ」
「うん、ラデルはいっつも真っ白なの。ちゃんとあったかくしなきゃ、カゼひいちゃうよ」
ルクーツに着いた時点で既に少し寒かったが、ゲームで見た限りだとラデルはルクーツなんて比じゃないぐらい寒い。というか、完全に雪国だ。そんな中に薄着で突撃するわけにもいかないため、その準備に、とグレイやメディナも買い出しを促してくるのだ。
そこまで言われては拒否するわけにもいかないし、そもそも俺もこのひらひらの可愛い格好のまま行くのは嫌だから、渋々頷くしかないのである。
「そういうこと! ほら、行くわよ!」
「わかったよ……」
とはいえ、フィーが買い物についてくる時点で、嫌な予感しかしないわけなんだが。
◆◆◆
「ねぇ、みてみて! すっごく可愛くなったのよ~!」
「あら、似合うじゃない。本当に貴女って、見た目は美少女よね」
「見た目はな……」
まず、俺の嫌な予感は当たったということだけ先に伝えておこう。
自分の意見を挟む間もなく、興奮するフィーにされるがまま服を押し付けられ試着させられた俺は、着替えの終わった自分自身の姿を鏡で見て、溜息を吐くことしかできなかった。
俺が着ているのは、ふわっふわのピンクのワンピースコートと、今までより生地に厚みがある白が基調のロリィタワンピース。つまり、今までと大して変わらないという事である。どういうことだ。
「……そういう服を着こなせるのは、少し羨ましいですね」
「なに、アキも着たかったの?」
既に買い物を済ませたアキが悠然と試着室のそばに立っていたが、顔が良いからか誰も止めなかったらしい。羨ましいと言いつつ真顔のまま俺を眺めていたそいつは、本来の性別を知っていれば違和感のない台詞を、外見の性別だけを知っていると違和感しかない顔で呟いたため、満足げに俺を眺めていたフィーに凝視された。
が、流石にそれには取り繕うという発想が出てきたらしい。
「いいえ、特にそういう趣味はありません」
涼し気な顔でさらっと返すアキに安堵しながらも、素足を晒していた俺は店内の寒さに思わず試着室の中で膝を抱えた。
「俺としては、アキみたいな格好の方が温かそうで羨ましいんだけどな……」
「大丈夫、素足のままにはさせないから安心して! 白と黒とピンク、どれがいい?」
「ぴ、ピンクなんてあるのか……?」
「あったわよ? ピンクにする?」
俺が寒がることを見越していたのは結構だが、フィーが手に持っていたのは三色の厚手のタイツのようだ。とはいえ、ただでさえコートがピンクなため、これ以上可愛くなるのは御免被りたい。
相変わらず男らしい赤や黒を基調とした服で身を固めているアキに羨望の眼差しを向けながら、俺は力なく首を振った。
「い、いや……ピンク以外にしてくれ……」