第8話
「私が、魔王と……ああ、あの妙な夢は、夢ではなかったのか……」
「夢?」
「悪夢だよ。邪悪なものに精神を犯され、悪行を働くという悪夢だ……」
そのまま寝室でたむろするのもなんだから、と、客間に通された俺達は、これまでに見聞きしたスティプルドン所業を説明していた。
どうやら彼と魔王の間に直接の繋がりはなかったようだが、エディによって洗脳され、魔王達の悪行に加担させられていたのだという。スティプルドンも朧気ながら記憶があるらしく、それを夢のように感じながらここまで来ていたというのだから、自覚した今となっては本当に悪夢だろう。
「ここが魔王に攻撃されなかったのも、エディのパトロンだったからなのね」
「ふむ……そのようだ。確かに、そういう契約をした記憶もある」
メディナの予想通り、魔王にとってはどうかは知らないが、少なくともエディにとっては大事な資金源だからこそ、この島は魔王の攻撃の難を逃れていたのだ。
「……はぁ、私はなんということを……それに、君達にも迷惑をかけてしまったな……本当に申し訳ない……」
「ま、そっちは別に気にしなくていいんだけどさ」
「エディさんについて、覚えていることを教えてもらえれば、ボクたちはなにも」
「そうか……ああ。では、私の知る限りのことを話そう」
ちなみに、着替える暇なんてなかったから、ニールは今も女装姿のままである。それでも特に突っ込みが入らないのは、粗暴な言葉遣いの俺がいるせいだろう。ゲーム中でもしばらく女の子に間違えられていたのだから、つくづく可哀想な奴である。
スティプルドンがぽつぽつと零したエディの情報については、それほど有用なものはなかったが、最後にひとつだけ非常に重要な情報が出てきた。
「ラデルを拠点に……」
「あそこには山があってね、その山中に基地を構えていると話していたよ。私の出資も、その建設資金と研究費に充てられていた様だ。どんな研究をしていたかまでは、分からないがね」
それが、エディはこの大陸の最北の町・ラデル付近に基地を作り、そこを拠点として活動しているという情報である。ラデルはロアの故郷であり、失踪する前のエディも当然そこに住んでいた。にもかかわらず、ロアがエディと遭遇出来なかった事には疑問が浮かぶかもしれないが、魔物を手足のように使えるあいつが素直に徒歩で移動しているわけがないのだから、出会えるわけがないのも当然と言えば当然だ。
それに、奴には転移魔法が使える同志もいるのだ。人に知られずに行動するなど容易いだろう。
「なるほどな……ありがとう。情報としては相当デカいぜ」
「なら、次はラデルね」
「……でも、どうやって行くの? 東から回るしかないみたいだけど、トルシアは船が泊まれないんでしょ?」
そう。次の目的地は決まったが、俺達には移動手段がない。この島からマリノに戻る事は出来ても、トルシアに船を泊められない以上、進退ままならない状況なのだ。
だが、それはすぐに解消されることになる。
「それなら、私が船を出そう」
「スティプルドンさんが? いいんですか?」
「ああ、迷惑をかけた詫びだ。ラデルは北端の山地だから直接は行けないが、港のある近くのルクーツまでなら入港もできる。そこまで、責任を持って送り届けよう」
「ありがとうございます!」
スティプルドンは元来気前が良く、人が良い富豪である。とはいえ、洗脳から解放した俺達のために自前の船を出してくれるというのだから、悪人に騙されないか心配になるのだが、そこは突っ込まずにありがたく厚意を受け取る事にするのだった。